第12話 岩
「またベットだねアラスタ」
聞き覚えのある声にアラスタは目を覚ます、見覚えの無い天井、浅黒い木材が柱と針、そして差し色として組み込まれた木材の合間にある白いツルツルとした石の壁。
広くはないその部屋の窓辺に置かれた柔らかいベットにアラスタは横たわっていた、目を覚ました途端に酷い頭痛に襲われ視野が狭くなる。
「ラグルさん」
「久しぶり、具合いが悪そうだ」
アラスタは横たわり、目を瞑ったまま右手を握り親指を立てた手を震えながら天井に向けて突き上げる。
「要件だけ伝えておくよ、明日は試験だだ、ちょっと変わってるけど……あまり考えちゃならないよ、それじゃお大事に」
部屋を後にしようとラグルは踵を返して歩き出したが、すぐに部屋の扉が力強く開かれた。
「アラスタ!!チキンだ!!見ろチキンだぞ!!」
ギトギトの油まみれな香草の匂いを強く放つチキンレッグを嬉々として両手に持ったガマルが部屋に押し込み、それをアラスタの頬に押し付ける。
「ジューシーなチキンだ!!素敵な素敵なチキンだぞハハ……大丈夫かアラスタ?体調悪そうだぞ?」
「そう思うんならチキンを離してくれ、俺の口は頬には無いんだ」
申し訳なさそうな顔でチキンを頬張るガマル、しばらく食べてからようやくラグルに気付き、体を小さく跳ねさせて驚いた。
「うふぁのはろぐろはぁん」
「気づくのが遅いよ」
2人はアラスタのほうに去り際、手の甲を軽く見せるようにしてから部屋の外に出ていった。
「明日、か」
崩れた毛布を首元までかけ直し、右側臥位に寝返りを打つ。
万全とは言わずとも歩ける程度までは回復しなくてはと考えていたが、どう贔屓目に見ても1日でそこまでの回復が見込まれるとは到底思えない程の激しい目眩が今も襲っている。
声を出すのもそうだが、寝返りを打つのすら一苦労、そんな状況でも不思議と睡魔は襲ってくるものだ。
眠る前に頬の油を拭き取ろうと服の裾を持ってきたところでふと気が付いた、前まで着ていた白い綿の検診衣のような服ではなく、薄い絹の寝巻きに着替えされていた。
顔も触れると新しく油が塗布されたようで少し潤っている。
アラスタは微笑み、少し掠れた笑い声を小さく出すと、そのまま裾で頬の油を拭い、ベッド際に置かれた義肢を確認すると、そのまま眠りについた。
夢の中、転生前の記憶がまた掘り起こされ、アラスタはそれを小さな箱庭を覗き込むように俯瞰していた。
冷たいコンクリートとプラスチック、赤錆びた鉄に剥げたペンキ、全てのものが今は懐かしく思えたが、夢は一定の時間を順を追って正しくは進まず、逆流していく。
最後の場面、小さな箱庭は一つの教室に至り、その中央の席にいる幼い萩村の手には作文用紙があった、何が書いてあるのかと必死に覗き見るアラスタだったが、文字が潰れているようでその内容は分からない。
教師に名指しされた萩村少年は笑みを浮かべ、起立すると、作文用紙を前に突き出し、音読を始める。
「僕の夢は!!」
その瞬間、頭から水を被ったような感覚の後、鍵が外された音とハッキリと理解出来るその感覚がアラスタの身体中を震わせて、直ぐに後ろに振り向いた。
そこには暗い空間に白い四角い穴があり、その前に水に濡れた萩村少年が逆光の中こちらを見ている姿があった。
「まだ、そうなの?」
萩村少年の悲しそうに、泣き出しそうな声にアラスタは何故だか笑ってしまう、そして冷たい涙がアラスタの頬を流れていき、それを袖でふき取った後。
「あぁ!!」
そう叫んだ時、目が覚めた。
ベッドの傍には女の子が立っていた、長いカールした赤髪に太い眉、どの記憶を漁っても知り合いでは無いという事しか思い出せない。
彼女はアラスタの顔に鼻がつきそうなほど近付くと、悲しそうな顔で呟いた。
「初めまして」
突然の叫びにアラスタは薄目のまま飛び起き直ぐに目を擦る、体の痛みはまだ若干残っているが動けない訳では無いとこの時気付いた。
「えっ誰!誰!!」
「私はカガ・マグネス、ラグルット・マグネスの妹、よろしく」
近付いても消え入りそうなその声と感情を感じられないその表情、ポンチョから伸びた手を腰に当て胸を張る姿に胃もたれを起こしそうになるアラスタだったが、すぐに自分よりも身長が大きそうな事に気付き深いため息を着く。
「アラスタ・ギル、宜しく」
2人は握手をかわすと、焦った様子でラグルとガマルが部屋に雪崩込む。
「こらカガ!!勝手に動くんじゃない!!」
「ごめんお兄ちゃん」
ラグルから説教を受けても表情と胸を張る姿勢を変えないカガ、そんな2人の後ろからガマルが木の車椅子を担いだ状態で駆け寄る。
「なんてすばしっこいだこの女性は……あ!!アラスタ!!動けるか!!じゃあ早速チキンでも食べようじゃないか!!」
ガマルは車椅子を部屋から廊下に向かって投げ捨てると、直ぐにそれにアラスタを乗せるんだと思い出して拾いに行き、ベッドの横に置く。
「もうちょっとで試験だぞアラスタ!!早く行くぞ早く早く!!」
「ガマル君」
アラスタは目を丸くした、カガと名乗るその女の子は明らかにガマルよりも頭一つ分ほど大きいのだ。
「あぁ分かってるさ!!カガは僕の背中に捕まれ!!」
「違う」
カガが言いたいことが分からず、ガマルは首を傾げたが、直ぐに分かったのか満面の笑みを浮かべた。
「体重の事は気にするな!!」
「声がデカいんだよ」
アラスタとラグルが同時にガマルの頭を叩いた。
しかしガマルは怯むことなく満面の笑みのままアラスタを抱えて車椅子に座らせると、義肢を慣れた手つきではめ込んでいく。
「楽しみだなぁ!!本当に、本当に楽しみだなぁ!!こんな事言うのもアレだが、僕は今!!嬉しいんだよ!!」
グリップを握ったガマルは直ぐに走って車椅子を押し部屋を出る、振り返るといつの間にかガマルの背中にカガがしがみついており、それを追いかける必死に追いかけるラグルの姿もあった。
「アラスタ君、寝言で[あぁ‼︎]とか言ってたけど」
カガなその言葉でアラスタは見ていた夢を振り返ろうとするが、その時にはもう何も覚えていなかった。
「さぁな、たかが夢だ、夢だよ」
車椅子は唐突に止まった、少し前のめりにずり落ちそうになるが、それをガマルとカガが服を掴んで阻止した。
もたれ直したアラスタは、学園校舎内の広々とした中庭に出ていた、暖かな日差しに包まれ、青々とした芝生、そして、これから生徒になろうと息巻く沢山の若い人々。
その人々の中央には、手入れの行き届いた綺麗な校舎とは似つかわしく無い、繋ぎ目が見当たらない、腐りかけた大きな扉以外の穴もない、苔とツタに侵食された、古い巨岩のドームがあった。
明らかに何かおかしいソレにアラスタは眉間に皺を寄せる、どうもそれを見たのが初めてでは無いと、根拠も無いのに胸がざわめいた。
「今から行うのは、選別だ」
その岩の扉がゆっくりと、青いチェスターコートを着た大人が2人がかりで開かれる。
「選別?」
中に誰か居るような気配はない、ただ冷たい冷気が離れた位置にいるアラスタ感じられるほど漏れているだけ。
誰か面接官のような人間が入っていく訳でもない、ただ扉が開かれたあと、大人という大人がその岩に向かってひざまづいき、校舎を見るとその窓から確認出来る大人たち全員が顔を伏せているようだった。
「一体誰が?」
アラスタはラグルの方を見ると、ラグルもまた岩に向かってひざまづいていた、その横顔は何かに恐怖しているようでもあった。
ラグルはそのまま呟いた。
「神だよ」




