第104話 秋の味覚
冒険者ギルドからの依頼?
俺は意味が分からなかった。
「ど、どういうことですか?」
「季節は秋だ。大挟甲蟹はな、秋になると身がつまって非常に美味くなるんだ」
「美味く? ……え? た、食べるんですか?」
「ああ、そうだ。特に足の身は絶品だぞ」
「あ! 本当だ! 依頼書には全ての食材って書いてある!」
「今頃気付いたか。わっはっは」
「イーセ王国だと、モンスターを食べる習慣があまりないので……」
「確かにな。文化の違いだが、世界を股にかける冒険者になるのであれば、世界中の文化を知らねばならんぞ」
「そうですね」
「それにな、先程話したクエスト基地のこけら落としで、アル・パートが狩猟したアキュラータで祭りをしようと思ってるんだよ」
「祭りですか?」
「そうだ。広場に巨大な鍋を用意して蟹鍋をやる。秋になると毎年ギルドで何かしら祭りをやるんだ。今年はクエスト基地もできることだし、盛大な祭りにしたいんだ」
「それは楽しそうですね! 分かりました!」
「ありがとう。気をつけて行くがよい」
俺はさっそく研究機関へ足を運ぶ。
オルフェリアからアキュラータの説明を聞き、クエストに同行してもらうつもりだ。
「オルフェリア、こんにちは」
「アル! いいところに来てくれました! 聞いてください!」
「ど、どうしたの?」
オルフェリアが珍しく興奮して話しかけてきた。
もしかして、冒険者パーティーからスカウトでもされたのだろうか。
リチャードの話が頭をよぎる。
「先日アルから頂いた金貨で、モンスター事典の最新刊を買ったんです! それも数量限定のフルカラー版です!」
「え? モンスター事典? モンスター事典ってあの……?」
「はい、そうです! シグ・セブンが発行してるモンスター事典です!」
モンスター事典は俺も読むが、図書館やギルドでしか見たことない。
個人が買えるものだろうか。
だが、オルフェリアが本を抱きかかえ大興奮している。
せっかくの気分に水を差してはいけない。
「か、買えて良かったね」
「はい! それに事典のイラストは、全てジョージ・ウォーター様が担当してるんです!」
「ジョージ・ウォーターってシグ・セブンの局長だよね?」
「ええ、そうです! あのお方はモンスター研究の世界的権威で、さらにイラストも描けるんです」
「そうなの? あのおじいちゃんが?」
「はい! この本はダーク・ゼム・イクリプスやウォール・エレ・シャットも載っている最新版です。つい先日発売になったのですが、シグ・セブン支部長のギル・リージェン様が特別に取り寄せてくれたのです! ギル様はジョージ様のお弟子様で、この事典に携わっているのです。そのおかげで、ジョージ様にサインまで書いてもらったのです!」
非常に早口だ。
「本当に嬉しい! アルのおかげです! ありがとうございます!」
こんなに若くて清楚な美人が、モンスター事典を買って大喜びしてるとは……。
でもオルフェリアが喜んでくれて俺も嬉しい。
後で事典を見せてもらおう。
「あ! ご、ごめんなさい! 私、興奮してしまって!」
「アハハ、オルフェリアがこれほど興奮するとは珍しいね」
「恥ずかしい……。でも私はモンスター事典を見て育ってきたので、本当に嬉しくて」
オルフェリアの顔が真っ赤になっている。
本当に恥ずかしそうだ。
「オホン、オホン。で、今日はどうされたんですか?」
「クエストに同行して欲しいんだけど……オルフェリアは大丈夫かな?」
「え? どうしてですか? もちろん同行しますよ?」
「いや、最近は解体師や運び屋が、冒険者パーティーにスカウトされているそうだから」
「確かにそういう傾向ですね。これも全てアルが私たちとパーティーを組んでくれたおかげなんです! 私は解体師と運び屋の地位を向上させたいと思っていましたから、本当にありがたいです」
「オルフェリアもスカウトされた?」
「フフ、私に声はかかりませんよ」
「な、なんで? オルフェリアは解体学の講師をやるほどの腕を持ってるじゃん!」
「理由があるのです。私はアル・パートと行動を共にしてるから、他のパーティーは私に声をかけられないのですよ」
「え?」
「それに、もし声をかけられても断りますよ」
「ど、どうして?」
「私はアルと今後もクエストに行きたいですし、できれば本格的にパーティーを組みたいと思っています」
「本当に? 俺もそう思ってたんだ!」
「これでレイ様が帰ってきたらと思うとワクワクしますね」
「そうだね! レイもオルフェリアの腕は超一流と言っていたから凄いことになるよ!」
「え! レ、レイ様が! 本当ですか? レイ様に認めていただけるなんて……嬉しい。私は駆け出しの頃にレイ様のクエストに同行したことがあって、当時からずっと憧れていたのです」
オルフェリアが涙目になっている。
余程嬉しいのだろう。
余韻に浸るオルフェリアに、俺はクエストの依頼書を見せる。
「今回は大挟甲蟹の狩猟だ。素材採取の条件もある。というか食材調達なんだよ。素材を調理して祭りで出すんだって」
「確かに秋のアキュラータは美味しいですからね」
「オルフェリアはイーセ王国出身でしょ? モンスターはあまり食べないんじゃないの?」
「解体師は勉強のために食べますよ?」
「なるほど」
俺はクエスト依頼書を手渡した。
「アルはアキュラータの狩猟は初めてですか?」
「うん。というか、節足型自体初めてだ。事典でしか見たことがないよ」
「そうなんですね」
オルフェリアは依頼書に添付されている指示書を見て、アキュラータの出現場所を確認。
「この場所へ行くのに恐らく三日ほどかかるので、道中でレクチャーしますね」
「ああ、頼むよ。運び屋はまたトーマス兄弟に頼めるかな?」
「もちろんです。彼らは前回の金貨で荷車を改造してましたから、喜んで行きますよ」
「本当? それは楽しみだな。ところで、クエストはいつ行けそう?」
「えーと、明日の講義は休講にできないので、明後日から行けます」
「分かった。じゃあ明後日の日の出の時間に、いつもの場所で」
「はい! 分かりました!」
全ての準備を終え、俺は自宅に戻った。
「ステム、明後日からクエストへ行くことになった」
「かしこまりました」
「クエストばかりで家を空けてすまないね」
「とんでもないです。アル様の活躍は私も大変嬉しいです」
そう言いながら、ステムが珈琲を淹れてくれた。
香ばしい珈琲の香りが部屋に広がる。
「先日、イーセ王国のラバウト産の珈琲豆が手に入ったんです。アル様には懐かしい味なのでは?」
「うん、この味は懐かしいよ。美味しい。ありがとう」
少しの沈黙のあと、ステムが意を決したように口を開く。
「アル様。実は私、アル様にご報告があります」
「え? ほ、報告? ど、どうしたの?」
ステムが神妙な顔をしている。
何かあったのだろうか。
「実は……アル様の冒険を小説にしております」
「小説?」
「き、気を悪くされましたか?」
「違うよ! 凄いじゃないか! 小説を書けるなんて凄い才能だよ!」
「ありがとうございます!」
「完成したら読ませてよ!」
「は、恥ずかしいですが、完成したらお見せいたします」
◇◇◇
この小説はアルをモデルとした冒険活劇。
あまりにも現実離れした強さを持つ主人公と、パートナーは絶世の美女という設定が大衆に受け、後に帝国で爆発的にヒットする。
そして、この本がヒットする要因が他にもあった。
実はアルによって帝国民の識字率が上がるのだが、それはまた別のお話。
◇◇◇




