第十七話「サヨナラを君に」
◇ ◆ ◇
午後の授業。
僕は、ぼんやりと窓から外の景色を眺めながら、先ほどの出来事について考えていた。
(きっと、これでよかったはずなんだ)
思えばタイムリープしてくるまえの二〇一二年の今日。
アイドル『秋月ひかげ』の命日となった日。つまり、須藤さんの命日だ。
僕は本来、その二〇一二年の四月十七日という日を生きていた人間である。
それが今朝、須藤さんの自殺というショッキングなニュースを知ったと思ったら、今は十年前の今日にいる。
後悔を抱えて生きてきた僕が、何の因果かその後悔を生み出した日にタイムリープしてきたのだ。
それが、まさに今──
二〇〇二年四月十七日。
(今日起こるはずだった不幸は、上手く阻止できたはずだ)
何度も言うようだが──
だからと言って、これで十年後に起こった須藤さんの自殺がなくなると確定したわけじゃない。
あの自殺は、今日の一件とは関係ないことが原因となっていた可能性もあるからだ。
それでも十年前の悲劇を食い止めることができたのは、良かったと思っている。
結果として僕が背負ってきた後悔はなくなり、須藤さんも傷つかずに済んだはず──。
そればかりか、あの事件の黒幕だった水森すら、最悪な展開になるはずだった未来を回避できたのだ。
さらには克起をはじめとする大勢のクラスメートたちも、結局は自分のしでかしていたことを気づくきっかけにもなったはずだし、それによって須藤さんを追いつめるようなことをせずに済んだのだから御の字のはずだ。
そう──
これでよかったのだ。
少なくとも、僕が十年前に体験した今日の惨劇と比べたら、確実にいい結果に終わった。
特に須藤さんと水森。
彼女たちがお互いの存在を認識して、認めあえるように変わったのは大きい。
今回の一件は、この先で二人が困難にぶつかったとき、必ずそれを乗り越える力となって二人の背中を押してくれるに違いない。
(もし、これでも須藤さんが十年後に自殺するようなことになるのなら、それこそ別の理由が原因だったとしか思えなくなる)
そんなことを考えているうちに、すべての授業は終わって放課後になっていた。
外ではカラスが鳴いている。
(もう放課後か……。やることはやった。あとはもう神のみぞ知る────だな)
僕は教室を出て、廊下を歩き、階段を降りて、げた箱へと向かう。
その間も、これから先の未来に向けてまだ僕に出来ることはないだろうかと、いろいろと悩んだり考えたりしていた。
アイドルになるのを辞めるように須藤さんを説得しようかとも考えた。
だが夢を失った須藤さんが、果たして幸せという価値観をその後の人生に見出すことができるのか──
そう考えると、とてもじゃないがこの案を実行する気にはなれなかった。
何よりアイドルになることが須藤さんの夢であり、夢とはその人が生きるための証でもある。
その夢を僕が奪い去るわけにはいかない。
そして僕は上履きから靴へと履き替え、校舎をあとにする。
そこから正門に差しかかったあたり──
門の裏側で待っていたのは須藤さんだった。
「今日はありがと────神谷くん」
そうだ──
水森の一件でややこしくなっていたが、元はと言えば須藤さんが酷い目にあうのを阻止するために行動に移ったのだった。
僕は素っ気ない態度で返事を返した。
「別に……大したことしたわけじゃないから」
彼女の言葉が嬉しくなかったわけじゃない。
だが──
僕は彼女に感謝してもらう資格などないのだ。
それでも彼女は、僕にお礼を言ってくる。
「それでも……嬉しかったから────」
わずかに紅潮している須藤さんの顔。
違う。違うのだ。
今の彼女は、僕が勇敢な人間だと誤解している。
僕は十年後から来ているから、何が起こるのかを知っていただけで、決して勇敢でもなんでもないのだ。
それどころか本当の僕は、彼女への酷い仕打ちに加担してしまった情けない人間でしかない。
好意を寄せられる以前に、許してもらおうと思うこと自体お門違いなのだ。
「私ね……神谷くんのことが────」
なんだ……?
もしかして愛の告白?
いや……これからアイドルになるというのに、そんな恋愛などに現を抜かすような子ではないはずだ。
しかし────
「……待って!」
つい大声で怒鳴ってしまった。
そのまま無言で目を逸らした僕を見て、須藤さんが小さな声で呟いた。
「私……もしかして、迷惑……だった?」
違う、それも違う。
そういうことではないのだ。
彼女に限って告白などあり得ないとは思うが、それでも念には念を、だ。
もし万が一の場合に、彼女にその先を言わせるわけにはいかなかった。
僕は今、彼女に愛の告白などされたら、誘惑に負けてしまう自信しかない。
「そうじゃないんだ。今はまだ言えないけど……」
僕は慎重に言葉を選んだ。
「もし十年後────────」
彼女が傷つかないように。
「須藤さんの人生が希望に満ちあふれていて──────」
彼女が立ち止まらないように。
「まだ今日のことを覚えていたのなら────」
言葉を選んだ。
「その時は、僕に会いに来て──」
さり気なくこの会話を終わらせるために。
「……続きを聞かせてよ」
これが今の僕に言える精一杯だった。
しばらくキョトンとした目で僕を見つめていた彼女。
どこか申し訳なさそうに目を逸らす僕を見て、彼女の顔が少しだけ寂しそうに笑った。
そして目を閉じながら僕に言ったのだ。
「うん。わかった……。それじゃまた、十年後に会えたらいいね────」




