第一話「自殺したアイドル」
今日──
あるアイドルの訃報が速報で大きく報じられた。
今からおよそ十年前に人気アイドルグループのひとりとして脚光を浴び、またたく間に時の人となった『秋月ひかげ』という名のアイドルだ。
まだ二十四歳だった。
今日未明、マンションの屋上から飛び降りる人影を目撃した通行人が通報したらしい。
すぐに救急車が駆けつけ病院に運ばれたが、間に合わなかったようだ。
まさに今、僕は現場からライブ中継されている映像をテレビで観ているのだ。
遺書が残されていたことから今のところ自殺と考えられているそうだが、遺書の内容が公表されていないこともあってか、自殺の原因はまだ明らかにされていない。
またネットなどでは、イジメがあったのではないかという噂も流れている。
少なくとも、何か悩みを抱えていたことは間違いないと思う。
もしかしたら、日々のストレスで心が壊れてしまったのかもしれない。
僕はテレビの前で放心状態になっていた。
「須藤さん……なんで…………?」
そう──
僕は彼女のことを知っていた。
本名は須藤心春。
彼女と僕は、幼稚園からの気の知れた仲だったのだ。
小学五年生になって間もないくらいの頃だった。
彼女が「アイドルになりたい」と言いだした日のことを、僕は今でも昨日のことのようにはっきりと覚えている。
まだ十歳という年齢でありながら、将来のビジョンを明確に持っていた女の子。
僕は、そんな彼女に対して尊敬の念すら抱いていたのだ。
たぶん僕は──
彼女のことが好きだったのだと思う。
いつの時代も本気で夢を追いかけている人というのは、とても美しく見えるものだ。
当時の僕はまだ子供で──
親の保護下という名のもと、何も考えずに甘えて生きてきたのだと思う。
だが、それが悪いことだったとも思っていない。
なぜなら、それは子供であることの特権だとも思っているからだ。
でも──
だからこそ、僕には彼女がまぶしく思えたのだ。
甘えることができる立場を自ら放棄してまで、夢に向かってひたむきに突き進むことができる彼女の姿が──
とてもまぶしく思えたのだ。
不意にテレビから流れてきた報道に耳を疑いながらも、僕は昔のことを思い返していた。
今からちょうど十年前の今日──
今の僕にとっては後悔しかない、苦い思い出の記憶。
中学生になってからも、彼女はアイドルになるための訓練に励みつつ、積極的にオーディションに参加し続けていた。
そして中学三年生になった春、彼女はめでたくオーディションに合格して、夢への片道切符を手に入れたのである。
「おめでとう。須藤さん」
「ありがと。神谷くん」
その日。学校へ向かう途中で、僕は彼女の合格を祝った。
徒歩の僕に合わせて自転車を押して歩く彼女。ふたりで歩く朝の土手道。下方からは川のせせらぎが、かすかに聞こえていた。
思えば彼女とは、幼稚園からずっと一緒だった。
それが今や、アイドルとして大勢の人間に夢と希望を与える存在になりつつあるのだ。
いつの間にか僕には、彼女が遠い世界の人間になってしまったように思えた。
「……中学校。どうするの?」
「もちろん中学校は卒業するよ。でも卒業したら、すぐに東京に行こうと思う」
彼女は中学校を卒業するまでは、通いで東京まで行き来するのだと言っていた。
そして彼女は、付け加えるように言ったのだ。
「一分一秒が惜しいし、ほかの子たちに遅れをとりたくないからね」
それが彼女の答えだった。
「そっか。まあ……その、なんだ……。がんばって。応援してるから──」
「うん。ありがと。私、がんばるね」
正直に言えば、本心ではなかったのかもしれない。
でも──
あの頃の僕には彼女を応援してあげる以外に、してやれることなど何もなかったのだ。
そしてこの日。
あの出来事が起きた────。