17.死亡宣告はいつも突然に―。
頭に死がよぎった瞬間、慌てて『ゴブリンパワー』と『心眼』を使い、黒い虎から離れる。
気が付くとヘルウルフ達の群れを追い越していた。
通常時ならあり得ないが、ヘルウルフ達は動けないでいるようだ。
Aランクのミノタウロスの時でもここまで圧倒的な力を感じなかった。まだ戦闘が始まっていないが、とてつもない疲れを感じる。そう考えている間にも、1歩1歩近づいてくる巨大な黒い虎。
どうすればいい・・・。
一瞬、どうしたらいいか頭をフル回転させる為に地面に視線を落とす。本当に一瞬だ。
ふと気が付いたときには、最後尾にいたヘルウルフ2匹を残し全滅していた――。
時間にすると1秒ほど視線を外しただけだ。
たったそれだけの間でこいつは何をしたんだ。
足が震える。身体が思うように動かない。
狩られる側―。
弱肉強食―。
まばたきをした瞬間に死ぬ!
そう思い、いつも以上に目に力を込め集中する。
!?
今度は見ていたはずなのに―。
気が付けば巨大な黒虎が移動しており2匹のうち1匹が光の粒になっている。
「――――ッスケ!、ソースケ!!」
「シ、シルフィ!集中させてくれ。少しの隙で命取りになる!」
「さっきから何度も呼んでるでしょ!あいつと戦ったら絶対にダメ!とにかく倒すことは不可能よ。逃げることを考えなさい!」
「そんなこと言われても逃げられる感じがしない!戦っても勝てる気はもっとしないが」
「当たり前でしょ!あれが3帝の1匹『神威の黒虎ゾイド』よ。ランクはブラック。出会ったら最後。勝てる見込みは『ゼロ』よ・・・」
なんでそんな都市伝説みたいなバケモノがこんなところにいるんだ。よりによって疲労困憊のこの時に。戦っても無理。逃げることも無理。どうしようもないじゃないか。
――圧倒的な無力さを前に、思考は遠ざかり、営業時代のことを思い出す。
***
営業時代。お客様先に競合会社を呼ばれ、よく値段交渉された。サービスの違いじゃなくて、値段の安さで選ばれることが明確な時に、競合会社との比較表作りをさせられ、最後まで粘らされたな・・・池田部長に。
金額で絶対に負けると思っていたが、最後まで粘り、池田部長が商談に来ると、なぜか担当者の姿勢が変わって最終的には『御社でお願いします』と言われたことが何度もあった。
いま思えば池田部長の口調は強かったけど、言ってることは間違っていなかったかもしれない。口は悪かったがどんな商談でも、誰よりも真剣に向き合っていた。俺の中途半端な仕事への向き合い方を見て、真剣さ故に、池田部長なりに指導してくれていたのかもしれない。
今まで気が付かなかった、池田部長の仕事への思いや良い部分を、なぜこの瞬間に――?
『とりあえずやってみろ。死にはしないんだから』
新卒入社して飛び込み営業にビビっていた俺にかけた池田部長の言葉だ。
『言葉』は不思議だ。ついさっきまでは死ぬほど怖かった飛び込み営業が言葉1つで怖く無くなる。
その言葉をもらってから、躊躇なく飛び込み営業することができ、その月はたまたま同期でNo.1の結果を残すことができた。
――まあ、今の状況じゃめっちゃ死ぬけど。ただ、やらなきゃやられる。死ぬなら、死ぬなりに全力ださないと納得できない。
***
死の淵に立つと、急に冷静になり思考が深くなる。
覚悟は自然と決まっていた。
――生き抜くことだけ。それだけを考え、深く集中する。
『心眼』は本来、相手の動きが50%で見ることができ、攻撃軌道が可視化されるが、『ゾイド』相手では何も見えなかった。
何も見えないというのは語弊がある。
動くとき身体がブレるのがわかる。
ただそれだけだ。
今まで『ゾイド』が攻撃する瞬間だけ、左前足がかすかにブレていた。
そして今もまた左前足がブレた。
その直後、ヘルウルフが目の前から消える。
文字通りこの世界から消えたのだ。
継続的に小説を書く原動力になるので
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