興味と嘘 (碧龍目線)3
翠花は綺麗だった。
挨拶をして、はじめの方はやたらと目に力が入っていたが、会話を続けると、和らいでいく。
(やっぱり、覚えてないよな。それにしても・・。)
見合いを重ねてくると、いや、それ以前から、自分の外見が女性に漏れなく好かれることを碧龍は自覚している。
なのに、翠花はまるで自分には目を奪われない。
明らかに他とは違う反応。
外見にうっとりされるのが煩わしかったのに、なんだか面白くない。
(それに・・。)
歴史の話を振ってみても、翠花は少女の時のように食いついてくることはなく、にこにこ相づちをうってくるだけだ。
なんだか、拍子抜けしてしまう。
しかし、ちょっといじわるな気持ちで青風国の細かい史実や、国外の話をし始めた時、碧龍は柄にもなく熱くなってしまった。
相づちが、的確なのだ。
同年代との会話でも、碧龍の知識は群を抜いている。
そのため、普段は話のレベルの調整をせざるを得なかった。
普通は興味のあることしか学ばないし調べない。
だから、こちらがちょっと細かい話をし始めると、とたんに目が宙をうき、曖昧な返事しか返ってこなくなる。
翠花は違った。
(これは、『知っている』相づちだ。)
よく知っていて、その上で、碧龍の捉え方や考え方に、共感したり驚いたりしているのだ。
これまでにないくらいに碧龍は、しゃべりたいようにしゃべっていた。
一番驚いたのは、龍華国語について聞いた時だ。
皇太子として、外国の言葉はある程度会話できるところまで学ぶ。
龍華国語は、遺跡の分析や、暗号のベースに使うこともあるため、ということで学んだ。
龍華国語は、たとえば簡単な挨拶ならできる、というだけで特異だ。
文字だって、少し読める言葉がある、というだけで充分すごい。
少なくとも、現在存在する諸国の言葉のように、単語や文法を学ぶことなど、よほど高名な家庭教師につかなければ無理だ。
普通は。
それを、単なる興味関心から独学で学ぼうとして、しかも、本の内容が分かるくらいまで会得したという。
(これは、本気で大したことないと思っているな。)
そして、そのきっかけが『龍騎士の物語』だと聞き、作者名を聞いた時。
もう、自分には翠花しかいない、と思った。
反対される理由はたくさんあるだろう。
だからこそ、自分はしっかり準備をしなければならない。
まずは、翠花がもう他の相手と見合いしないようにしなければ。
誰かにとられてしまう前に、ちゃんと翠花の心を捕まえてしまわなければいけない。
なぜかこちらが断ると思い込んでいる翠花に、いたずら心を刺激された。
思い出の書庫で、正体を明かして、一発で落としてやろう。
久しぶりの書庫で翠花を見つけた時、なるほどと思った。
見合いの時とはかなり雰囲気がちがう。
昔の姿しか手掛かりがなければ、見過ごしていたかもしれない。
見合いの場で、眼鏡もなく、服もきれいに着こなした姿をみたお陰で間が埋まるように、もう、翠花を迷いなく見分けられるようになっていた。
「今日も何人かついてきていますよ。」
青河に耳打ちされるまでもなく、気づいている。
見合いのあと、断ったにも関わらず、接触を図ろうとつけ回されることもしばしば。
「いい機会だ。」
碧龍は、構わず、翠花に近づく。
着飾っていなくても、きらきらした目で本を読む翠花はやっぱり美しい。
(ずっと見ていたい・・。)
彼女が気づかないのを良いことに、たっぷりその姿を堪能し、読み終わったタイミングで声をかける。
しかし。
(覚えてないだって??)
顔を見て首をかしげる翠花に訳の分からないイライラがつのる。
青河の足を踏みつけたくらいでは収まらなくて、気がつくと、遠慮の欠片もない求愛をしていた。
「僕の名前は、伯碧龍。君を僕の妻・・つまり、皇太子妃にすることにしたよ。」
向こうで倒れたのは、追っかけの令嬢のだれか、だろう。知ったことではない。
「碧龍さま、そんな、ロマンの欠片もない言い方って・・。」
残念そうな顔を向けてきた青河の足を、碧龍は笑顔のまま、さっきより強めに踏みつけた。