第9話 聖病院
「安静にしてください!!貴方も酷いのですよ!?」
「アラスタ君!!」
慌ただしく病室へ足を踏み入れた患者と、それを必死に止めようと手を伸ばす男の医者。
患者の方は見覚えがあった、警察の青年、白い絹布をただ巻いたような服を汗で濡らした彼は、アラスタの顔を見て大粒の涙を流しながら口を開いた。
「なんて事だ、僕のせいだ!!僕がもっと早ければ!!ごめん、ごめん!!」
「大丈夫ですよ、死にはしなかったですから、貴方こそ大丈夫なんですか?」
青年が「大丈夫だとも」と言った時、医者は大きくため息を着いた後、青年の背中をアラスタに見せる為に背後から両肩を掴んで、クルリと回して見せた、その背中は布に黄色と赤の色を滲ませており、酷い傷だと布越しでも分かるほどだ。
「ま、まぁ、完全に無傷ではないけど、なぁに!寝れば治るさ!!」
「なんだか無傷の僕が申し訳なくなってきたぞ」
胸を張り、両腕を顎の位置まで曲げて力こぶを見せる青年に対して、ガマルは少し居心地が悪そうに萎縮してしまった。
「名前を聞いてませんでしたね、こんな状態で申し訳ないですけど」
「あぁ、これは失礼したね、僕の名前はラグルット・マグネス、ラグルって呼んでよ」
ラグルは痛みに耐えているのだろう、脂汗を額に滲ませ引きつった笑顔を精一杯見せるが、その後すぐに表情が暗転し、呟くような低くくぐもった言葉を吐き出した。
「付き添いの2人から聞いたよ……アラスタ君、ガマル君、月の香りの探求者を殺そうって考えているんだろう?」
2人の返答はラグル自信分かりきっていた、しかし聞いたのには意味があった、その言葉を発した時、2人から滲み出る感情を知る為だ。
「えぇ、その通りです、そいつがやっていないとしても関わりがあるのは間違いなさそうだと俺自身感じてますから」
「あぁ、やってやるとも!!違くても殴ってやる!!」
2人の反応はラグルが予想した怒りに満ちた感情の吐露ではなかった、まるで日常の1ページ、その流れで放たれたなんの波もない平坦な感情しかラグルには感じ取れなかった。
2人は今の状況に怒り狂い、悲壮感に酔いしれてはいなかった、ただ目標を定め、淡々としてすらいた。
「強いね、2人共」
アラスタとガマルよりも感情に振り回されてしまっていた事に呆れてしまったラグルは、自分に向けての皮肉も込めて弱々しく鼻を鳴らして笑うと、腕をひねり天井へ手の平を向けた右手を2人を指すように向ける。
「2人が良かったらなんだけど、僕も協力させてはくれないかな、君たちがやろうとしている事への足掛かりになると思うんだ」
放った言葉への返答を待たず、ラグルは続けた。
「僕は掘削師になるんだ、僕の父もそうであったように、そして僕の妹も同じだ、君たちもそうした方が何かと行動の融通も利くだろう、どうかな」
アラスタとガマルの返答はすぐには無かった。
ラグルは2人をゆっくりと視線を動かしながら見つめる、ガマルは生まれながらの強靭な肉体で掘削師にとても向いているだろうと。
しかしラグルがこの病室に足を踏み入れて一番最初に驚いたのはアラスタだった。
左腕はもちろん、顔の左側面の表層の大部分が焼け落ち、左足の指は炭化して全て失っている、それに驚いた訳では無い。
彼の表情からは絶望を見てとる事が出来なかった、それどころかアラスタはまだ灼熱感と痛みに苛まれているはずにも関わらず笑みすら零している。
ラグルは理解出来ないアラスタの内面に少し気味が悪いと感じた。
背中の痛みとその感情で冷や汗が額から滲み、そのまま頬へと流れていく時、アラスタは口を開いた。
「お願いします、どうか俺たちを、掘削師へ」
ガマルは引きつった笑みを浮かべて拳を握る。
「僕もだ、父が掘削師だった事は知っていた、しかしこの決断にそれは関係ない、僕も、掘削師になるぞ」
ガマルは掘削師が何をするかを知っていた、しかしその一方でアラスタは知らない。
それでも父が何故あんな死に方をしなくてはならなかったのかを知る近道が目の前にあるかもしれない、そう、ある「かも」しれないと言う可能性がすぐそこにあったから、アラスタはそれを拒むことは無かった。
「もういいですか?全く、早く病室に戻らないと」
医者がラグルの右腕を掴む、そしてそのまま病室を出てラグルの病室へと引っ張った、ペタペタと湿った足音と、革靴の乾いた足音が不規則に鳴り響き、病室のドアから廊下へ出る時ラグルは小さな声で何かを呟いたが、それを聞き取ることは2人には出来なかった。
騒がしかった病室はすっかり静かになって、ガマルはベッドの横にあった木製の椅子でアラスタの隣に座っていた。
「その、顔の傷は治りそうにないのか?」
ガマルがようやく発した言葉はそんな事だっが、帰ってきた言葉は予想外のものだった。
「ん?治るよ?」
「はぁ!?」
ここでガマルは、初めて心の底から感情を吐き出したような叫び声を上げた。
「じゃあ、なんでそのままなんだ?」
アラスタは何を今更と言いたげな顔で。
「痛みを忘れたら、腑抜けになる気がしてな、奇跡とかなんだかで保護はしてるから問題は無いよ、どの道左目は見えないままだしな」
「この前から思ってたが、お前はなんでそうも前向きで冷静なんだ?見た目はともかく、とても同い年には見えないぞ?」
カーテンが風で舞い上がり、芝生の香りが鼻をくすぐる、焼けた髪が風でなびき、アラスタの視線は窓越しの空へと向いた。
「お前にそれ言われる筋合いはないぞ……俺は何もしてこなかったんだよ、何か自分にマイナスな事が起こると、それが運命だって、それを受け入れろって、楽だったんだ、そうすると、何事も自分を削り取っていって過ぎ去っていく、それが酷く痛くて、悲しくて、楽だったんだ」
その言葉で、ガマルは何か思い当たる節があったのか鼻で笑った。
「でももうそんなのは嫌になった、父さんが教えてくれたんじゃない、こればっかりは俺が生きてきた最終結果だ、同じ痛みなら、また酷く痛くて、悲しいなら、残された後の悲しさと安堵感なんかより、立ち向かって笑い飛ばしてやりたいんだよ」
その言葉は焼けた気道のせいで酷く掠れてはいたが、ガマルの心を震わせるには充分だった。
「まだ10年しか生きてない男の言う言葉にしては上出来だぞ」
「小生意気の間違いじゃないか?」
2人は笑った、ようやく、ここに来て。
一方自分の病室に戻ったラグルも窓越しの空を見て、笑みを浮かべた。
その時、ドアをノックする音がラグルの病室に響き、振り返ると、開かれたドアの所に少女が立っていた。
カールしか長い赤髪を風に揺らし、太く短い垂れた眉に飛び出しそうなほど大きい青い瞳の目、口元から八重歯を覗かせている。
紺色のポンチョを着た少女は、後ろ手に組んだ手を崩すと一言。
「大丈夫なの?」
ラグルはその姿を見て笑顔をうかべた。
「あぁ、大丈夫だよ、カガ」




