第九話「後悔を勇気に変えて」
当時の僕は、こんなことになるなんて思ってもいなくて──
この場で発生していたやりとりの一部始終を、逐一監視するように見ていたわけでもなくて──
気づいたら、須藤さんが笑いものにされる展開になっていて──
あの時の僕は──
その同調圧力に負けて、彼女に頭の悪そうな気持ち悪い笑みを向けてしまったのだ。
彼女を──
一人ぼっちにしてしまった。
いまさら許されるとも思っていない。
だけど──
二度と同じ過ちは繰り返したくない。
「や、やめろ────やめろよ!」
僕の一言で、あたり一帯が静まり返る。
その場にいる全員の視線が、すべて僕のほうへ向けられた。
「な、なんだよ……友介? いきなりどうしたんだ?」
怖い。足がすくむ。
自分で震えているのがわかる。
情けない。
情けない。
すでに体験していることで、覚悟を決める時間もあったというのに。
どれだけ自分が弱くて、小心者なのかを思い知る。
それでも──
逃げるわけにはいかないのだ。
いくら僕が弱虫でも、今回ばかりは絶対に逃げるわけにはいかない。
僕は自分の中にあった小さな勇気を必死で絞りだす。
「どうしたもクソもあるか! おまえらこそ……女の子に向かって『ぬりかべみたい』ってなんだよ⁉」
「……え? そ、それは…………」
僕の一言であたりが一瞬にして騒然となったが、そんなことなど関係ない。
僕は彼女の名誉を護るため、必死で叫び主張し続けた。
「克起も、俊太も、田口も……! おまえら、本気でそんなふうに思ってたのか⁉」
「お、おい……友介、冗談じゃないか……! ちょっとした悪ふざけだろ? ……な?」
「悪ふざけで済むことと済まないことがあんだよ! 本気でそう思っていて全員で笑いものにしたっていうのなら当然クソだし、誰かに釣られて心にもないことで同調しましたっていうなら、それはそれでクソだ! ……おまえら全員クソだよ!」
「ちょ、ちょっと待てって……。お、俺らだって別にそんな…………」
「うるせぇ! もし……こんな集団で一人の女の子を罵るような行為に加担しなきゃならないのが友情だっていうなら、僕は……友達なんていらねぇよ! おまえらのことも……もう友達とは思わねぇからな!」
──言ってやった。
けれど後悔なんてしていない。
こんなので壊れる友情なら……僕はそんなのいらない。
「お、落ち着けよ……! わ、悪かったって…………」
「悪かったとかじゃねぇんだよ! おまえら本当に須藤さんをそんなふうに見ていたのかよ⁉」
「そ、そんなわけねーだろ……」
「だったら、ちゃんと謝れよ……! 須藤さんに───謝れ!」
あたりは完全に沈黙してしまった。
僕が場の空気に逆らって、いきなり怒鳴ったせいだろう。
こうなることはわかっていた。だから、なんだ?
僕は彼女を護りきらなければならない。
今このイジメにも近い侮辱の輪から、彼女を救い出せるのは僕しかいないのだ。
これから彼女がアイドルとしてやっていくための自信を───
こんなところで失わせるわけにはいかない。
その時だった。
「わ、わりぃ───友介。俺……どうかしてたわ」
最初に声をあげたのは克起───
僕の親友だった。
「よ、克起……!」
克起は何かを決意したような表情で、僕の肩へポンと手を置いてから、まっすぐに須藤さんのほうへ歩いていく。
そして克起は一度大きく息を吸い込んでから、須藤さんに頭を下げて大声で謝罪を口にしたのだ。
「すまねぇ……須藤! 俺は言っちゃならねぇことを言っちまった! 好きなだけ殴ってくれても構わねぇ!」
「い……池谷くん…………」
須藤さんは相変わらず顔を伏せていたが、謝罪する克起を前に少し困惑しているように見えた。
「それと…………。俺は本心でそんなこと思ってたわけじゃねぇから……。俺だって……おまえにアイドルとして成功して欲しいって思ってるし……その素質があるってことくらいわかってる! 俺にだって……そのくらいわかってるんだ! だからもう──そんな顔しないでくれよ」
須藤さんから返事はなかった。
ただ──
下を向いていた須藤さんの目もとからは、ボロボロと大粒の涙がこぼれていた。