第三話「心の在処」
もちろん秋月ひかげの自殺に、僕が後悔してきた過去の出来事を結びつけるのは早計かもしれない。
なにせ十年もまえの出来事だ。
──とはいえ、あの出来事があった日から数日後。彼女が上京してしまったのも事実なのだ。あの日まで彼女は『中学校を卒業したら上京する』と言っていたはずなのに。
それなのに突然何の連絡もなく東京に行ってしまったのは、やはりあの時の出来事が彼女の心に深い傷を負わせてしまったからなのではないかと、どうしても想像してしまうのだ。
もうひとつの気がかり──
それは秋月ひかげとしてアイドルデビューした彼女が、普段から長くした前髪で顔を隠していたことだ。
別に完全に顔を隠していたわけではない。
アイドルグループのホームページには、ちゃんと顔が見えるような写真が掲載されていたし、ライブで激しいダンスをしているときなどは、なびく髪の隙間から時折綺麗な顔を覗かせていた。
だから彼女が美人だということは、世界中の誰もが周知している事実なのだ。
だがアイドルには異質とも言える顔隠し。
それが皮肉にも『陰りのあるダーク系アイドル』として、彼女の人気を後押ししていたことも確かなのである。
傍からみれば、戦略的成功例の見本であるとも言えるだろう。
ただ僕には、彼女が髪で顔を隠している行為そのものが、何か彼女が抱えている心の闇を反映している映し鏡ように思えて仕方なかったのだ。
その闇を作ってしまったのが、あの出来事であった可能性は否定できないと思っている。
現に、あの出来事があってから彼女が学校を辞めるまでの数日間、僕は彼女の笑顔を見ていない。あんなに明るくて元気な女の子だったのに──。
もちろんアイドルになってからの彼女は、ファンに対して笑顔を見せることもあったし、テレビなどでも彼女の笑顔が映し出されることだってあった。アイドルなのだから当然だろう。
ただ──
僕が知っている彼女の笑顔とは、どこか違っているようにも感じていたのだ。
「いまさら後悔したって……もう遅いんだ」
僕は誰に言うでもなく、ひとり空に向かって呟いた。
過ぎてしまった時間は戻らない。
後悔した過去があったとしても、それはもう消すことのできない事実となって人々の記憶に刻まれていく。
時間は未来に向かって流れているのだから────。
直接人を殺めてしまった者は、とてつもなく重い十字架を背負って、それから先の人生を歩んでいくことになるのだろう。
それに比べれば僕の悩みなど、所詮は自分の中にある後悔の念が作り上げた想像の産物でしかないのかもしれない。
それでも────
あの出来事さえなければ、彼女はあんなことにならずに済んだかもしれないのだ。
当然そうではない可能性だってあるが、僕は自分に都合がいい方向にしか考えないのは罪だと思っている。
他人が気付いていなければ──
世界が気付いていなければ──
自分の罪は存在しないなどという奢った考えを、僕は認めたくないのだ。
結局のところ世界が悪として断罪するのは、事実として認識されているかされていないかの違いでしかない。
誰もが真実を知らなければ、それは結果として闇に葬られることになる。
もし──
秋月ひかげを自殺に追いやった原因があの出来事にあったのだとしても、彼女自身がそれを自分の中に隠してしまっていたのであれば、どちらにせよ世界がその真実を知る日は永遠に訪れなかったということだ。
「須藤さんはアイドルになりたいっていう夢を叶えたけど……。この十年間、本当に幸せだったのかな?」
居ても立ってもいられなくなった僕は、仕事をサボって当時彼女と一緒に通っていた学校へと足を運んだ。