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第14話 温かい食卓

 この巨大な崖にも足場は作っており、つま先が入る穴が崖の上まで交互に続いている。

 しかし、この崖はこれまでと角度が違う。

 垂直と言っても過言ではない。

 さすがにここは俺も手を使わないと厳しい。

 約三十キルクの天秤棒を肩から下ろし左手一本で持つ。

 右手で崖の岩肌に手をかけながら登る。


 レイさんは両手でしっかり岩肌に手をかけ、一歩一歩慎重に、そして確実に登っていた。

 落ちたら死は免れない。

 俺は慣れているが、それでも余裕はなく細心の注意を払い登っている。

 初見でここを登ることができるレイさんの高所耐性と、強靭な精神力には驚くばかりだ。

 そして、ついに登りきった。


 完全に息を切らしているレイさん。

 そんなレイさんに、俺は水筒を差し出す。

 レイさんの顔に笑みがこぼれ、達成感が見えた。


「はあ、はあ」

「レイさん! 凄いです!」

「あ、あり……が……はあ、はあ……とう。はあ、はあ」


 レイさんはそのまま地面に倒れ込み、全身を投げ出した。

 しばらくその場で休憩し、レイさんの呼吸が整うのを待つ。

 そして出発。

 緩やかな坂を歩くと自宅が見えた。


「こんなところに、こんな立派な家が……」

「他界した両親が作った家です。下界と同じく快適に過ごせますよ」


 夕方頃に到着する予定だったが、まだ夕焼けも始まっていない。


「レイさん、さすがですね。予定よりも大幅に早く到着しました」

「ふふふ、足手まといにならなくて安心したわ」


 レイさんはそう答えるも、かなりの疲労が見える。


 自宅に入り、レイさんには休んでもらった。

 その間に俺は、地上から持ってきた食材や荷物を整理して、暖炉に火をつける。

 温暖なフラル山といえども、標高五千メデルトになると気温は低い。


「あっ!」


 俺は突然あることを思い出した。


「ど、どうしたの?」


 驚くレイさん。


「レ、レイさん。あの、この家にはベッドが一つしかないんです……」

「ん? 一緒に寝ればいいじゃない」

「いや、そ、それはさすがに……」

「アルが嫌なら私は床で寝るわ」

「い、嫌じゃないです!」

「ふふふ。じゃあ一緒に寝ましょ」


 数年前まで両親のベッドを残していたが、この地に住む人間はいないと思い、暖炉の薪として処分済みだ。


 それにしても、とんでもないことになった。

 女性と一緒に寝るなんて初めてだ。

 もちろん何もないのは明白なんだが……。


 俺はレイさんの疲れを取るために風呂を沸かす。


「レイさん。風呂に入ってください」

「お風呂があるの?」

「はい。こんな山の上でも水は豊富にあるんです。なので、自宅の中に風呂を作ったんです」

「それは凄いわね。ちょっと疲れたし利用させてもらうわ」


 レイさんが風呂に入る。

 その間に、俺は早めの夕食を準備。


「良いお湯だったわ。ありがとう。アルも入りなさい」


 風呂から上がったレイさんの姿を見て、思わず緊張してしまった。

 綺麗な(ひと)の湯上がりは、恐ろしいほどの破壊力を秘めている。


「何見てるの?」

「え? い、いや、見てません! 風呂入ってきます!」

「ふふふ、いってらっしゃい」


 俺が風呂から出ると、テーブルに食事が用意されていた。

 レイさんが夕食の準備を代わってくれたようだ。

 この家で誰かが作った料理を食べるなんて、両親が死んでから十年ぶりだった。


「これほどの高山で、これほど快適に暮らすことができるなんて不思議」

「フラル山は天候が安定してますからね。景色も良いし最高ですよ」

「私もここでゆっくり住みたいわ」

「アハハ。じゃあいつか隣に家を作りますね」

「そうね、その時はお願いするわ。ふふふ」

「ウォンウォン!」


 レイさんとも冗談を言い合えるようになった。

 賑やかな食卓に、エルウッドも楽しそうだ。


 食事が終わり、俺は珈琲を淹れた。

 レイさんにカップを渡す。


「レイさん。明日の予定ですが、高山慣れが必要なので休息日にしてください。俺は採掘に行ってきます」

「私は大丈夫よ。時間がもったいないから、アルの採掘を見学するわ」

「え? 身体は大丈夫ですか? 頭痛とかないですか?」

「ええ、騎士団では高山任務もあるから、私も慣れているのよ」

「そうだったんですね。じゃあ、今日は葡萄酒を開けましょう」

「あら、いいの?」

「はい! この家で誰かと食事をするのは十年ぶりなので記念です!」

「十年ぶり……。そうね……。楽しく飲みましょう。ふふふ」


 レイさんが優しく微笑みかけてくれる。

 その笑顔を見ると、とても落ち着く。


 葡萄酒を飲んだことで会話が弾み、夜は更けていった。

 エルウッドもレイさんに懐いている。

 レイさんに頭を撫でてもらい、ご満悦の表情だ。

 この家がこんなに賑やかになるとは想像もしていなかった。

 両親と過ごした日々が脳裏に浮かぶ。


「今日は登山の疲れもあるでしょうから、早めに就寝しましょう」

「そうね。ありがとう」

「ウォン!」


 食器を片付け就寝の準備。

 寝室のベッドへ移動。

 狭いベッドで俺とレイさんが並んで横になった。


「おやすみ、アル。明日もよろしくね」

「はい、おやすみなさい」


 寝室の蝋燭を消すと真っ暗で何も見えない。

 かすかに聞こえるレイさんの寝息。

 登山で疲れていたし、すぐに眠りについたようだ。

 俺はというと緊張している。

 眠れな……。

 眠れ……。

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