5話・追撃と応戦 前
崩壊した騎士詰所の建物の屋根の上。街の一角から黒煙が上がっているので、先ほどまでどこにいたのかはすぐに分かった。
それなりに距離はあるが、建物の上にいると見つかる可能性はあるので、煙が晴れる前に僕たちは建物の中に降りた。
「上手く行ったね」
「そうだね……まぁ、転移場所までは気付かれていないだろうけど、短距離転移を使ったこと辺りは気付かれていてもおかしくないし、そうじゃなくても、もしかしたら死体が一切残っていないことに気づいて付近を捜索するかもしれない……早く街の外まで撤退しよう」
「んー、なにー?」
想定外の返事にびっくりして、セラの方を見ると放置されていた武器をいくつか漁っていた。
「なにーって……なにしてるのさ」
「いやー、ボクの剣、融かされちゃったしー、なにか使えそうな武器ないかなって」
「使えそうなって……放棄されて50年くらい経つんだぞ、まともなものがあるとは思えないんだけど……」
「うーん、そうそう、金属部が錆びているくらいならともかく、木製部のところが腐ってるのも多くてね、持ってみると滑り止めの下がぐしゃっとできちゃうのも多くてねー」
武器があった場所の上には屋根が無く、ずっと雨ざらしになっていたことが分かる。そんな状態で50年も放置すればそうなってもおかしくはないだろう。
魔剣の類でなくとも特別性能のいい武器ならそれでもある程度は使用に耐えるかもしれないが、そう言った者は流石にここから脱出する際に粗方持っていっていると思われる。
「箱の中も空だねー、中身だけ持っていったのかな?」
「それか、盗賊とかの類が持ち去ったか、かな」
「そういうのもあるのかー」
「まぁ、今回は別として、基本的に人間領で一番警戒するべきは人間だからね、賊の類と、悪徳組織とか、あとは暗殺者とかね」
表だって敵対的に動くことはないだろうけど、そもそも表に出て来ないような組織だったり、裏で動かせる何かを持っているような組織はセラを狙わないとも限らない。あるいは僕を狙う可能性もあるかな。
いるかどうかは分からないが魔族と何らかの取引をしている組織や、外に敵がいて国の戦力がその対処で忙しい今が喜ばしい組織などからしたら、魔王を倒そうとする勇者は邪魔だろうし。
「一応はこれでも勇者なんだけどなー、まぁ、対象がボクじゃないとしても、魔族と敵対しているのに、なんで人間同士で争わないといけないんだろうね」
「まぁ、それは同意するけど、組織とかで見るといろいろあるだろうしね、仕方ないと言うしかないかな」
「ジョンがそう言うならそうなんだろうけど……あっ、ジョン、あそこ見て」
「急だね、何か見つかったの?」
「ほら、この隙間の奥の方」
セラが手招きされ、その場から、瓦礫の隙間を覗いてみる。……何かあるようには思えない、というか、この中に何かあっても分からないし、あったとしてそれが使える状態にあるとは思えないんだけど……。
「いや、暗くて分からないけど、何かあったの?」
「きらっと光るものがあったから、もしかしたら武器かなにかかなって」
「……瓦礫に埋まっている物なんだけど、使えるの? そもそも回収出来るの?」
「うーん、取り出してみれば分かるんじゃないかな?」
そういうとセラが大きく腕を振りかぶった……待て、嫌な予感がする。
「ちょ、ちょっと待って、もしかして力技で瓦礫をどかすつもり?」
「うんっ!」
「うんっ……じゃないよ! 魔族がまだいるんだけど、音のこととか気にしてる⁉」
「……してない」
「だよね、これでしているとか言われたら、僕は驚いて転げるところだったよ」
魔力を使った結果何らかの方法で見つかるのも避けたいし、魔法で退かすのも却下だ。この中にある何かは普通に諦める方向でいいと思う。
「そっか……まぁ、じゃあそっと持ち上げるからジョンが回収してよ」
「分かった……って、うん、まぁ、出来るんだろうけどね……」
つい、分かったと言ってしまったが、結構なことを言っている。瓦礫は成人男性でも何度か運ばないといけないくらいあるのだが、セラがやると言っているし、まぁ、いいか。中の物が使えるかどうかは分からないんだけど、ここで言い合うよりは素早く移動に移れる気がするし。
「それじゃ、よいしょっと」
「これ、僕が取る必要あるかな」
「早く取ってー」
「いや、いいけどさ」
セラが持ち上げた瓦礫の隙間に上半身を入れると、確かに剣があった。見た感じは腐食なども大丈夫そうだけど、セラはよくこれがあることに気付いたな。上にある瓦礫にひやひやとしながら手を伸ばして、それを掴み引っ張り出した。
「セラ、もういいよ」
「よーし、じゃあ、そっと置くね……あ、やっぱりあったんだね、武器」
瓦礫を置いたセラは、僕が手にしている剣を見つけるとそれを取って上に掲げた。
「うん、使えそう、ちょっとだけど魔力も感じるし結構いい剣なんじゃないの?」
「多分瓦礫に埋まったから回収されなかったんだろうね、確かに、ある程度魔力を溜められそうだし、リンド村に戻るまでのつなぎくらいには使えると思うよ」
一応、予備武器はいくつか持って来ているから、撤退中のモンスター相手ぐらいしか使う相手はいないだろうが、それでもセラ的には武器があった方が戦いやすいだろうし、持っていくとしよう。
「それじゃあ、さっさと移動しよう」
セラは頷くと、前の剣より一回り小さいその剣を鞘に収めるだけ収めた。
一応警戒して、顔だけ出して周囲に敵がいないことを確認したあと、街から離れるために、近くの門まで向かうことにした。
入って来たときのように都合よく破壊された壁などがあればよかったのだが、どうやらこの辺りの壁は比較的被害が小さいようで、人が通り抜けられるようなほど壊れている場所は見当たらなかった。
仕方ないので門から森へ出て、近くにある湖まで走って逃げてきた。
「ここまで逃げれば大丈夫かな」
「だといいんだけどね」
身体強化の効果も少しずつ薄れてきたし、追跡されていないことを祈るしかない。
「じゃあ、ここで転移の準備する感じでいいのかな?」
「ああ、その辺りの平らなところで魔法陣を描くよ」
「分かった、それじゃあ、ボクはモンスターとかの警戒してるね」
「そうだね、任せるよ」
今回描くのはリンド村行き専用の魔法陣だ、ちょっと描くものが増えるので時間はかかるが、行き先が決まっている長距離転移だったらこっちの方が圧倒的に魔力を節約できる。流石に短距離転移よりは魔力を消費するだろうが、場にある魔力で足りるだろう。最悪足りなかったら魔力補助の道具をいくつか使えばいいだろう。
時折現れるモンスターはセラに切り捨てられ、僕の方に辿り着くことはなく順調に魔法陣は描かれていく。そして、後は行き先を示す場所を残し描きあがる。後は、ここにリンド村の方に描いたものと対になるものを描き上げれば完成だ。
そう思い、マジックポーチからメモを取り出そうとしたところ、背中に熱を感じた。
「うっ……ぐ、あ……なんだ、これ」
身に着けている物や、周りから魔力が勝手に魔法陣に吸い取られていく。
この魔法陣はまだ描き途中だが、汎用の転移の魔法陣としては使えるが、起動した覚えはない。
「じょ、ジョン! どうしたの⁉」
「わ、わから……ない……」
激痛と脱力感から、身体を支えられなくなり、魔法陣の上に倒れてしまう。くそ、これはなんだ……呪術の類か? 一体いつ……いや、かけられたとしたら魔族とのあの戦闘の時、あの時は魔法陣を描けていた。なら、その後のどこかのタイミングで……やられた……
「せ、せなかっ……ジョンの背中に何か浮き出て……」
「なに……ぐっ……」
背中に感じる熱が肩へ移動し、次に腕、そして手に移る。それによって、自分でもどうなっているか確認できたが、魔術式が魔力を集めながら光っている……いや、この光、そして熱は集めた魔力の不用分を返還しているだけ……この式の内容は……
急いで動いで魔法陣から手を離そうとするか、間に合わず魔法式が魔法陣の空白部分に挿入されてしまう。
この式は召喚転移の術。そしてリンド村に向かうためのように、それにも対になるであろう場所があったが、その記述からして書いたものは魔族。つまりも何も、これは絶対にあの魔族が転移して来るということだ。
今すぐセラの元へ移動しようとするが、魔法式の放つ熱で背中から手にかけて火傷を負ってしまったのと、魔力を体に流し込まれたせいで身体に力が全然入らないのとで、張って動くことすら出来ない。
「に、逃げろっ! セラっ‼」
「ジョン……なに言ってるの?」
セラがそう言って駆け寄ってくる。逃げろとは言ったけど、やっぱりセラならそうするよな……嬉しい気持ちはあるが、それ以上に今は逃げてほしい。
魔法陣の上に先ほどまで戦っていた魔族が姿を現した。
「やはり、転移をしようとしたな、そう思ってお前に魔法式を打ち込んでいた」
「い、いつの間に……」
「もちろん、お前たちが不定転移をした時だ」
「あの火魔法のついでにか……だが痛みも違和感もなかったのに……」
「当然だ、転移始めに打ち込んだからな、その状態なら傷をつけずとも魔法式を打ち込めるだろう」
「なるほど……はぁ……そうか」
納得だ。人間に魔術式を体に傷をつけず入れるなんてどういうことかと思想ったが、それなら納得だ。それに、転移魔法自体、一旦体の感覚がなくなる者だから、そのタイミングなら違和感も感じないと言うわけか。
後は撤退だろうが、転移魔法を使うことがばれているなら長距離転移の可能性を考えるのは当然だ。
「知恵比べは私の勝ちでいいかな」
「そうだね、完全に敗北だよ……でも、ここは僕の命だけで勘弁してくれないかな」
「と、言うと?」
「な、何言ってるの⁉ ジョン!」
セラは剣を構えるが、位置取り的には魔族の方が僕に近い。
「今回は勇者を逃してくれないかっていう交渉だよ」
「それはそうだが、それは私にとってなにか得があるのか?」
「ある」
「随分とはっきり言い切るものだな」
「やめて、ジョン」
セラはそう言うがやめるつもりはない。元々、人質に取られたら死ぬつもりだったし、身代わりになれるような場面が来たらそうするつもりだった。
想定よりかなり早いし、後悔がないとは言えないが、僕に与えられた役割の一つだ。勇者の身代わりと言うのはこなせるかどうかも分からないものだが、こなせるとするならば、それは最大の仕事である。
一回でもセラの死をなかったことにするならば、それ以上の仕事はない。
「僕はこれでも身体に色々仕込んでいて、死ぬ際に発動してお前に被害を与えるだろう」
「それで、それを聞かせたからには対応できるようになるだろう、口にしてもいいものなのか」
「ああ、言った所で対処は出来ないだろうし、大丈夫だと思っているよ」
「ほう……だとしたら、勇者を逃したところでお前を殺せないだろう?」
「いや、勇者がこの場から逃げたのを確認したら一つずつ解除していくから、好きなタイミングで殺せばいいさ」
「なるほどな……いいだろう」
「ジョンっ‼ 駄目だっ」
「だが、勇者はああ言っているが」
「別にかまわない、状況的に最善手だからな……セラ、分かるでしょ、今は逃げて、敵の想定をもっと上にして鍛え直せばいい、生きていれば次がある」
セラが俯いて、剣を降ろした。
それでいい、今は逃げれば、またチャンスがある。だが、ここで戦って負けてしまえば何も残らない。
セラはしばらくした後、顔をあげる。
「お前を……お前を倒して、ジョンを助ける」
剣を構えなおしたセラは冷たい表情で魔族の方を見ていた。




