第100話 緊急討伐
その日、俺は冒険者ギルドに呼び出されていた。
支部長室でリチャードから話を聞く。
「アルよ。先日の砂潜竜捕獲から帰還したばかりで申し訳ないが、またクエストを頼みたい」
「クエストですか?」
「そうだ。お前は王鰐を討伐したことはあるか?」
「ルクコスはまだないです」
「至急で討伐依頼が来てるんだ」
「ルクコスか。俺一人で大丈夫ですかね?」
「格付機関はAランク三人以上と判断した」
「Aランク三人! それはまた大物が相手ですね」
「ああ、このルクコスはすでに農村を襲っていて犠牲者も出ている。急いでいるから、Aランクを三人も集めてる余裕がないのだ」
「実害が出てるんですか?」
「そうだ。もう数人の死者が出ている。ここだけの話、研究機関がネームドを検討しているレベルの個体だ」
「そうなんですね。分かりました。やるだけやってみます」
「うむ、ありがとう。しかし無理だけはするな。今回は至急案件で特殊な状況下だから、もしクエスト失敗でも成績上は不問にする。安心しろ」
「ありがとうございます」
クエストは失敗すると報酬が支払われない。
しかも、三回連続で失敗すると理由に関わらず冒険者ランクは降格する。
今回はそれを不問にしてくれるそうだ。
リチャードからクエスト依頼書をもらった。
◇◇◇
クエスト依頼書
難度 Aランク
種類 討伐
対象 【至急】王鰐
内容 ルクコスの討伐
報酬 金貨九十枚
期限 二週間以内
編成 Aランク三人以上
解体 ギルド負担
運搬 ギルド負担
特記 出現場所は指示書参照 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み
◇◇◇
俺はギルドを出て、オルフェリアの元へ向かった。
オルフェリアはシグ・セブンで解体学の講師をしている。
「こんにちは、オルフェリア」
「アル! 今日はどうしたのですか?」
「またクエストの解体を依頼したいんだ」
「今回のモンスターは?」
「ルクコスだ」
「ルクコス! もしかして、今話題になってるルクコスでしょうか?」
「ああ、実害が出ているらしい」
「分かりました。念のために聞きますが、今回もアル一人ですか?」
「そうだよ」
「わ、分かりました。ちなみに、そのルクコスは相当危険ですからね。シグ・セブンではネームドの検討をしているそうです」
「リチャードさんから聞いたよ。絶対に無理はしない。オルフェリアを危険な目に合わせなから安心して欲しい」
「フフ、アルとならどこへでも行きますよ。それに私も解体師ですから、危険は覚悟してます」
オルフェリアが改めてルクコスの説明をしてくれた。
◇◇◇
王鰐
階級 Aランク
分類 四肢型爬類
体長約十メデルト。
大型の爬類モンスター。
水辺や沼地に生息し、短い手足で地上を這うように移動する四足歩行のモンスター。
気温の変化に弱く、常に水や泥の中にいる。
普段の動きは遅いが、獲物を見つけた時の瞬間的なスピードは速い。
口だけで三メデルトほどの大きさがあり、咬合力は四肢型モンスターの中で最強を誇る。
獲物に噛み付くと、そのまま身体を高速回転させる死の輪舞曲で仕留める。
鱗は非常に硬く竜骨型に近い。
竜骨型から派生したという説もある。
ルクコスの革は鎧や高級バッグなどで使われるため、高値で取引される。
◇◇◇
今回は至急案件なので、翌日にクエストへ出発することにした。
運び屋はトーマス兄弟に依頼。
いつものように、ウグマの郊外に集合。
しかし、集合場所の様子が変わっていた。
早朝にもかかわらず、冒険者らしき人たちがいる。
「おい! アル・パートのパーティーだぞ!」
「あいつ、って、一人で槍豹獣を討伐したらしいぞ。それも一撃で」
「あのオルフェリアって解体師が凄いらしい。シグ・セブンで解体学の講師もしてるらしいぞ」
トーマス兄弟が教えてくれたのだが、俺たちがクエストへ出発する時の集合場所にしたこの場所を、他の冒険者が真似しているそうだ。
さらに目ざとい商人たちが、飲食や道具を販売する屋台を出店。
そもそも俺とオルフェリアがこの地を選んだ理由は、冒険者に忌み嫌われている解体師や運び屋と一緒に、市街地からクエストへ行くことができなかったからだ。
それが今や、この出発地点を真似するパーティーが出てきている。
しかも俺たちのように、解体師と運び屋を含めたパーティーを組んでる冒険者もいるそうだ。
少しずつ悪しき習慣が変わってきているようで、俺もオルフェリアも喜んでいた。
――
今回の討伐地はウグマから五日の距離にある。
移動中、俺はオルフェリアやトーマス兄弟と何度も打ち合わせを行った。
通常の冒険者は出発前に作戦会議を行う。
しかし、このパーティーは移動中に作戦の詳細を詰めることができる。
これにより、クエストの準備期間が大幅に短縮可能だ。
今回は実害が出ている至急案件ということもあり、このパーティーの強みを存分に活かせるのだった。
また、今回は素材採取の必要性はなく、討伐だけが目的だ。
どんな方法でも討伐さえ達成できればいい。
そのため、討伐スピードを重視することにした。
とはいえ、素材はギルドが使用したり販売するので、綺麗なまま残した方が喜ばれる。
俺は可能な限り素材も残せるように、討伐しようと考えていた。
予定通り五日が経過し、王鰐が出現する農村に到着。
さっそく村長に挨拶。
ここ数日の出現状況を聞いた。
ルクコスは、水田用の大きな溜め池に現在も居座っているらしい。
当初は家畜を狙っていたが、ついに人間にも被害が出たそうだ。
これから水田の収穫期に入るので、その前にどうしても討伐したいとのことだった。
その話を聞いて、俺はこのまま討伐に入ることにした。
太陽は頭上を過ぎ、まだ昼の時間帯だ。
夕焼けはまだ始まらないが、できれば今日、遅くとも明日には討伐したい。
農村で餌となる動物を購入しようとしたところ、村長が甲犀獣を提供してくれた。
農作業に従事していたが、つい数日前に寿命で死んだそうだ。
本来はしっかりと弔うのだが、状況が状況だけに村のために使用するとのこと。
ケラモウムは運び屋の荷車を牽引することで有名な、Eランクモンスターだ。
体長は五メデルトほどある。
硬い甲羅のような鱗は鉄と同じくらいの硬度を誇り、非常に防御力が高い。
ケラモウムの体重は千キルク以上と重い。
運び屋の荷台にある滑車を使い、溜め池の畔に配置。
さらに生きた獲物も一緒に配置する。
生きた獲物とはすなわち……俺だ。
今回は危険を承知で、俺自信が囮となった。
オルフェリアには止められたが、村人に被害が出ている上に、水田の収穫期のことを考えると少しでも早く討伐したかった。
「レイがいたら……怒るだろうな」
そんな事を考えながら、餌となるケラモウムと一緒に池畔でルクコスを待つ。
しばらくすると水面が不自然に波打つ。
そして、薄っすらと影が見え始めた。
俺は黒爪の剣抜き構える。




