第八話「同調圧力」
しばらく須藤さんのアイドルオーディション合格の話で賑わっていたが、ある程度クラスメートが集まったその時だった。
「──でもさぁ。心春ごときが合格できるんだったら、アタシじゃ余裕で合格できそうだよねー!」
突然、場違いな発言をしたのは水森。
辺りが一瞬にして凍りついた。
だが沈黙を破るように、一人のクラスメートが水森に同調したのだ。
「そ、そうかもね! 水森さん可愛いし……!」
「確かに可愛いけどぉ……! 可愛いっていうよりは綺麗……っていうほうが、しっくりくるんじゃなぁい? アタシの場合!」
「う……うん。確かに…………! 水森さんは綺麗だよね!」
「フフ……! でしょお?」
この一人のクラスメートの行動が原因となり、ほかのクラスメートも次々と水森の発言を肯定していく。
特に水森推しだった男子が一丸となって、一斉に水森を持ち上げはじめた。
そして間もなく、話題は完全に水森アゲの話にすり替えられてしまったのだ。
そんな輪の中心で、一人ぽつんと申し訳なさそうに立っている須藤さんの姿が、僕にはとても不憫に思えた。
(そういえば、確かに当時もこんな感じで…………! お、おまえら……違うだろ! もともと須藤さんを祝福するのに集まっていたはずじゃないのかよ⁉)
だがこの時点では、まだ『あの出来事』につながるような決定的な状況ではない。
ここから何か──
あの出来事に発展することになった最悪なトリガーがあったはずなのだ。
そして次の瞬間、それは起こった。
「──ま。でも、心春もぬりかべみたいな顔面しているわりには、よくがんばったほうじゃね?」
水森の言葉だった。
しばらく時間が止まったかのように、あたりを沈黙が包み込んだ。
須藤さんは大きく目を見開いてフリーズしたあと、しばらくしてから口を一文字に結び、下を向いてしまった。
目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
その時、集まっていたクラスメートたちの中の一人が沈黙を破るように口を開いた。
「ぷっ……! ぬ、ぬりかべ、みたいな…………顔面って!」
その発言を皮切りに、次々とクラスメートたちが野次馬へと変貌していく。
「ぎゃはは! ワードセンス……最高すぎ!」
「くふふっ……! 天才だろ……水森!」
「お、おい! 可哀想だろぉ……ぬ……ぬりかべってぇ……! ぶっ……くくっ……!」
「そ……そういうおまえだって……ぷぷっ……! 笑ってんじゃんか……!」
「ひゃははは! ウケる!」
須藤さんも、みんなに合わせて笑っていた。
だが──
明らかに、無理して笑っているのがわかる。
その取り繕ったような笑顔の裏側には、とてつもなく深い悲しみが感じられた。
(そ、そうだった……。あの時、僕もこの同調圧力に負けて彼女のことを──)
ふと我に返って須藤さんの様子を確認した僕の心臓が、ドクンと大きく脈打つのを感じた。
下を向いて沈黙してしまった彼女──
まだそれほど長くはなかった前髪に隠れて目もとはハッキリ見えなかったが、頬を伝っていた須藤さんの涙の跡だけはハッキリと見えた。
(す……須藤さん…………)
今までになく盛り上がる集団のほうへと視線を向け、僕はその中心にいた人物を睨みつけた。
(おまえが、あの時の騒動をけしかけた犯人だったのか────水森!)