第14話 エゴノリ
用意された8畳ほどの部屋に置かれたドレッサーを開き、椅子に座り込んでいたガマルと、何故かその部屋のベッドに微動だにせず座っているカガ。
時折廊下の窓から中庭を覗き込むが状況は変わらず、もう2時間以上アラスタの帰りを待っている。
再びガマルが廊下に出て窓の外、中庭を覗き込み、それを追いかけてカガも覗き込む。
アラスタの後、誰一人としてあの扉には入っていない、続々と待機している生徒が選別を棄権し帰る中、青いトレンチコートを着た教員が顔面蒼白で扉の向こうへと入っていった。
ガマルが首を傾げると、その頭に手を乗せて、思い切り体全体を使って押し込むと、前のめりになり窓を開けて指を扉の向こうへと指した。
「なんだカガ!!」
ガマルがそれを押しのけて窓の外、あの扉を見ると、陽の光を拒絶していた闇があったはずの場所に消え入りそうだが陽の光が射しているのを知る。
「クソ!!」
ガマルは何か胸騒ぎを感じて中庭へと走り出すとカガもそれを追いかける、階段を駆け下り1階に着くと教員と選別者たちのざわめきが聞こえだした。
大きな扉を蹴破り学校エントランス内に入ると、他の教員の静止を跳ね除けすぐ裏の中庭への出入口から中庭へと出ると、泣き崩れる教員達の中心にラグルの後ろ姿が見えた。
「ラグルさん!!」
ガマルはその肩を掴み、食い気味にラグルの顔を覗き込む、怒りに震えているかのように目を開き歯を食いしばった口を手で押えた顔がそこにはあったが、ガマルとカガに気付くと、追い返そうとはせず、溜息をついたあとゆっくりと喋りだした。
「次元の祠から、神の気配が無くなった」
その言葉にガマルの鼓動が激しく脈動を始め、その場に立ち止まっていることが出来なくなった。
その様子を見たラグルは落ち着かせようと、神域に入る事は様々な危険性がある事を説明してみせる。
しかしその言葉はガマルの耳には届いておらず、もう今にも走り出しそうに身をかがめた時に、カガが二人の間に立ち塞がる。
ラグルとカガは見つめ合う、それには会話が交わることなく、異様な空気感が漂うだけ。
「大丈夫なのか?」
「うん」
ようやく交わされた2人のそんな言葉で、祠の入口から身を退かせたラグル、その瞬間にガマルは中へと飛び込んで行った。
ここに初めて入った時に感じたあの奇妙な空間の揺らぎは一切感じない、ただ冷たい空気どこへ流れていくわけでもなくそこに留まっている。
最初は気付かなかったが、どうやら地下へと向かう緩やかな傾斜があったようで、祠の外見とは不釣り合いなほど中は広々としている。
しばらく歩いていると、後ろに気配を感じたガマルは振り向く、そこには心配したの後をついてきたカガが、手に灯りを揺らめかせたランタンを持ち立っていた。
「アラスタ君は」
「まだ」
一向にアラスタの気配を一切感じない事に焦りを感じてきたガマル、そんな彼の向かう眼前に、カガは立つと振り返る。
「大丈夫」
彼女のその一言はなぜだかガマルの心を落ち着かせた、理由はガマル本人にも分からない。
カガはそんな彼の姿を見て頬をほんの少し赤らめると、後ろ向きに歩き始めた踵に何かが当たる。
それに視線を向けると、そこには青白い手、その指先に伸びていくように深緑色の血管が浮き上がり、そしてガマルはその手の主を見て、全身の血の気が引き、酷い寒気を感じるほどの戦慄をおぼえた。
そこにうつ伏せに倒れていたのは確かにアラスタだったのだ。
「アラスタ!!」
そう叫んで膝をつき、彼を抱えるガマル、手首に二本の指を添えるように触れると恐ろしい程冷たいが、微かに脈は確認できた。
その様子をランプで背後から照らしながら見つめるカガは、下唇を軽く噛むと眉間に少しだけ皺を寄せた。
「しっかりしろ今外に!!」
その時だった、アラスタは瞼を勢いよく開いたのだ。
その目は瞳が1番色が濃く黒に近い、深い緑と青のグラデーションがかった白目、人の物には思えなかった。
しかし同時にむせ込んだ時、目を瞑り再び開くといろは元に戻り、身体中に張り巡らせていた深緑の筋は袖の内への吸い込まれていくかのように消えていった。
「ガマル、カガ、大丈夫、大丈夫だ」
酷くしゃがれたアラスタの声を聞いたガマルとカガは深いため息をついた、それは確かに安堵のものであった。
「早く出ようアラスタ」
ガマルがそう言ってアラスタに肩を貸すと、カガも少ししゃがみ気味に肩を貸す。
ふとその時、ガマルはラグルの言う神と対峙した時を思い返していた。
理解出来ないが確かに彼らの言語であろう言葉、小さな震えのような言葉を聞いた時に頭の中に流れ込んできた、この世の物とは思えないほど、血と臓物の惨劇のイメージの激流、その中に立つ誰かの視界には、義手と義足が酷く壊れかかった小柄な男が立っていた。
一瞬アラスタなのかと思ったが、ガマルにはどうにもそれがアラスタだとは思えなかった、振り返ったその顔を見た時、顔の中心には黒くぽっかりと穴が空いていた。
それを見て目が覚めた時、一瞬嗅いだことのある匂いが鼻をかすめていった。
透き通った香り、月の香りだった。
「2人共、ありがとうな」
アラスタのその言葉にガマルは力こぶを作るポーズをしてニコリと笑い、カガは鼻でフンッと笑い頬を赤くしていた。
そして目の前には眩い光を祠内へ差し込ませている空いた扉、3人は外へと出る。
沢山居たはずの選別参加者達は、元より恐怖を感じていたのに加え、この異常事態に恐れを生したのか、数える程度の人数以外は、大半が棄権してしまったようで、教師達は3人の帰還を喜ぶことも無く頭を抱えていた。
そんな中でもラグルは3人に気付くと駆け寄り3人をまとめて抱きつき、深いため息をついた。
「良かった、本当に、本当に」
そんなラグルの背後から頭を小突いたのはエミュールだった。
「無事で良かったわよ、全く、カガちゃん、ガマルくん?後で話があるから」
「分かってるとも、ご飯だろ?」
ガマルのその言葉にそうかとハッとした様な表情を向けるカガ、そんな2人に呆れたようにため息をつくエミュール。
「2人とも心配かけました」
酷い顔色で虚ろな目、そんなアラスタをガマルとカガが肩を貸したまま寮へと歩き出した時。
選別参加者のひとりが見つめていた。
背がスラッと高く、鷲の様な高い鼻で、恐ろしく整った顔立ち。
髪はエゴノリを深緑色にし、後頭部下に紐で纏めあげたマンバンヘアーで、肌は白く病弱にすら見える男は、ただ3人を見つめ。
「アラスタ君ね」
そう呟いてニヤリと笑った。




