第5話 森へ
肌が凍りついてしまうのではと思うほどの、すっかり日の落ちた寒空の下、風で薄気味悪く揺らめく大木を横目に、アラスタとガマルはようやくギル家に到着し、玄関前まで2人で支え合いながら、力が抜けていく脚を必死に動かし移動すると扉が開き、柔らかな光が2人を照らす。
「ガマル達遅いねぇ」
そこには外気で冷えた手を吐息で温めるハルクが立っており、その後ろには無言で眉間に皺を寄せ、腕を組みながら立つミハイルも居た。
「とっ、父さん、ただいまぁ」
「アラスタ!!」
ここで限界が来たアラスタは玄関手前の腐葉土の地面に倒れ込み、それと同時に支えていたガマルもその場に膝をつき、アラスタが地面に激突する前にその腕に抱えた。
その様子を見たミハイルはすぐにアラスタの名前を呼びながら駆け寄り、その場に右膝をついて座り込む。
「ミハイルさん、申し訳ない!!僕のわがままで!!アラスタをこんな!!」
「ガマル……私の息子に何を、何をした!!」
何があったのか分からないミハイルは、ガマルの言葉から、アラスタをこんな目に合わせたのはコイツだと怒鳴りつけたミハイルの目の前に、制止するように手をかざしたのはハルクだった。
「ミハイルちゃん」
ハルクの目は潤んでおり、どこか喜びを噛み締めたその表情に、すぐさまミハイルはアラスタの顔を見る、そこには痛みや苦しみで歪んだ表情はなく、うっすらと笑みを浮かべた表情があった、それを見てからミハイルは同じように笑ってしまい、ガマルに対して「すまない」と呟いた。
「出逢えたのだね?」
「はい父さん、遂に僕にも、僕にも!!」
父の優しさの篭った声に、アラスタに親友と言われた時のことを思い出し、抑えられない涙と鼻水が溢れ出し、声と体は寒さも相まってとても震えていた。
「あぁやば!寝ちゃうとこだった!!」
そんな何故か感動的な空気が流れるなか、いきなり起き上がるアラスタ。
「あっアラスタ?体は大丈夫なのか?」
「え?あっあぁ痛いけど……寝るならベッドがいいなぁって」
そんな返答にミハイルは呆れた様子ですわらう、ハルクも同じように。
「今日は君の家で泊めてくれとミハイルに頼んだんだ、息子をよろしく頼むよ、アラスタ」
ハルクは脚を引きずり、左脚で跳ねるように家の中にあるベッドへ向かうアラスタの背中に向けてそう言うと、痛む右脚の事を忘れてすぐに振り向く。
「本当ですか!!やった!!おいガマル!!明日またやろ!!特訓だ特訓!!」
「あぁ勿論だ!!今度こそ僕が勝つぞ!!」
アラスタとガマルは盛り上がった様子でまた肩を組みながら2人で同じベッドに腰掛けた、そんな2人にミハイルは。
「私の部屋を使っていいぞ、帰ったらアラスタの部屋もそろそろ作らなくてはな」
「ハルク、いい子にしているのだよ」
そう言ってミハイルとハルクの2人は扉を閉め、ゴーレムの元へと向かった。
街への山道を下ってゆくミハイルとハルクは、その手に握ったウォーピックを杖のようにして歩いていた。
「さっき次勝つのは僕だとか言っていたな」
風で少し頭から浮いてしまったテンガロンハットを深く被り直しながら呟くミハイル。
「言っていたね、ガマルは負けるだなんて、いやはや、息子の世代になっても君には勝てないとは、ははは!!昔の自分たちを見ているようだったよ!!」
「久しぶりに、喧嘩してみるか?」
意地悪な笑みを浮かべたミハイルに照れ臭そうに鼻の先を少し掻き、杖替わりにしていたウォーピックを真ん中から2つに分割し、二対の槍のようにして腰のホルスターにしまい込み、腕を組む。
「仕事が終わったら相手するよ、ふふっ、今度勝つのは僕だよ?」
「今のうち吠えとけ」
遅れて照れ臭そうにするミハイルを見て笑ったハルクは「寒いだろ」と身を引っ張り寄せようとするが、ミハイルらそれを押し返すように拒否する、そして気づいた時には誰もいない霧がかった街へとたどり着き、山道と街を分ける貧相なレンガ造りのアーチを潜る。
すると庶民達の街には似つかわしくなく、少し浮いてすらいる、黒に金の装飾のされた馬車が、アーチのすぐ側に止められていた。
「お待ちしておりました」
その運転手が手網を握った手を右手だけ外し、マフラーを人差し指でずらして呟いた。
「夜遅くまでご苦労さま」
ハルクは乗り込みながらそうつぶやき、すぐにミハイルもその後を追うように乗り込んだ。
座ると手網を叩きつける音とともに馬の嘶きが聞こえ、少しづつ馬車が加速していく、ラゴール街の景色が流れていき、蹄が地面に当たり乾いた音と土の散らばる音がくぐもって聞こえる。
「北のケルト村だったな」
「そうだとも、着くのにそんな時間もかかるまい、しかしこんな近くまで広まり始めるとはね、世界は案外狭いもんだ」
ケルト村の事を思い、感傷に浸ったような顔立ちで後頭部で両手を組んで足を伸ばすハルク。
「被害は甚大な物だろう、あぁ、なんて事だ」
ミハイルは頭を抱えて、指の隙間から覗かせる瞳からは涙を零している。
ハルクはそんなミハイルを見て、慰める事は無かった、ただそれに気づいていないフリを貫くのみ、それがミハイルにとって1番いい方法だと思ったから。
しばらくその状態でいた時、ハルクはようやく口を開いた。
「やれる事をやろう、僕達は何も間違っちゃいない、皆のためだ」
すると馬車が止まり、扉が開く。
「私が行けるのはここまでです、健闘を祈ります、掘削者様」
ミハイルとハルクの2人は姿勢を正すと、ミハイルはウォーピックを握り、ハルクは二対の槍を手に取り馬車の外へと足を踏みだす。
運転手に頭を下げ、金貨をミハイルとハルクがそれぞれ1枚ずつ渡す。
「受け取れません」
渡された金貨を2人につきだす運転手に、ハルクは笑った、ミハイルは振り向きもしない。
「君にじゃないよ、帰ってきたらその金で1杯やるのさ、その時は君にも付き合ってもらうよ」
そう言って馬車が止まった暗い森の中、うっすらと粉雪が積もったその道を、ミハイルとハルクはランタンも持たず歩き出した。