第139話 帰国
俺たちパーティーはたった三日で、フォルド帝国とイーセ王国の国境の街モアに到着。
街道を進んで来たとはいえ、この早さは異常だった。
国境で出入国の手続きを開始。
俺とレイはSランクの冒険者カードを持っている。
Sランクの特権として、無条件で国境を超えることができた。
「うわー、久しぶりのイーセ王国だ」
「ふふふ、そうね。アルは初めての帰国ね」
「ああ、故郷に帰ってきたという感じがするよ。久しぶりにイーセ語を話したし」
フォルド帝国ではフォルド語を使用していたが、ここからはイーセ語を話す。
頭を切り替えないといけない。
レイやシドは世界中の言語を話せるそうだ。
オルフェリアは俺と同じく、イーセ語とフォルド語の二カ国語を話せる。
オルフェリアとシドは、新設された解体師や運び屋のカードを保有。
所定の手続きを行えば、比較的簡単に国境を越えられる。
二人も手続きを終え、イーセ王国側の国境の街クエスに入った。
「君たちのSランクカードは凄いな。本当に無条件で国境を越えられるのか」
「あなたがこの特権をつけたのでしょう?」
「そうなんだが……。運び屋のAランクにも無条件越境はつけておくべきだったな。仕方がない。いつか運び屋や解体師にもSランクを導入するか」
「あなた、もうギルマスじゃないからそんな権限ないでしょ?」
「ハッハッハ、実質的な権限は持っているのだ。レイだって名誉団長で団長権限を持ってるだろう?」
「そうだけど、私は使わないわよ?」
「そうは言っても、レイの場合は騎士団がほっとかないだろうがな。ハッハッハ」
シドがそう言った矢先に、国境警備隊の騎士がレイの元へ駆けつけてきた。
正面に立ち最敬礼している。
「レ、レイ様! 王国へ帰国ですか? 国境で何か失礼なことはありませんでしたか?」
「何もなかったわ、小隊長。気遣いありがとう」
「もったいなきお言葉」
「そうだ。王国は通過するだけだから私のことは気にしないで。十二番隊隊長のケイによろしくね」
「か、かしこまりました。し、しかし、レイ様に護衛をつけないわけには……」
「大丈夫よ、冒険者として来てるから。……でも、そうね。このまま私を行かせると、小隊長のあなたの責任問題にされるわね。いいわ、ケイに手紙を書く。大鋭爪鷹を飛ばしてもらえるかしら?」
「か、かしこまりました! お気遣いに感謝いたします!」
クエスの街があるミラザス地方は、クロトエ騎士団の十二番隊が守護している。
いくら冒険者で来ているレイとはいえ、騎士団として名誉団長を放置するのは問題になるのだろう。
レイはその場で手紙を書き、小隊長と呼ばれた騎士に手渡した。
「それでは、クエス区小隊に祝福を!」
「皆様の安全を祈って祝福を!」
レイはクロトエ騎士団流の挨拶を交わした。
俺たちはクエスの市街地へ入り、最初の補給として水や食材等必要なものを買い揃えた。
「さっそく騎士団に捕まったな、レイ。ハッハッハ」
「ふう、仕方ないわよね。でも、ここからは街道を通らないでしょ? であれば、もう騎士団には遭遇しないはずよ」
寝台荷車は宿場町に立ち寄る必要がない。
補給地のみを決め、あとはシドが決めた最短ルートを進む。
そのため、ウグマからラバウトまで通常一ヶ月半のところを、二十日もかからず到着できるそうだ。
「諸君、無事イーセ王国へ来た。次の補給地はラダーの街だ。約一週間で到着だな。街道から完全に逸れるため、モンスターに遭遇する確率が上がる。剣士の二人には働いてもらうぞ」
「分かった」
「だが本日はジャオ・ロンの睡眠日だ。私たちも宿へ行こう」
その日はクエスのレストランで夕食。
そして宿へ向かう。
部屋は俺とシド、レイとオルフェリアで二部屋取った。
キャラバンの寝台も快適だったが、やはり宿のベッドは違う。
ぐっすり寝て身体の疲労も取れた。
これでまた明日から三日間止まらずに移動することになる。
なお、不老不死のシドは睡眠を取らなくても平気なようで、昼夜問わずキャラバンを操縦していた。
そのため、シドだけジャオ・ロンの睡眠に合わせていた。
「もちろん私も寝るさ。だが、寝なくても死なないからな。三日間くらい寝なくても余裕だ」
「分かってるけどさ。無理はしないでくれよ」
「アルは優しいな」
「え? い、いや、違うよ! シドが倒れたら俺が三日間徹夜で操縦しなきゃならないじゃん」
俺は照れ隠しのつもりでとっさに嘘をつく。
だが、レイとオルフェリアは気付いたようで微笑んでいた。
――
クエスを出発して二日が経過。
寝台荷車は街道を逸れ、広い草原を進む。
御者席にはシドとオルフェリアが座る。
俺は寝台の窓から草原を眺めていた。
「シド! 停まってください!」
突然オルフェリアが声を上げた。
「どうした? オルフェリア」
「猛火犖の足跡です。体毛も落ちてます」
「バルファだと?」
オルフェリアの声が聞こえた俺は、モンスター事典を思い出す。
◇◇◇
猛火犖
階級 Cランク
分類 四肢型獣類
体長約五メデルト。
中型の獣類モンスター。
主に草原に生息する草食の四足歩行モンスター。
四本の足には大きな蹄がある。
赤茶色の毛皮で、燃えるようなまだら模様が特徴。
頭部には三日月型の大角が一本生えており、左右に大きく広がっている。
モンスター食がある文化圏では人気食材の一つ。
濃厚で旨味が凝縮された赤身肉は、脂身が少なくサッパリしている。
大角は高級弓の素材として人気。
毛皮は個体ごとに模様が異なり、高級衣類、家具類、カーペットなどに使用される。
食材や素材として重宝されるため、狩猟や密猟が激しい。
だが、バルファの突進攻撃は大木をもなぎ倒す威力を持つ上に、大角による突き刺しも相まって多くの犠牲者が出ている。
なお、直線的な突進は非常に迫力があり、闘技場で人気がある。
比較的温厚な性格をしている。
しかし、太古より人類に捕獲されていることから、人間を見ると豹変し激昂する一面を持つ。
そのため、イーセ語では怒り狂うことを猛火の如くと形容する。
◇◇◇
シドが寝台荷車を停車させた。
「バルファは厄介だな。あの突進を喰らうと寝台荷車といえども無事では済まない。早めに討伐したいところだ」
「そうですね。この痕跡はまだ新しいので、近くにいると思います」
それを聞いた俺は、見回りすることにした。
「調査に行ってくるよ。レイ、エルウッド行こう」
「ええ、分かったわ。行きましょう」
「ウォン」
オルフェリアが少し恥ずかしそうに俺の顔を見ている。
「……アル」
「ん? どうしたの?」
「あ、あの……バルファの肉はとても美味しいのです」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、もし発見したら狩猟するね」
「食べられるように狩猟してください」
「アハハ、了解です! 料理長様! じゃあ行ってくるね!」
旅の食事はオルフェリアが調理していた。
俺もレイも調理はできるのだが、オルフェリアが「解体以外することがないので、調理は私が担当します」と全てやってくれたのだった。
オルフェリアが作る料理はとても美味しい。
皆、オルフェリアの食事を楽しみにしていた。




