第3話 同い年
外に出て辺りを父とおなじドレスシャツの袖をつまんで伸ばしながら見渡してみる、誰も居ない、いつも通りだ。
辺りは家を中心に木を根っこごと伐採され、ちょっとした広場になっている、木は自分が小さいからなのか、余計に巨大に見え、頂点の辺りにしか枝がない木はこちらを見下げ今にも踏み潰そうとする巨人にも見えた。
「君がアラスタ君かい!!」
突然の大声に体を跳ねさせすぐに振り返る、そこには短く刈り上げた白髪で、顔も、アラスタと似たような服の裾や袖から伸びた手足も筋張った子供が両手を腰に当て胸を張り立っていた、それよりもアラスタが目が行ったのは太い眉だった。
「ガマル・ベルク!僕の名だ!父が君の父にいつもお世話になっている!!よろしく!!」
髪の色を見てまさかと思ったがどうやらハルクの息子とはこの人のことらしい、アラスタは口に出す事はなかったが「なんてことだ血族にゴリラでも混ざってしまったのか」と考えていた。
「夜まで話は続くだろう!僕と一緒に少し散歩でもどうかな!!」
そういうと右手を差し出すガマル、光が反射するほどの白い歯をこれでもかと見せつけながらはにかむ、少し戸惑いながらも、ハキハキとしたその様子に悪いヤツでは無さそうだと、その手を掴むアラスタ。
「そうしよう」
「おぉ……ふふっ!君とは分かり合えるかもな!」
意味の分からない言葉を漏らしたガマルはそのままアラスタの手を引きひとつだけ街へと繋がる山道へと歩き出した。
1時間ほど歩いて、その道中はガマルはまだアラスタと同じ10歳だと言う事と、アラスタ自身がまだ街にすら降りたことがないという事を話すと街のことを色々と話してもらえた。
色々ある国の中でも五本の指に入るほど立派な本屋や、様々な飲食店、病院もあれば、子供限定で無料で遊びに行くことができる孤児院などもあるらしい。
「やれやれ!君は本当に何も知らないんだな!!」
「うん、父は心配性でね、大切にしてくれてるのは分かるんだけどさ」
「ははは!!心配なのは結構だけれど、たまには弾けなくてはな!!この僕のように!!」
確かに弾けそうなほど筋肉質で身長も本当に10歳なのかと疑いたくなるほどデカい、顔も筋張り、眉もしっかりと太く濃い、男というより漢って感じだ。
アラスタも他の10歳児と比べたら筋肉質なのだが、やはり身長ばかりは個人差からか女子のような小ささだった。
しかも顔立ちも女性に近い、口元のホクロがそれを際立たせている、うねって丸まった毛先に、筋の通った高い鼻、しっかりした二重で大きいタレ目、唇はほんの少し腫れぼったかった。
傍から見たら漢らしい兄に手を引かれる妹のようにも映るだろう。
「着いたぞ!!ラゴール街だ!!」
木漏れ日に目が眩み、すこし目を閉じた後開く、すると眼前には赤レンガ造りの家々が軒並び、様々な人々が笑い合い、テラス席に座る男達は何やら遊びながら酒を煽り悔しがったり笑ったりしている。
赤と白のスプライト柄の日除けがなされた路上販売の手引き車の前には大人と手を繋がる小さな子供が大きな3段アイスを手にキラキラと目を輝かせている。
「こんな近くに」
「人がいっぱいいるだなんてって?ははは!!まだまだだ!ここ以外にも沢山人は居る!!さぁ!何して遊ぶ!!」
相変わらず声のボリュームを落とすことがないガマルのせいで鼓膜につっぱりを感じ、時折指を耳にツッコミながら、今度は手を引かれ走り出す。
「ゆっくり案内してくれるんじゃないのか!!」
「ははは!!僕達は遊びたい盛りじゃあないか!!今は楽しめることを全力でやるのさ!!さぁもっと飛ばすぞ!!」
砂埃が舞うほど、更に早く走り出すガマル、手は離れてしまい、アラスタはついてこれているかと、ふと視線を自分の後ろへと移すと、息を切らしながらもまだ自分に着いてこれているアラスタに、下唇を噛み締め、口角を上げて、瞳は白目を剥くほど上へと向けながら、頬を赤らめて喜びを噛み締めるガマルは、右手で股間を握りしめる。
「どうしたガマル!!足が遅くなってるぞ!!」
アラスタも、ただ走っているだけなのに、息切れとは別に鼓動が早くなって高揚する感覚に浮き足立っていた、今まで同い年の者と遊んだことがなかったからなのか、アラスタ自信まだまだ自分は子供だなと自分を笑いながらも今を楽しんだ。
「はぁぁんん……君は、君はいいやつだ!」
気持ちの悪い声を最初に漏らし、限界かと思われた速度が更に早まり、それでもまだアラスタはついて行くことが出来た。
辺りの人々は2人に「追い越されんなよ!!」「ほら気合い入れてけ!!」などと声をかけ、それがまた2人の走る速度に拍車をかけ、2人を高揚させ、時間を忘れさせた。
そして突然止まった、あまりにいきなりで、アラスタの体の進む勢いを殺すことが出来ずにそのまま顔から目の前の街路樹に激突する。
しばらく顔全体を木の幹につけた状態で固まり、ゆっくりと後頭部から倒れ、傷だらけの顔を抑える、瞑っていた瞼を開くと太陽の光を背にこちらをのぞき込むガマルが立っていた。
「ははは!!やみくもに走っていたのか!!そこもまたいい!!」
「いっつつ、目的地も分からないのにいきなり止まれるかよ」
ガマルが伸ばした手右手で握り返し、腰に左手を当て、ふらつきながら立ち上がるアラスタ、そこへ馬に乗った男が「お前らぁ!!」と叫びながら走り、目の前まで来ると手網を引っ張り止まる。
「お前らか!!街中走り回ってるって子供は!!」
左胸に太陽のような形をした金のバッチをつけた、父と同じようなドレスシャツとズボンに、チェスターコートを羽織り、頭にテンガロンハットを被った男、違うところは全体的に紺色と黒の配色で統一され、新品のように汚れ1つない所である。
「僕達の事かは分からないが!!確かに走っていたぞ!!」
「走ってましたよ、それがどうかしました?」
馬の上の男はため息を着くと、鐙に右足を通したまま降り、降りきった後に右足を外し、2人の目の前に腰を下ろす。
「あのなぁお前らが走った時の砂埃で、周りの人から苦情が入ったんだよ、走るなとは言わない、しかし限度があるぞ全く」
その顔は好青年を絵に書いたような男だった。
「いやはや申し訳ないな警察のお兄さん!僕についてこれた同い年は初めてでね!!」
「馬よりも早い人間なんて君が初めてだよ、名前聞いて置くよ、今日はそれぐらいで多目に見てあげるさ」
アラスタとガマルはしっかりと答えた。
「ガマル・ベルク!!」
「アラスタ・ギル!!」
すると、その警察は口をあんぐりと開き、両手を開いて1歩引いた。
「ベ、ベルク家にギル家の!?こんな所に出逢えるなんて!!おっおっほん!いっいや、これから気をつけるようにね?はっはは」
いやにソワソワし出すとそのまま馬に急いで乗り込み、そのまま街の奥へと消えていってしまった。
「ははは、僕達の先祖は有名みたいだな!さぁ!着いたな!!孤児院!!」
手を指すその先には、石英で建築された荘厳な面持ちを持つ建物が視界いっぱいに広がっている、所々に彫刻まで施され、まるで美術館のようだ。
「想像していたのと違うんだけど」
「なんだ!?みすぼらしい建物でも想像していたのか!?ここは学校も兼任しているんだ!!さぁ入ろうじゃないか!」
ガマルは遠慮なしに入っていくが、アラスタは恐る恐る門を潜る、すると玄関前の校庭で子供たちが走り回ったり、ボールを蹴ったり追いかけまわしたり、玩具を使って遊んでいた、校庭の芝は綺麗に刈られ、中央の目につく大きな低木の葉は、この世界の言語で「ようこそ[●XIII>●I●II]」と刈られている。
驚いたのはその子供たちの人数だ、300人はくだらないほどの子供たちが遊んでいるのだ。
その光景に自然と笑顔を浮かべながら歩いていると、再びいきなり立ち止まったガマルの背にぶつかるアラスタ、なんだと前に視線をすぐ写すと、真っ白のワンピースを着て、片手に分厚い本を持った若い大人の女性が立っており、その銀色の髪を風になびかせてこちらに微笑みを向けていた。
「先生!!トレーニング室を貸してくれ!!」
「いいけど……その子はどうしたのかな?」
先生はわざわざアラスタに目線を合わせて話し出す。
「この男はアラスタ・ギル!!僕の友人になるかもしれない男だ!!」
「先に自己紹介しないでくれよ、あぁ、アラスタ・ギルです、よろしくお願いします」
「男……あぁ、あぁ!!アラスタ君ね!!話は聞いた事があるわ!よろしくね!」
明らかに男であることに疑問を持った一言目だったがアラスタは気にはしなかった、彼自身男らしくないなと思っているからだ。
「トレーニング室は本館1階よ、良かったら1人でも来てちょうだいね」
「早速向かおうアラスタ!!」
先に走り出すガマルを追いかけようとした時、先生に呼び止められ、振り返るアラスタ、すると。
「彼、ガマル君は悪い子じゃないの、今後ともよろしくお願いね」
先生のその言葉になにを言いたいのか分からなかったアラスタはボーッとただ頷くことしかせず、そのままガマルを追いかけていった。
玄関を潜り、本館の廊下をただ走り続ける、こんなに広い学校は以前の世界には存在しないだろうと自信を持って言えるほど広く、中に入ってもなおやはり美術館のようだなという考えは消えることは無い。
もうこの走っていることがトレーニングなのではと思えてきた時にようやくガマルは立ち止まった、毎度いきなり止まるがそういう癖があるのだろうかとアラスタは思う。
ひとつの扉、いやもはや門のそれを2人で潜ると、そこには鉄製のダンベルやベンチプレス、懸垂機、鉄製のただの棒などがあった。
以前の世界の時にあったようなトレーニング器具があるのは、やはりどの世界でも結局はその形に収まるものがあるものなのだなと腑に落ちていた、包丁などもそうであるからだ。
トレーニング室にはガマルとアラスタ以外に人はいなく、完全な貸し切り状態。
するとガマルは1枚布を巻き上げたパンツ以外は脱ぎさると、真っ先にその何の変哲もなさそうな鉄の棒を手に取り、まるで自分の体の一部のように振り回し始め、そのままその棒が置かれていたマットの延長線上にある人型の的を殴り始めた、振り回しの回転の勢いを使い、身を翻したり、飛び上がったりなど、まるで舞っているようでもある。
そしてその肉体はギリシアの戦神の像のようにしなやかでそして荒々しくもある肉体美であった。
アラスタも負けじとその隣のマットにドレスシャツを脱ぎ、鉄の棒を持ち上げる、その時に気づいた、1mを少し超えるほどの鉄の棒だから重いのは分かっていたが、それにしても重すぎるのだ、もしこれを振り回したら遠心力なども加わって振り回すのは無理なのではと。
試しに振りかぶる、やはりその勢いに体を持っていかれ転んでしまう、ひたすら今はただガマルのように振り回すことを考えず、ただ振りかぶり叩きつけることを心がけたが、やはり体が持っていかれ転んでしまう。
その光景を見て、少しガマルが表情を曇らせたが、それに気づくことはないアラスタ、ひとまずガマルの身の動かし方を観察する、やはり舞い、流れに身を任せる川のようでもあった。
川のよう、そう川のようなのだ。
アラスタは再び鉄の棒を握った、しかし先程とは違い中央ではなく端の方を。
その様子の違いに気付いたガマルは動きを止めた。
そしてアラスタは動き出した、ハンマー投げのように円運動で振り回し出す、そして回転が早まり、自身の体を動かそうとする力に抗うことなく、しかしその手から鉄の棒が離れることがないようにしっかりと握りしめ。
手から今にも離れてしまいそうな時に、ようやく自身から動き出した、だが無理に動かすんじゃなく、川の流れがほんの少しの小石によって一瞬変わる時のようにほんの少しの方向転換の力を身の翻し方などで変えていくのだ。
すると、回転のエネルギーを様々な方向へ変換しながら、そして時にはそのエネルギーを利用していつもより少ない力で飛び上がることすらも可能とした。
若さとは素晴らしい、少しの気づきからもそれを可能とする事が出来る身体能力があるだなんてと思ったアラスタだったが、その光景にガマルは唖然とした。
「僕でも時間がかかったことを、君は、君は」
ガマルは、股間を再び右手で握りしめると、アラスタと二人、まるで男女のセッションのように舞い続けた、汗は飛び散り、部屋中の湿度がみるみる増していき、それを見たトレーニング室に訪れた人々はそのまま引き返すほどの二人の世界だった。
気づけば、空は茜色に染まり、夜が近いことを低い鳥の声が伝え始めた時、先程の先生が現れ、2人は帰路についた。
街の人は少なくなり、家の窓から零れる光と料理の匂いで少し寂しさも覚えた。
しかしこの間、アラスタとガマルの会話は何ひとつとして無かった。
山道に入り、家に着くまでの道の折り返し地点まで差し掛かった時、ガマルは立ち止まった。
「どうしたんだ?ガマル」
声をかけるアラスタ、しかし返事はない、ガマルの体は小刻みに震えていた。
その様子に不信感を覚えたアラスタは、再び、今度は手をさし伸ばしながら声をかけようとした、その時。
吹き飛んだ、気づけば木に叩きつけられていたアラスタは何が起こった頭の中を整理しようとしたがやはり分からない、慌てて湾曲する視界の中ガマルの方を見ると、血の着いた拳を突き出したガマルが顔を俯かせ立っていた。
「いっいきなり何をするんだ、ガマル!!」
その口元を見ると、唇を血を滲ませるほど噛み締めていた。