第8話 決意
幌馬車に揺られ、アラスタはガマルとその他のチェスターコートの男女2人に声をかけられながら近くの聖病院に向かっていた。
炎は消されているにも関わらず、身を骨まで焼き尽くそうとせんばかりの激しい灼熱感と痛みで今にも意識を失ってもおかしくないが、痛みでその淵から叩き起され地獄の苦しみを味わう。
体は激しく痙攣し、焼けた左半分の顔からは白濁とした組織液が滲んでいる、ガマルとそのほか二人がアラスタの体を抑えつけるが、あまりの力に振りほどかれる。
「アラスタ!!もう少しだ!!耐えてくれ!!」
「ガマル君!!貴方の持ってる遺物じゃ治せないの!?」
チェスターコートの女性が、そう問いをなげかけたが、ガマルはネックレスに付いた木の瘤のような見た目をした白い石を右手で握ると、首を横に振る。
「そんな体力、今のアラスタにあるだなんて思えないです!!でも、これなら」
そう言ってアラスタに首飾りを向けた時、その手をアラスタが力強く握り、睨みつける。
「なにか……あるんだろう!?それをやったら」
「アラスタの為だったら!!そんなの、そんなの!!」
ガマルは何かを言いかけた時、アラスタと目が合う、そのあまりの気迫にたじろいでしまうほどだった。
「対等なんだろ!!うぅぐ!!」
痙攣が弱まり、小刻みに乾いた音を鳴らし続ける口の奥から白い泡を吹き始めたアラスタを見たガマルはアラスタの両肩を抑えつけ、鼻の先がくっつくほどの距離で叫ぶ。
「死ぬな!!アラスタ!!あいつをぶっ殺してやるんだろ!?」
その言葉で、白目を向いていたアラスタの右手がガマルの左腕を力強く握り、瀕死とは思えない叫び声をあげた。
「死んで……たまるか!!僕は……いや……俺は!!アラスタ……ギル!!」
その時、アラスタの脳内で流れていた記憶は、萩村大智の頃の記憶、何も無い、父も母も居ないも同然、波もないが緩やかな下り坂な人生。
そしてもうひとつが、ミハイルと暮らした10年間の記憶だった、一緒に勉強をし、トレーニングを見ていたミハイルが終わった頃合いに食事を作り、そして時には昔の笑い話などをしながら暮らしていたあの10年間。
ミハイルと暮らして、激しい喜びや悲しみは無かったが、しかし緩やかな下り坂な人生ではなく、穏やかな優しさに初めて触れようやくやり直せると思っていたのに。
アラスタは右の瞳から涙を流し、焼けた気道の痛みなど忘れ、血を吐きながら叫ぶ。
「絶対に!!見つ……け、だして!!殺して……やる!!」
吐血を浴びたガマルは、彼もまた父を失った悲しみを抑えながら笑みを浮かべ、また叫んだ。
「あぁ、その意気だ!!」
「ガマルと……2人で、2人で」
その言葉を力なく呟きながら、ガマルの腕を握っていた手が離れ、気を失ってしまった。
聖病院に到着した直後だった。
数十時間の間、ガマルは聖病院の外、飲まず食わず、幌馬車の中で膝を抱えるようにして丸まっていた。
何故こんな事になってしまったのか、あの場では次々起こった予想外で思考が停止し、ただアラスタを死なせまいと動くだけで、状況が落ち着いた今になって、この状況を理解しだしていた。
ハルクとミハイルが殺され、アラスタは謎の爆発による火傷で意識不明の重体、仮に死ななかったとしてもと、考えるだけで心がずっしりと質量を持ったかのように重くなっていく。
そしてなによりも、その後に空へと消えていったあの見えない何か、あの口元の笑みと、鼻腔をくすぐる透き通った香りだけが脳裏にこべりついて離れない。
アラスタとガマルは直感でアレが父を殺したのだと感じたが、果たしてそれはなんの為で、何が目的なのか皆目見当もつかなかった。
「頼む、頼む……神よ、僕からアラスタまで奪わないでください、お願いします、どうか、どうか!!」
震える手をなんとか握り合わせ、爪が甲にくい込み血が流れ出すほど力を込めて祈った。
その時、ここまで同行したチェスターコートの男女の内の男が汗にまみれながら幌馬車を開いた。
その顔には安堵の表情に満ちており、ガマルはそこでようやく握り合わせた手を緩めることが出来た。
「一命は取り留めた」
その言葉に少し引っかかったが、ひとまず無事だという事を聞いたガマルはすぐに幌馬車を飛び出し、石英造りの荘厳な神殿のような聖病院の中へと走り出した。
聖病院、東棟1階の一番端、そこの病室の木造扉を開きガマルはアラスタの名前を息を切らしながら呼んだ。
病室の窓際に一床のみ置かれた白いベッドに仰向けで天井を見つめるように横たわるアラスタ、意識はあるようで時折瞬きをしている。
病室の中へと足を一歩踏み入れたガマルだったが、今にも飛び付いて生きている事に感激したい、そんな気持ちなはずなのに、何故かそれ以上体が動かなかった。
「なぁガマル」
アラスタのその声は掠れて低く、震えていた。
「俺は生きてるのかな」
「アラスタ」
左の横顔だけが見えているガマルはアラスタのその言葉に慰めの言葉を放つ事は出来なかった、出会ってまだ2日だが、アラスタが暗に何を言いたいのか分かってしまうから。
「左腕の感覚がないんだよ、なぁガマル、俺の左腕どうなってるんだ?」
体を小刻みに震わせながら左腕をあげるアラスタだったが、ガマルにはそれが見えなかった、そこには腕を上げようと捻る動きをする包帯に巻かれた左肩のみ、そこから下には腕があるように見えなかった。
「ない、ないんだよアラスタ、その左腕はもう」
「ない?」
ゆっくりと左腕を見るため首を左に向ける、それを直視したアラスタはしばらく言葉を発することはおろか呼吸すら忘れてしまう。
ガマルは顔を伏せ、涙を滲ませた。
「あぁ、知ってたんだよ、でも見れなかった、怖かったんだ」
「アラスタ!!」
伏せた顔をアラスタに向き直し、散る涙と共に叫びガマル、しかしその視界には予想外の顔が写っていた。
そこにはこちらに顔を向けたアラスタが、悔しさを噛み殺し無理矢理に笑みを作り出した表情を向けていた、しかしその顔の左側面は白い筋と筋肉を残してほとんどが焼け、剥がれ落ちてしまっており、剥き出しになった眼球は瞳が白濁としてもはや光を感じていないようだった。
「有難うなガマル、正直に言ってくれて、これでもう怖い事はない、突き進むぞ、ガマル、一緒に来てくれるか?」
ガマルは涙をシャツで拭おうとしたが、まだパンツ一丁のことに気付き、そのまま腕で涙を拭うと、笑みを浮かべた。
「当たり前じゃないか、嫌と言っても着いていくつもりだ!!」