興味と嘘 (碧龍目線)2
「念のためだ。・・念のため。」
碧龍は、そわそわしながら料理屋の奥で待つ。
青河が話を通してくれて、ものすごく何かいいたそうな顔をしていた青河の父は、それでも碧龍のお願いを了承してくれた。
何せ、これまできた見合いを拒みこそしなかったものの、一向に進展させる気の感じられなかった碧龍からの積極的な見合いのお願いである。
やるだけやってみるか、という期待も少しあったからこその承諾だ。
皇太子と見合い、などと先にわかったら、来てもらえないかもしれないということで、青河の名で会うことにする。
(平民だったなら、再会できなかったのもわかる。)
碧龍は待ちながら考える。
皇居にある大きな書庫は、誰でも自由にはいれる場所もあり、中はいくつか机や椅子が設置されていて、その場で本を読んだり調べものをしたりできる。
今より小さな、5、6歳の頃、人より早く家庭教師をつけられ、いろいろなことを学んでいた碧龍は、その辺の官吏よりも歴史や風土に詳しかった。本などほぼ読まなくても、である。
その頃、同年代の少年たちで、皇居まわりを遊び場にしていた碧龍は、かくれんぼで書庫に入っていた。
そこで、同じ年くらいの少女に出会った。
書庫の机で、椅子に腰かけて、綺麗な姿勢で本を読む少女に一瞬目を奪われた。
遊んでいる最中なのも忘れ、そっと近づく。
彼女が読んでいたのが青風国の歴史書だったため、子どもながらに「お?」と興味をひかれ、気を引くチャンスとばかり、話しかけた。
「歴史の勉強?」
少女は碧龍の方をチラリと見て、
「・・ええ。」
と答えるとまた本に目を戻した。
(あれ?それだけ?)
本に負けたようで面白くない。
そこで、もう一度話しかける。
「俺、そこに書いてあることなら全部わかるぜ。」
その瞬間、少女の目が輝いた。
「本当に?」
嘘ではない。歴史上の出来事なら、諳じていた。
頷いて見せると、少女は顔を近づけてきた。
どきっとする。
だが、少女から発せられたのは意外な問いだった。
「あなたは、誰が、歴史上最も魅力的だと思いますか?」
碧龍は、言葉に詰まった。
「・・青風国の初代皇帝、かな。」
なんとなく、曖昧な答えを出す。
初代、というところに、かっこいいな、と少し思ったのは事実だ。でも、おそらく少女が求めているのとは違うような気がした。
「龍の化身だったと言われる蒼鱗帝ですね。彼は、龍華国が内乱になった時、可能な限り、民たちを背にのせて安全な場所に避難させました。他の国が領土争いをしているとき、彼は民たちを指導して、安心して暮らせる環境整備につとめた。立派な方だと私も思います。あなたは、どんなところに惹かれたんですか?」
少女に興奮した顔で見つめられてたじたじになりつつ、自分の『知っている』は、『語れる』ではないと直感的に感じ、迂闊に口を開けなくなる。
「俺は・・。」
その時、仲間の一人が
「見つけた!」
と叫んだ。
碧龍は、かくれんぼをしていたことを思いだし、それを理由に一旦逃げることにした。
「俺は、今は忙しいから、次会った時に話す。お前、名前は?」
「翠花です。」
碧龍はその名前を大事に刻む。
今から思えば、一目惚れだった。
次に会うときには、翠花と同じように語り合いたかった。
そのためには、感情をもって物事を見つめたり、考えたりしなければ駄目だ。
碧龍は、これまでと違う思いで学ぶようになった。
そうすると、ただの暗記作業だった勉強がずっと楽しくなる。
本もいろいろ読むようになった。
だが、それから、何度書庫にいっても翠花には会えなかった。
よく考えてみれば、あんな幼い少女が、一人で書庫にいたはずはない。
親につれてこられていたのだろう。
碧龍のようにこっそり入るのでなければ、大人の付き添いが必要な年齢だ。
それから、五年、十年と時間は流れ、書庫どころか顔を合わせるどの令嬢も、翠花ではなかった。
半ば諦め、でもどこかで見合い相手に物足りなさを感じていたのだ。
しかし・・。
見合いの場にきたのは、紛れもなく、あの翠花だったのである。