第十四話「サリエリの悲劇」
しばらくして水森が落ち着いたあと、僕は改めて彼女に『なぜ須藤さんを陥れようとしたのか』その理由を訊ねた。
水森が須藤さんを陥れようとした理由──
それは傷ついた自らのプライドと、須藤さんに対する嫉妬からだったようだ。
実は彼女──水森朱音も、須藤さんと同じアイドルオーディションを受けていたのだ。
だが落選してしまった。それも予選で────。
その不満が苛立ちへと変わり、彼女を狂気へと駆り立てる原因となってしまったのだろう。
「心春は合格して、あたしは不合格だった。それが現実」
死んだような目で語り続ける水森。
「言い訳はしない……。あたしは心春を傷つけようとした──。その事実に対して……あたしは言い訳なんてしない! 事実だから……! でも……! それでも、あたしは────!」
水森は心の内側に隠していた真実を淡々と語っていたが、突然その目に涙を浮かべ徐々に語気を強めていった。
そして必死に声を荒げたのだ。
まるで捨てられた子犬のような目を須藤さんへと向けながら────。
「あたしはっ……! 本当は、誰よりも心春を認めてた! あたしが一番……心春のすごさを知っていたのにっ……! このあたしがっ……誰よりも────!」
そう何度も叫んで、また謝罪の言葉を繰り返し始めた。
彼女の言葉から、とてつもなく大きな後悔を感じる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
須藤さんを誰よりも認めていたからこそ、水森は自分のしたことが許せないのだ。
自分への嫌悪感と失望で、心が押しつぶされそうになっているに違いない。
だから、せめてこれだけは須藤さんに信じて欲しい──。知っていて欲しいのだと──
そう彼女の心が訴えているのだ。
「朱音ちゃん…………」
大勢のクラスメートたちに囲まれて泣きじゃくる水森。
その姿を見た須藤さんの目にもまた涙が浮かんでいた。
「あたしは……自分が救いようのないクズなんだって、そう……思い知らされた…………」
水森は両手と両腕を使って、涙でぐちゃぐちゃになっていた顔を拭いながら語り続けている。
「今さら謝っても、もう遅いんだってわかってる……。許してもらおうなんて思ってない……。もう少しであたしは──心春の夢を台無しにしてしまうところだった……」
もともと強気でワガママなタイプだったはずの水森。
もはや、その面影はどこにもない。
「何の価値もないあたしが……これから輝こうとしていた心春の未来まで奪おうとした……」
一度は拭ったはずの目に、再び涙があふれ始める。
焦点の合っていない目で、どこか一点を見つめ続けながら、自らを責め、懺悔を口にする水森。
「ごめんなさい……心春……。あたしは……アイドルオーディションなんて受けるべきじゃなかった────」
彼女は、ずっと須藤さんに劣等感を抱きながら、それを隠して必死で食らいついてきたのだろう。
だが──
残酷な結果が須藤さんに対する嫉妬を生み出し、彼女の中に憧れと嫉妬が共存してしまったことによる悲劇。
「あたしなんかが────!」
次の瞬間────
自分への失望を吐き出すように叫んだ水森の目から、一筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。
悲愴感に満ちた彼女の表情。
強く噛みしめた唇と、大きく見開かれた彼女の目が、僕の心を絞めつけた。
「あたしみたいなゴミが────! アイドルになりたいなんて……思うべきじゃなかったのよ!」
その時だった。
パンという痛々しい音が鳴り響くと同時に、あたりは静まり返った。
須藤さんが水森の頬を平手打ちした音だった。
「そんな悲しいこと…………言わないでよ……!」




