第13話 草原
異様な光景だった、1人、また1人と岩の扉を潜っていき、その間誰一人として言葉を発することも無く、鳥たちのさえずりも、風も、それに揺られる木々も全て静まり返っている。
岩は確かに大きいが、アラスタが数えただけでも100人以上は入ったっきり出てきていない、明らかにその人数が入れるほどの広さがあるとは思えなかった。
アラスタを中心に横並びになった、ガマルは腕を組み、カガはほんの少し首を前に突き出すようにそれを見ていた。
やはり他の選別参加者達もその光景に恐怖を覚えだしたらしく、扉の前まで行き、なにか怯えるように退出する者もいた。
時折扉から出てくる者も居たが、涙や鼻水で濡れた顔で、目になにか映すわけでもなくそのまま校舎内へと戻っていく。
こうしたラグルの言う選別も滞りなく、その空気感のまま進んでいき、ようやく3人の内のガマルの番がやってきた。
流石のガマルも少しその空気感に押されていたようだが、名前を呼ばれた時、彼は自分の頬を強く両手で叩き、アラスタとカガのほうに振り返るとはにかみ、扉へと歩き出した。
その背中に向けてアラスタは妙な胸騒ぎがして思わず「おい」と呼びかけてしまう、残りの生徒達は振り返ったがガマルは振り向かなかった。
扉をくぐったら、きっと何もかもが変わってしまうとアラスタは感じた、しかし止めることは出来なかった。
ガマルに向けて手を伸ばしたアラスタの姿はとても悲しげだった、そんな姿を見てしまったカガはアラスタの手に優しく手を置き、膝の位置まで下げた。
扉の向こう、その闇の中に溶け込んで行ったガマルの姿を見送ったアラスタとカガ、音は依然としてなかったが、他の戻ってきた選別者達よりも長い時間岩の中に居る。
「ガマル君」
カガの仮面のように変わらなかった表情が悲しげに歪む、それを見たアラスタは先程までの悲しげな様子から打って変わって、彼を信じる親友、それ以上の信頼を、その目の妖しい光と共に扉の向こうへと向けていた。
そして、それはかなった、扉の闇から手が突き出されたのだ。
ゆっくりと肩を回しながら現れたのはガマルだった、険しい表情だったが、アラスタとガマルを見ると笑顔を取り戻し、去り際に2人の方を軽く叩いた。
「なぁ、ガマル」
アラスタは振り向かずに口を開いた、ガマルも足を止める。
「何があったんだ?」
ガマルは歯をかみ締め、怒りに似た哀しみを押し殺し、息を吐き、肩の力を抜くと、表情を緩ませ、ニコリと笑う。
「行けば分かる、大丈夫だアラスタ」
そういうと、ガマルはそのまま校舎の中へと歩いていった。
次はカガだった、彼女は会ってからは、自己紹介と他を少し話した程度で会話も少なかったが、何故だか気になる女の子だった。
ラグルの妹であるという事以外は知らない、そんな子の筈なのに、何も喋らず扉へと歩き出すカガの腕を掴んでしまった。
きっと彼女はアレを潜るべきでは無いと思ったからだ、直ぐに今日は一体どうしたんだと苦笑して手を離したが、そんなアラスタを見たカガは親指を立てたグッドサインを突き出した後、扉へと再び歩き出した。
そんな中、やっと気づいたことがあった、いつからなのか分からない、周りを見てもラグルの姿がないのだ。
一体何処にと考えている間に、自分の体に何者かの影がかかっている事に気づいた、見上げるとそこにはカガが立っていた。
どの選別者達よりも早かった彼女を見たアラスタは慣れない笑顔を作ってみせたが、カガは無表情のままアラスタを見下ろしていた。
「おかえり、えぇと、大丈夫?」
なんだそれと言いたくなるほどのアラスタの問いにカガは、表情を変えぬまま喉の奥から小さくくぐもった笑い声を出した。
「アラスタ君」
「どした」
心配そうに見上げるアラスタの顔を見たカガは、そのまま校舎へと歩き出した、その去り際「そんな」と呟いたが、アラスタは意味がわからず首を傾げた。
次は遂にアラスタの番だ、右手と左義手を器用に使って車椅子を動かすが、医師のスロープから芝に降りた時、木のタイヤが芝と柔らかい土に取られて動かすのが難しくなるが、力を込めてゆっくりと扉へと動き出す。
徐々に近づくにつれて寒気が増していく、この時に気付いたが寒い訳では無いのだ、冷気だと思っていたのはこの扉の向こうから来る何かの恐怖だと気付いた。
扉の前に来て一旦止まる、首が曲がるだけ上へ見上げてもまだ上のある巨大な扉、開きやすいように滑車がいくつか付いては居るが、良く2人で開けたものだと感心した。
扉の向こう側は太陽の光が差しているはずなのに真っ暗だった、ゆっくり指先を入れてみると、まるで指先だけ冷たい水につけたようだった、そこにある空間が指先を撫でているかのように流動しているのが分かった。
明らかに普通じゃないそこに、また恐怖心が強く芽生えたが、ガマルと同じように頬を叩くと車椅子のハンドリムを強くつかみ扉の向こう、闇へと入った。
目を開いているはずなのに一寸先すら見えないほどの暗闇、全身を別の方向へと撫でるように流していこうとする川の流れのような感覚。
この暗闇をアラスタは思い出した、転生を成すその瞬間の時、「何故愛してくれないの」と呟きを聞いたあの空間に感覚が似ていた。
何か関係があるのかと考えた時、アラスタは動きを止めた、止められたのだ。
皮膚の感覚を頼りに自身を止めている物を想像する。
6本ほどの巨大な棒状のものに周りを取り囲うように止められたと感じたが、すぐに気づいた、棒ではない、はたまた取り囲まれた訳でもない、握り締められていると。
身動きひとつ出来ずにいるアラスタの体は更に、骨が軋む音がするほど強く握り締められ、遂にアラスタの体が持ち上げられて、車椅子と離される。
痛みに耐え、何故こんなことをと怒りすら覚え、目を開き、何も見えない闇の中へと睨みをきかせると、突如頭痛が襲った。
シナプスが電気信号を流れていき連鎖的に発光して行くかのように見えてないはずの視界がその発光に支配されていく。
左半分の顔に投影された顔がブレていき、遂に傷が露出する。
声を出そうとしても喉が焼けた事と胸が圧迫でうめき声を小さく出すことしか出来ずに、ただ無様にも見えない相手に何とか睨みつけることしか出来なかった。
力は無慈悲にもまだ握り潰そうと込められていく、骨が軋む音が徐々に鳴らなくなっていき、残った四肢の末端が痺れから無感覚に陥った時、突然握る力が弱まり、勢いよく地面に叩きつけられる。
痛みは鈍く感じたが、摩訶不思議な空間の抵抗により思ったよりも衝撃はなかった。
しかし体の動きは鈍いままで、なんとか手の主が居るであろう位置に視線を向けた時、闇の奥底に何かを見つけた。
それは照らされている訳では無い、刻まれている訳でもない、ただそこに在った。
指が6本ある手のひら、それも手首が異様に長く、手繰るようにそれを見るがどこにも繋がっていない。
その手が握り拳をゆっくりと作った時、空間の流れがその手に吸い寄せられて行くのを肌で感じた。
あまりの流れに腕を目に当て、息苦しさをひたすら耐える、そしてそれが収まった時、再び恐る恐る閉ざした視界を開くと、辺りに広がった世界は様変わりしていた。
アラスタの背後には自身がここに入った時の扉が、どこにも繋がらずに枠と扉だけ残して、どこか知らない、地平線が見えるほど果てしない草原へと変わっていた。
そして背後の扉とは別に、アラスタを挟んで向き合うように扉が閉ざされた状態であった。
その扉が突然激しく、開く可動域上にある芝を根こそぎ掘り返すかのように開く、その土と草がアラスタに当たる。
ここでアラスタはようやく倒れた状態から何とか状態を起こし、その扉を見た、扉の向こうにはやはり闇が広がっており、その中から先程の巨大な6本指の手が拳を握った状態で現れた、アラスタの頭上まで伸びると小刻みに震え出した。
先程まで感じた敵意はなく、ただ震えるだけ、しばらくそうして居ると手が開かれた。
中からこぼれ落ち、アラスタを濡らしたのは、濃厚な生臭い鉄の香り、血液と肉片だった。
一体何がと自身の体を見た時、その血液と肉片が不快な水音を発しながらアラスタの目の前に集まり出す。
そして3分もしない内に人型になる、しかしそれは形だけで、完全な人と言うにはあまりに不完全で、皮膚はまるで石灰のようだ。
石灰質の皮膚が全身を覆った時、目と口に亀裂がはいり、ボロボロと破片を零しながらソレがアラスタを見た。
「会えましたね」
言葉を発したソレはアラスタの方に近寄り、腰を落とすと、両頬に手を添える。
「我々を冒涜し、毒に犯され、得られましたか」
アラスタにとって意味の分からない事を呟くように発するソレは、表情を変えずにただ投げかけていた。
「貴方が始めたのです、皆も知りたがっています、だから、ここ……に?」
ソレは慌てて立ち上がる。
「貴方じゃない、貴方なのに」
その時、ソレの体が足元から崩れだした、塵は青白い光を発しながらアラスタの中へと入っていき、アラスタはその痛みに悶える。
「何故、不完全なのに、毒に犯されていないのに」
崩れていくなか、ソレは青い空を見上げて低く震えた言葉のような音を最後に発すると、周りの景色すらも塵になっていく。
押し寄せる闇、完全に塵になりアラスタに吸収されたソレ、アラスタは痛みと熱に苦しみ悶えながら最後に残った青い空を見上げた。
月に見えるそれが、確かに瞬きをしたのを、アラスタは見た。




