魅入られたら凄惨な最後を迎える種族
トニッシュは無事に船に乗船し、甲板に出た。
「は〜ぁ、風が気持ちいい。ミッシェル、こんなに気持ちいいのね?」
両腕を横に広げて吹いている風に当たり、肩に乗るミッシェルに訊く私。
「妾はとくになんとも思わんから聞かれてもなんとも言えんねぇ〜!それよりも、アノ追跡者をどうするよォ〜姫君ぃ?ありゃ〜相当な手練れだぜェ。まぁ、姫君の仰せのままに……ちなみにィ、今の実力じゃアレには足止めすら敵わないからくれぐれも気ィつけなァ!」
「ううーん。ミッシェルでもそうなんだったらどうしよーもないね」
私は逡巡した末に考えることを一時的に放棄して、甲板の手摺りがある前方に歩き出した。
風で靡く髪がパシパシと顔を叩き、煩わしく感じていると、右から男性の声が聞こえた。
「やあ、嬢ちゃん。一人で親御さんとはぐれたのかい?」
声がした右側に顔を向けると、三十代らしき男性が笑顔をたたえワイングラスを左手に持ち立っていた。
「はぐれてないです。バーに行ったまま戻ってこないから退屈で風に当たりに来てるんです」
「そうか……退屈しのぎに面白い話しでも聴くかい、嬢ちゃん?」
「えっと……面白いの、聴きたいです」
「ハハっ、正直だな。いいだろう……嬢ちゃんはこの世で魅入られたらムゴい死を迎えるのは何だと思う?」
「魅入られる……ムゴい……どういう意味ですか?」
「あー、そうか……好かれると地獄や天国すら行けない死を体験するってこと。何だと思う?」
「えっと……悪魔、かな」
「悪魔かぁー……悪魔もそれなりの死を迎えはするね。悪魔よりも、ムゴい所業をおこなうのが居るんだなぁそれが。天使だよ」
「天使……なんでそう言い切れんの、オジさん?」
「西方のある大陸の小さな村の教会を訪れたある人が死んでね、その死んだ奴が天使に魅入られてたらしく、凄惨な遺体になっていたらしい。そいつを見た奴は、普通に暮らすことができなくなったほどに病んで死んでいったんだとよ。嬢ちゃん、くれぐれも天使に魅入られないよう、気い付けろよ」
「へえ……そんなことが。ありがとうね、オジさん。私は天使に魅入られるようなことしないし、大丈夫よ」
「そうかい。てか、さっきから嬢ちゃんから羽音が聴こえるけど、なんか憑かれてたりするかい?」
「え〜オジさんったら変なこと言わないでよー。そんなことないって〜またねー」
私は赤髪の男性から離れて、甲板から船内に戻った。