見合いの相手1
「こんにちは。」
「・・こんにちは。」
料理屋の奥にある特別な部屋で、梨 翠花は、庚 青河と向かい合った。
「初めまして。庚青河です。えっと・・君は梨翠花さんで間違いない?」
「はい。間違いないです・・。」
声が若干上ずる。
(がんばるのよ翠花!!)
今日を乗り切らなければ、日常は返ってこない。
これは、父が決めてきた見合いだ。
父は、出来るだけ早く翠花の嫁ぎ先を決めて、家から出したいと思っている。
相手の庚家は、皇帝の覚えもめでたい力のある一族で、そこの次期当主が青河。相手にするに不足無し。
問題があるとすれば、それは翠花側だった。
普段の翠花は、本の虫だ。
朝から晩までひたすら新しい本を求めて読み続け、家の本はおろか、皇居で一般に開かれている書庫の本もあらかた読み終わってしまった。
だが、その代わりに時勢にうとく、流行りの服も化粧も興味がない。
本の読みすぎでひどい近視になり、眼鏡がないと人の判別も難しい。
現在十六歳。
この国では二十歳になるともうめぼしい令息令嬢は結婚しているため、見合いの開始としては決して早くはない。
だが・・。
(まだ、そんなの考えられない。)
三度の食事より本が好き。
結婚して妻の役割を果たす覚悟など無く、というか父親と弟以外の男性と親しく会話するなどという経験も皆無、許されるギリギリまで本に囲まれて過ごしたい翠花にとって、降ってわいたような見合い話は、受け入れがたいものだった。
(だいたいお父様は、私が男性に好まれると思っているのかしら。)
お相手が佳い方ならなおさら、他に選択肢があるならそちらを選ぶだろう。
そう訴えると、
「あちらもいろいろ条件があるようでな。・・お前、龍華国の文字が読めるだろう?」
と、父親は言った。
龍華国は、かつてこの国、青風が他の国と共に一つだった時の言葉だ。
今も文献がいろいろ残っていて、興味があったため、自分で調べながら歴史書などを読むようになり、我流で身に付けた。
「庚家は知性を重んじる。どこからか、お前のことを才女と聞き付けて、なんと向こうから打診があったのだ。」
断るなんてとんでもない良縁。
見るからに浮かれている父親に、翠花は引けなくなってしまった。
翠花の家は、商家で決して裕福ではないがかろうじて中級。
服や化粧品を買わない分、本にお金を使う翠花を許してくれた父は、早くに母がなくなり男手一つで翠花と弟を育ててくれた。
翠花が嫁げば、弟の嫁を探し、次の世代を繋いでいける。
一方で翠花は、自分は結婚には向かないと思っていたし、いざとなれば翻訳作業などをして独り立ちすることを夢見ていた。
実は翠花は龍華国語だけでなく、他の国の言葉も訳せる。
会話は発音があるので文字だけだが、それでも需要はあるだろう。
実際、外国と取引のある親戚の書類作りに駆り出されることもある。
(あ、そのあたりからの情報かしら。)
親戚から聞いているなら頷けた。
身内びいきで、いいように言ってくれているのだろう。
「とにかく、一度お会いしてきなさい。日にちは・・。」
父は娘をよく知っている。
いつ、どこで、という具体的な約束をすでにしてきており、うやむやにするのは到底無理そうだった。
そこで翠花は作戦を考えた。
まず従姉妹の梨睡蓮に相談を持ちかける。
睡蓮は、翠花とは異なり流行に敏感でいつも身綺麗にしている。
見合いの話をすると、快く服を貸してくれ、当日の化粧も請け負ってくれることになった。
(とにかく、最低限やるべきことをして、気持ちよく断っていただこう。)
どう考えても、自分が男性と親しくするイメージがわかない。
翠花の本への思いを理解してくれ、尊重してくれるような男性などきっといない。
そして、本への思いを抑えてまで男性を大切にできる自信もまた、ない。
(私の価値は、龍華国の文字が読めるほどの才女、というイメージだけだわ。)
ならば、それが大したことではなく、勘違いだと思ってもらえばいい。
(円満に断っていただくめに、失礼はないように、でもちゃんとがっかりしていただこう。)
本を読んでいるから才女なんてことはない。
自分がそれは、一番知っている。
周りが引くくらい、活字を読むのが好き。
それだけなのだから。
かくして、翠花は、逆の意味で気合いをいれて、見合いの席に臨んだのだが。
「だめよ?眼鏡は外していきなさい。全く見えないわけじゃないんだもの。この服と化粧には合わないわ。」
睡蓮のその指示に従った結果。
それ以前の問題に、まずは直面していた。