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第十六話「想い、ひとつに重ねて」

 そうか──

 最初に須藤すどうさんが水森みずもりに苦手意識があるように見えたのは、あの時点で『水森が同じアイドルオーディションに落選していたこと』を、すでに知っていたからなのだ。


 自分だけが合格してしまった手前、いったいどんな顔で水森に接していいかわからなかったから、あんなによそよそしい態度になっていたのだろう。



 今回の惨劇は、そこに純粋な悪意などひとつもなくて──

 だから僕には水森がとても不憫に思えて、いたたまれない気持ちになったのだ。


 なんとか水森の心を救ってあげたくて、思わず僕は彼女を励まそうと言葉をかけた。



「なあ……水森。素人の僕が口出しするようなことじゃないかもしれないけど、たとえ誰よりも努力して、誰より実力があったとしても、審査しているのが他人である以上、そのすべてが伝わらないことだってあるよ」


 あくまで僕は、自分が思った言葉だけを正直に伝えていった。


「本気で悔しいって思えるのは、おまえがそれだけ努力したって証なんだと思う。誰にも負けていないっていう自信があったからこそ余計に悔しいんだ」



 水森は、突然割り込んだ僕の言葉にも素直に耳を傾けてくれている。

神谷かみや……」

 その目に少しだけ涙を滲ませながら、彼女が僕の名を呟いた。



 少し説教じみているかもしれないけど……彼女に僕の言葉は届いているのだろうか?

 そんなことを思いながら僕は話し続けた。



「今回の審査員と水森の相性が悪かっただけかもしれないし、審査員がおまえの価値を見抜けなかっただけかもしれないじゃないか」


 無我夢中で話す僕の言葉も、徐々にヒートアップしていく。


「自信を持てよ──。前だけを見て必死にがんばれるおまえだからこそ、須藤さんは憧れたんじゃないのか?」



 いつの間にか僕も、水森に元気になって欲しくて必死だったのかもしれない。


 ふと気づいたら、となりで須藤さんが僕の顔をじっと笑顔で覗き込んでいたのだ。

 少し恥ずかしくなって僕が話すのを辞めると、僕に代わって再び須藤さんが思い出話を語り始めた。



「私ね……。朱音あかねちゃんを見て『アイドルになりたい』って思ったあの日──。帰ってすぐにお母さんに話したの。うちのクラスにすごい子がいるって──」


 水森が驚いた顔に変わる。


「その子は世界にたくさんの笑顔を届けて、いつか必ず大勢の人を救うんだって──」


 見開かれた水森の目は、さらに大きく開き──


「だから私も、そんなアイドルになりたいんだって────」


 その黒く透き通った瞳の中に、円を描くように光が走った。


「そう──お母さんに話したんだ。それが私にとってのアイドルへの第一歩だったの」


 そして、次の瞬間────


「だから……私がお母さんに言った言葉を、嘘にしないで──」


 水森の目からボロボロと涙があふれだした。



「ごめん…………心春……! ごめんなさい……! こんな……どうしようもないあたしで────」


 そう言って、その場で泣き崩れる水森。



「まだ……チャンスはあるよ。もう一度──あと少しだけでいいから、私のために立ち上がって。夢を──諦めないで。朱音ちゃんが積み重ねてきた努力が、朱音ちゃんを裏切ることは絶対にないから────」


 須藤さんは、再び水森を優しく包み込むように抱きしめた。

 水森は須藤さんに身を委ね、抱き合うふたりの姿が太陽の光に照らされる。

 それはまるで心を洗われる絵画のような、えも言えぬ幻想的な美しさとなって、僕らの目に映しだされた。



 優しさが支配してからの時間はあっという間に過ぎ去り、お昼休みも終わりが近づいていたその時──

 水森は何かを決心したかのように口を一文字に結んだあと、まっすぐに須藤さんの目を見て言った。


「も、もし────! 心春が……もう一度あたしにチャンスをくれるっていうのなら…………」


 その場にいた全員の視線が水森に集中する。

 僕の視線も──

 須藤さんの視線も──


「あたし、もう二度と間違えないから……! だから────」


 大勢に注目されながら叫ぶ水森の姿は、まるで須藤さんへ愛の告白をしているかのようだった。

 そして──

 水森は一度ごくんと唾を飲んでから、その言葉を口にしたのだ。


「────先に行って、待ってて!」


 水森を見る須藤さんの目が、これまでになく大きく見開いた。

 次の言葉を期待するかのように、僕の胸も高鳴る。



「今度は、あたしが心春のことを追いかけるから……! いつか……必ず追いついてみせるから────!」



 水森が必死で絞り出した言葉。

 須藤さんへ伝えるための──。


 まるで映画のワンシーンのようだった。

 僕の心臓がドクンと一回激しく鼓動する。


 この先──

 現実世界で、これほどまでに美しく感動的な場面に立ち会えることは、もう二度とないかもしれない。

 そう思うくらい、僕にとってリアルな出来事とは思えないほど強烈で刺激的な光景だったのだ。



 ひと呼吸おいてから、須藤さんはとてもうれしそうな笑顔を浮かべて水森に答えを返した。


「うん! 約束だよ? 私……先に行って待ってるからね!」


 そう言ってから、水森に差しだされた須藤さんの右手。

 水森は両手を使って顔じゅうの涙を拭ってから、差しだされた須藤さんの右手を握った。


「ありがと……心春。あたしを見捨てないでくれて……。あたし……絶対にがんばるから────」


 須藤さんに向けられた水森の笑顔は、どこか少し恥ずかしそうにも見えた。



 そして間もなく、昼休み終了のチャイムが鳴った。

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