第141話 アルの苦手なもの
翌日の早朝、朝もやがかかる中、俺たちは草原から雑木林へ入った。
御者席に座るシドと俺。
「アル。君も寝台で寝ていていいぞ。操縦は私一人で十分だ」
「そうは言ってもシドはずっと操縦してるじゃん? 付き合うよ」
「君はいいヤツだな。ハッハッハ」
雑木林とはいえ木々の間隔は広く、寝台荷車でも進むことができる。
こういったルートを選択するシドの運び屋としての能力は一流だ。
シドと他愛のない話をしながら進む。
「うわっ!」
俺は思わず叫んでしまった。
「アル、どうした!」
「ご、ごめん。あれを見たら声が出てしまった……」
俺は斜め前方を指差す。
「ん? 何かあるのか? よく見えないが」
「うわっ、また動いた!」
「君は相当目がいいな。私には見えないぞ」
もう少し進んだところでシドも気付いた。
「あれは……。毒甲百足か!」
百メデルト先にある大きな木に、一匹のアロプレラが止まっていた。
樹液を飲んでいるのだろう。
アロプレラはモンスターの分類学上、節足型蟲類に属するDランクモンスターだ。
体長は二メデルトほどあり、その名の通り脚の数が百本以上ある。
黒光りする甲殻には、毒々しい赤いラインが縦長に二本入っている。
脚は鮮やかな黄色で、その色が不快感に拍車をかけるのだった。
そしてアロプレラは毒を持っている。
強靭な顎や無数の脚には細かい毒針がついており、獲物を襲うと麻痺性の毒を注入する。
麻痺して動けなくなった獲物を、生きたままゆっくり喰らう。
捕獲された獲物の唯一の救いは、毒で痛みを感じないことだろう。
アロプレラは、動物や小型モンスター、そして人間を襲う。
シドが寝台荷車を停止させた。
「何だアル。君は蟲類が苦手なのか?」
「苦手というか気持ち悪いじゃん? 俺が住んでいた山にはいなかったからさ」
「ふむ、標高五千メデルトに蟲類は生息できないからな。しかしアルよ、アロプレラは君の……」
その時、寝台からオルフェリアの声がした。
「アロプレラじゃないですか! アル、狩猟してください!」
「え? 狩猟するの? あれを?」
「はい! アロプレラの毒は精製すると麻酔薬になります。現在の医療では欠かせない薬品なので、アロプレラの需要は高いのです」
「そ、そうだったんだ。……分かったよ」
オルフェリアがさっそく準備に取りかかった。
先程、会話が途切れたシドが俺の肩を叩く。
「アルよ。アロプレラから麻酔薬を作ったのは君の父、バディなんだぞ?」
「え! 父さんが?」
「息子の君がアロプレラを怖がるなんてな。ハッハッハ」
「こ、怖がってなんかないよ! 気持ち悪いだけだって!」
まさか父さんが麻酔薬を作ったとは知らなかった。
あのアロプレラを研究したのか。
尊敬する。
すると、騒動で起きたレイが顔を出す。
「こらこらシド、人には苦手なものがあるのよ。煽らないの。アル、これを使いなさい」
レイは弓を持っていた。
この弓は猛火犖の角から作られたもので、昨日シドにプレゼントしてもらったものだ。
ネームドから作られており、破損しても自己修復する超特殊な再生機能が備わっている。
「アル、頭を狙ってください。毒を生成する毒腺は第三体節と第四体節です。そこは絶対に傷つけないでくださいね」
「わ、分かった」
オルフェリアから説明を受けた。
俺は寝台荷車を降り、約五十メデルトまで近付く。
これ以上近付けば逃げられるだろう。
俺はこれまでほとんど弓を使ってこなかった。
理由はすぐに壊してしまうから。
だが、この弓は俺の力で引いても折れそうにない。
もし折れても自己修復するので安心だ。
弓はレイのほうが遥かに上手いのだが、これは俺の練習の意味もある。
プレッシャーを感じながら、アロプレラの頭部に狙いを定め弓を放った。
発射された矢は、唸りを上げ空気を切り裂く。
雑木林に破裂音が響いた。
見事に頭部へ命中。
アロプレラは木から落下し、小刻みに痙攣している。
「ふうう、頭部に命中したよ。良かった」
注文通りの射撃ができて俺は安心した。
「いやいや、アルよ。的が爆発したぞ?」
「アロプレラの頭がなくなってしまいました」
「あのねえ、いくら威力があっても普通は頭部を貫通して木に刺さるだけよ。アロプレラの頭部を爆発させて、木の幹にも大きな穴が開くってどういうことよ?」
「ウォウォウォ」
なぜか、皆に文句を言われた。
「な、なんでだよ! 注文通り仕留めたじゃん!」
全員大笑いしていた。
そして、俺とオルフェリアはアロプレラの解体を始める。
「頭部が全て吹き飛んでる……。アルが射ると弓が弓ではなくなりますね。フフ」
オルフェリアは笑いながらも、凄まじいスピードでアロプレラを解体していく。
「オルフェリアは気持ち悪くないの?」
「まあ私は解体師ですから。モンスターは別になんとも思いませんよ?」
「そうなんだ。凄いね」
「フフ、アルにも苦手なものがあるんですね。かわいい」
「いや……あの……」
何も反論できなかった。
「アル、アロプレラを触る時はグローブをつけてください。死んでも毒は残ってますから」
「分かった。ありがとう」
俺は厚手の革グローブをはめ、オルフェリアが解体した素材を麻袋へ入れていく。
「オルフェリアは毒も平気なの?」
「私たち解体師は毒の耐性をつけています。とは言え、私たちも素材に触る時は厚手のグローブをしますし、モンスターによっては防毒マスクを被ります」
オルフェリアと初めて会った時は、モンスターの素材でできた不気味な防毒マスクを被っていた。
そのため、俺はオルフェリアを男性だと思っていたほどだ。
「ね、ねえ。念のために聞くけど、アロプレラの毒の耐性ってどうやってつけるの?」
「フフ、食べるんです」
「え! こ、これを!」
「はい。毒針を抜いた脚を焼いて食べるんです。見た目はこれですが、カリカリして意外と美味しいんですよ? しばらく口の中は麻痺しますけどね。フフ」
オルフェリアが一本の足を手に取った。
「食べます?」
「俺は……無理だな」
「フフ、そうですね。ウグマのギルドでは解体師を目指す若者が増えましたが、毒耐性の面で断念する者たちもいるんですよ。こればかりは仕方がないですが」
「やはり解体師は過酷な仕事だよね。解体師がいるから俺たちは素材を売ることができるし、安心して狩りができる。それを忘れてはいけないよなあ」
「そうやって理解してもらえて嬉しいです。これまでは仕事内容すら把握せずに、解体師というだけで差別されてましたからね」
「これも全てオルフェリアのおかげだね!」
「何を言ってるんですか! アルのおかげですよ!」
解体が終わったアロプレラを麻袋に入れ、俺たちは寝台荷車へ戻った。
このアロプレラはラダーのギルドで売却する予定だ。
オルフェリア曰く、アロプレラの毒腺は銀貨五枚ほどの価値がある。
比較的硬い甲殻は鎧に使われ、体節五枚前後で銀貨一枚になるという。
Dランクモンスターの中ではトップクラスの高値で取引されるアロプレラ。
今回狩猟した素材で、金貨一枚の値はつくだろうとのことだった。
素材を売って旅費を稼ぐ。
普通の冒険者はクエストランクや狩猟制限があるので、この方法は難しい。
Sランクだからこそ可能な稼ぎ方だ。




