第11話 前途多難
ダマスケナ自治区、それに続くながい草原地帯、暖かな陽の光と、嗅いだだけで鼻腔が痒くなる青臭さが緩やかな風と共に馬車の中へ吹き込むそんな心穏やかな時間はすぐに崩れ去った。
突然馬車が跳ねるほどの衝撃が襲い、それと同時に水音と共に馬の嘶きは遮られ、エミュールが急ぎ窓から外を覗き込む、砂埃と鉄の匂いを帯びた赤い霧、血煙でむせ返りそうになるが、それの奥に影が見えた。
車輪が自らの酷くこべりついた赤錆を引き剥がし動いているような不快な音と緩急が定まらず、関節の可動域などこれっぽっちも理解していないような奇妙な四足歩行。
すぐにソレの正体に気づいたエミュールはただ1人最初の衝撃で座席から崩れたアラスタに肩を貸すガマルに視線を向けて叫んだ。
「貴方達は逃げて!!」
「一体何が」
アラスタは今の状況を呑み込めずにうわ言のように呟く、2人は急いで馬車の外へと飛び出し、最後にエミュールが脱出した時、馬車は馬とその運転手ごと大量の砂埃と木くず、そして赤黒い血液を撒き散らしながら宙へ舞う。
「あぁん」
その最中ガマルは何者かの溢れ出る力に興奮し、それを左手で握り抑えていたが、アラスタはしかとその目で見てしまった。
運転手と馬は足先以外は原型を留めておらず、相当な衝撃を加えられたのか半ば流動体のようになっている、その光景を。
馬車は3人の頭上を掠め取るような距離で吹き飛ばされたあと、3人のすぐ後ろに崩れ落る、そして砂埃からゆっくりと現れたのは。
頭部と思われる、反対になった雫型の岩、そして病的なまでに太った胴に3メートル弱はあると思われる体高。
腕と足は胴とは対照的に酷くやせ細っており、微妙な動きですら乾いた炸裂音を響かせている。
そんな怪物の皮膚は、まるで黒曜石のような妖しい光を鈍く反射させており、なにより目を引くのは、顔は勿論、身体中に裂けるように出来た無数の口だった。
ソレには唇は見当たらず、まるで開口機で無理に開かれた口のようであった。
ガマルは先程のアラスタのつぶやきに答えた。
「ゴーレムだ」
黒曜石のゴーレムはその声に反応したかのように頭を激しく振り回し、カタカタと笑い声にも似た乾いた音を発し始め、膝立ちのような体勢を倒れるようにして四足歩行になる。
すぐにガマルがアラスタを抱えあげ、街の方へと踵を返して逃げる体勢に入り、エミュールが腰のベルト、そのバックルに手を添え、小さな、女が掘られた銀の小さな装飾を軽く押すと小さく何かが外れた音が鳴る。
「ガマル!!降ろしてくれ!」
アラスタはその場の闘志に火がついたのかそう叫ぶが、ガマルは下ろす素振りすら見せない。
うつむいたままだったガマルは、走り出そうと踏み込み、顔を上げた、しかしその後すぐに力は抜け、ゴーレムの方を向いた。
「ィラッシしシシャァいマせえ!!」
幾人もの人々が重なり合ったような叫び声をあげたかと思うと、地面を何度も何度も叩きだす。
「ガマル君!何をしているの!!」
「あれを見てくれ」
砂埃がようやく晴れた時、自分たちの周りにあったのは、逃れる事を許さないと聳えたった黒曜石の高い壁だった、不格好にあるそれは槍のように鋭い。
エミュールは深くため息をつく。
「疫クラスのゴーレムなのは間違いないわね、ガマル君、アラスタ君、私が引き寄せるから、隙を見てあの壁を越えなさい」
バックルを引き抜き、ベルト状の鞘から現れたのはまるで鞭のような剣だった。
「アラスタ君、これが掘削師のやる事よ」
アラスタとガマルを伏せさせ、剣を円状に一回転振り、切っ先を飛ばすかのように黒曜石のゴーレムへとしならせ刺し向ける。
ゴーレムはその巨体からは不釣り合いなほどの速度で攻撃など素知らぬ顔で突進を仕掛ける、切っ先が顔に当たったがゴーレムの表層に刺さる事はなく弾かれ、僅かなヒビを入れただけ。
剣を巻尺のように素早く引き戻し、手が切れないように手袋の平に付いた厚革に添えるようにして握り込み、舌打ちをする。
そして、すぐさまエミュールとアラスタを抱えたガマルは分かれるような形で突進を避けると、エミュールに興味を持ったのかそのまま乱雑に手足を動かし、首を振りながら追いかけ始める。
「何とかしなくちゃ、あの子達が!!」
追われ続け、飛びかかられ、その度にゴーレム自身の黒曜石の砕けエミュールの背中を襲う。
それどころかそれをゴーレムが学習したのか自身の再生能力をも利用し、まるで無尽蔵に弾を残した連射砲のようにエミュールへと攻撃を始める。
彼女は体の柔軟性とその動きからの流れるような俊敏性で、まるで蛇のようにそれらの攻撃を紙一重で避けつつ、鞭剣の一撃を細やかにゴーレムへと振るうが、やはり表層が頑丈過ぎるのか貫くことはおろか軽く刺さる事もなく弾かれてしまう。
しかし彼女はそれに落胆することはなく、ただ顔を狙い続けた。
一方アラスタとガマルは時折放たれる黒曜石弾を必死で避けながらやっとの思いで壁につく。
「しっかり捕まってるんだぞ!!」
アラスタを自身に強くしがみつかせ、壁の凹凸に手をかけた、その時。
壁から内側に向けて無数の口が現れ一斉に奇声を発した、その音撃は2人を吹き飛ばすには充分であり、そのまま地面へと落ちる。
まともに衝撃を受けた2人は目眩と吐き気に襲われ、鼻血がとめどなく流れる、そんな二人を見てなのか壁の口はゴーレムと同じく乾いた音でケタケタと嘲笑うかのように音を発する。
それに気づいたエミュールは一瞬の隙を晒してしまい、ゴーレムの黒曜石弾の一撃を避けるのが遅れてしまう、幸い左腕だけの直撃に済んだが、肘から下はズタズタに切り刻まれているかのようになり、力はもう籠らない。
「ガマル、大丈夫か」
アラスタは何とかその場から立ち上がり、転びながらもガマルの元に歩み寄る、こうしてる間にもエミュールは追い込まれており、左腕がもう力なく揺られているのみになっている。
「なんとか……認めよう、僕らは足でまといだ、今は先生に賭けないと」
ガマルは悔しそうに顔を歪めながら首飾りを手に取りエミュールに向けて掲げる、その顔は大怪我を負ったあの時の表情だと気付いたアラスタだったが、今回ばかりはこれしか手がないと目を伏せた。
首飾りから光が放たれ、真っ直ぐにエミュールの左腕へと吸い込まれると、その傷は骨を修復し、筋肉や白いスジを骨へと纏わせ、破れた血管は纏われる皮膚に色を与えた。
それに気付いたエミュールは悲しげな顔を浮かべ、すぐにゴーレムの方を向き、歯を剥き出しにし噛み締めた後、雄叫びと言うに相応しい叫びをあげて、その攻撃を苛烈なものにした。
保守的で堅実攻めはもうやめ、人が変わったかのように、致命傷以外の軽い怪我は全くもって省みず、ただ目の前の者を殺すことだけに集中し、一撃が先程の攻撃よりも激しく重い連撃をゴーレムの顔に叩き込む。
しかし、刃が突き刺さることはない、エミュールの目的はそれではなかったから。
ゴーレムの突進を宙を舞いながら避け、脇腹を蹴り更に宙高く飛び上がると、距離を話しながら逆手に柄を持ち直し、渾身の一撃をゴーレムの頭部に振るう。
すると外殻の黒曜石がようやく砕け散り、灰色の石灰質な内部が露出、ようやく刃が深く突き刺さる。
エミュールは着地後、弛んだ刃を右手に握った柄を左胸に寄せるようにして引っ張り、柄頭にある赤い宝石を握り込む。
すると刃が赤く根元から赤熱し、たちまち刃全体が熱気を帯びていくと、突き刺さった部位から強い硫黄臭と共に黒い煙が吹き出す。
これからされることを理解しているかのように、ゴーレムは硬い外殻を砕きながらねじ曲げ苦悶の表情を浮かべると、全身の口から叫び声を上げながら突進を始めた、しかしもう遅い。
「散らかってろクソが!!」
そう叫んだエミュールは刃を一気に引き抜くと、ゴーレムは動きを止め、その場に崩れ落ち、手足で自身の体を引っ掻き回しながら苦しみ始める。
叫び声は徐々に小さくなり、全身の口と頭部の傷から赤い炎を吹き出し、最後は内部から爆発、無惨な残骸のみが残った。
刃を巻き戻し、右手に握り直すと、倒れたガマルとアラスタの元へ走り出す、どうやら意識はあるようで、その頑丈さにエミュールは驚いたが、エミュールが2人の側まで来たところでそれは怒った。
ガマルの右腕が大量の血飛沫を吹き出しながら炸裂したのだ、叫び声をあげることは無かったが、顔色は蒼白になっていき、滝のような汗をかいている。
「先生の……体力を使わせるわけには……いかなかったからな!!」
無理に笑顔を作るが、それを見たアラスタは、目を伏せているエミュールとは対照的に酷く困惑した様子で這うようにして傍によると。
「俺の傷直した時にはそんな」
「遺物じゃ許容外だったんだろう、まぁ覚悟はしてたさ…..さて、早めに協会へ」
ガマルが話を変えようと壁の方を見た時、ゴーレムの手がいつの間にかその背後まで突進するように伸びていた、あの残骸はまだ生きていたのだ。
エミュールはすぐに動いたが、もう間に合わない、そう思った時。
耳を劈く轟音と共に壁が砕け散り、ゴーレムの手は寸前の所で動きを止めた、腕からした、あったはずの残骸は地面を軽くかすり取るようにして消え去っていた。
「無事か!!」
声の方を見るとそこには砕かれた壁に、ラグルと1人の老人が立っていた、すぐにラグルは3人の元に駆け寄ると、白い丸薬を飲ませた、するとガマルとエミュールの傷という傷が振動するようにしてブレはじめ、収まると綺麗治ってしまう。
「ありがとうラグルさん」
「いや、俺じゃなくあの方に」
ラグルは振り向くと、こちらへあの老人が優しい笑顔を浮かべ歩み寄っていた。
四人のところまで歩くと立ち止まり、ゆっくりと口を開く。
「始めましてアラスタ君、ガマル君、私は協会の長、ダマスケナだ」
2人はそれを聞いて立ち上がろうとするが、ダマスケナは手をかざして、立たなくて良いと優しく語りかける。
「エミュール君、トドメはしっかりと刺さなくちゃならないよ」
その言葉に膝まづいたまま、肩をふるわせるエミュール。
「私が、未熟なばかりに」
ダマスケナは続けた。
「君がいなかったら2人は死んでいただろう、よくやってくれた」
エミュールはまだ顔を伏せたままだった。
「さぁ、ラグルット君、エミュール君、2人を運んでくれたまえ、私はもう少しこの壁を見なくてはな」
「分かりました、向こうに着きましたらすぐに迎えに参ります」
砕かれた壁のすぐ外には馬車が止まっており、2人はそこに運ばれ、馬車は走り出した。
まだ礼を言えていないが、ガマルはいつの間にか気絶、アラスタは丸薬を飲んだにも関わらず傷が全く治らなかった為、もう声を出すことすら出来ないほど疲弊していた。
遂にはアラスタまでもが意識が遠のいていき、気絶する前に見た物は、ラグルとエミュールが抱擁を交わしている姿だった。
「あぁ、この規模は」
ダマスケナはただ辺りを見渡したあと、壁に触れていた。
「見直さなくてはな」
そう呟いたあと、深い溜息をついた。




