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96 ネコ様と恋愛感情


「……佐藤さん。何か言うことはありませんか」

「めっちゃふかふかだぞ、このベッド」

「はぁ……」


 俺の暮らす部屋よりも大きいかもしれないその部屋の中には、シングルベッドが二つ並んでおりそれは綺麗にベッドメイキングがされていた。

 俺はそのベッドの上に座ったまま、軽くぴょんぴょんと飛び跳ねてみせるが、ましろは呆れた様子でため息をついていた。



 今俺とましろがいるのは、彼女と一緒に散策していた場所から少しだけ離れた場所にあるビジネスホテル。

 もっと近くにもビジネスホテルやラブホテルなどはあったのだが、ネットの口コミをさらっと見て評判が良かった場所を選んだ結果、少し歩いてこのホテルに行くことにした。


 値段という目線で見ると、決して安いわけではなかったが、コスパ的な観点で行けばかなり良いホテルなんだとか。

 それだけであれば、ましろもここまで不機嫌になることもなかったかもしれない。すなわち原因は他にあるわけで。


「……一応聞きますが、佐藤さんってお金持ちなんですか?」

「全然。人並みだろうな」

「だったらどうしてこんなにも金使いが荒いんですか……」


 俺の返答を聞いてから、部屋を見渡しながら再びため息をこぼすましろ。


 俺が予約したのはこのホテルの中でも少しお高めの部屋。金額の倍率で行けばさほど大差があるわけではないものの、部屋のサイズは二倍ほど。

 旅行でもなんでもない宿泊としては確かに少しだけ高いかもしれないが、変に安いホテルや部屋に泊まってはずれを引いてしまうよりかはよっぽどマシだろう。


「言っておくが、無駄遣いじゃないからな。たまには、このくらい贅沢したって悪くないだろ」

「……明日の移動は徒歩ですか?」

「いや、もちろんタクシーだが。行先分かってるんだし、歩く必要ないだろ」

「今日明日だけで、いったいいくら使ってしまうんでしょうか……」


 俺としては気にすることなど一つもないのだが、なぜかましろはかなりお金について気にしているらしい。

 たしかに使われるお金はすべて俺の財布から出ているわけで、遠慮する気持ちが分からないわけではない。

 しかし、ましろが日頃してくれている家事などのことを加味すればこれでも足りないくらいだと思う。


「前から言おうと思っていたんだが、ましろはお金のことなんて考えなくていいんだぞ?」

「そういうわけにはいきません。お金が大事だということはしっかり教えてもらっています」

「例の家政婦さんか……ちっ、余計なことを」

「………」

「い、いや、待てましろ。冗談だから、そんな怖い顔するな」


 光の無くなった瞳で見つめてくるましろに、慌てて弁解しておく。

 お互い本気にしてないとはいえ、軽々と言っていい冗談ではなかったかもしれない。


「でも、本当にましろが気にすることは無いんだぞ。お金のことを考えるなんてのは大人になってからでいい」


 子供が親を心配させるのは、もはや仕事のようなものかもしれないが、その逆は絶対に避けなければだめだろう。

 特にお金のことについては、教育こそしても、子供から心配されるようなことがあってはいけない……と、思う。


 ましろと俺の関係性は親子ではない。とはいえ、彼女が俺よりも年下であり、俺が一応は保護者の立場である。

 だから、何も気にすることなく自由に生きてほしい。それが俺のかねてからの願いでもあるのだが……。


「でも……私は、佐藤さんの支えになりたいんです。今はまだ、私は佐藤さんから貰ってばかりです。それを、いつか私からお返し出来るようになりたいんです」

「それは俺のセリフだ。俺の方こそ、ましろから貰ってばかりだ。俺だって、ましろの支えになりたいと思ってる」

「わ、私のほうが……」

「………」


 また、いつもの言い合いが始まる予感がして、途中でそれ以上お互いに何も言わなくなる。

 最近になって、この譲れない譲り合いがかなり増えた気がする。


 俺は何よりもましろには感謝しているし、その恩が返し切れているとは到底思っていない。

 そして彼女のほうも、俺と同じ気持ちを持ってくれているらしい。そのせいで、いつもよく分からない恩の着せ合いの状況になってしまう。


 お互いに何の負の感情がないのに軽い言い合いになってしまうのは、なんというかすごく不毛な気がする。


「なんというか、埒が明かないとは思わないか」

「奇遇です。私も同じことを考えていました」

「お互い同じ気持ちなんだし、その……まあ、なんだ。支え合う、っていうので、いいんじゃないのか」

「そうですね。……佐藤さん、なんで照れているんですか」

「いや、なんでもない」

「なんでもないことない顔ですが」


 もちろんなんでもないわけではなく、自分の頬が火照っていくのを感じた。


 支え合うという関係性と明確にしておけば、これ以上の余計な心配や詮索もなくなるのではないか。

 とっさに思い浮かんだ割には良い策だったと思ったのだが、なぜかいざ言葉にするととてつもなく恥ずかしかった。


 これまで親子や友人に近い関係だと感じていたものが、支え合うという言葉にしただけでそれ以上に進んだ関係になってしまったような気がして。

 彼女を大切に思う気持ちは何よりも大きい。それが愛や好きという感情といってもいいくらいには。


 でもそれは、恋愛感情から生まれたものではない。

 そのはずなのに、こうも簡単にましろのことを意識してしまう自分にも恥ずかしさを感じる。

 幸いにもその気持ちを表に出してしまうようなことはなく済んでいる。心の内にこの気持ちはしまっておかなければ……。


「と、とりあえず、これ以降は支え合う関係性だ。変に恩を感じるのは無しだからな、お互い」

「わかりました。佐藤さんがそうおっしゃるのであれば」


 ひとまずは、納得してくれたましろに胸を撫でおろす。ぼろが出る前に、今日はさっさと眠ってしまおう。

 ホテルに来る前に夕食は済ませているので、あとはお風呂に入って就寝するだけ。


 仮にも少しだけ高い部屋だ。お風呂はセパレートタイプで、家のものよりも広い浴槽と浴室になっている。

 寝床に関しても、シングルベッドが二つ言わずもがな丁寧なベッドメイキングがされており、布団のさわり心地やマットの質感も文句なし。

 ましろにとって慣れない場所とはいえ、ある程度はくつろいでもらえるはず。


「あそこの扉がトイレ、その向かいがバスルームだ。ましろが先でいいぞ」

「ありがとうございます。では、お先に」


 とりあえず頭を冷やすためにも、彼女を先にお風呂に行かせて俺はソファにもたれかかり天井を見つめる。


 ましろがいなくなったことで少しずつ脳が冷静さを取り戻していく。

 なんやかんやと今日一日遊び倒したおかげで、程よい疲労感が体に広がっていた。


 その脱力感に身を任せ、動揺した心臓も落ち着き始めた頃。

 不意にましろのいるお風呂場からガタンと物音がした。


「にゃっ?!」


 そして、それと同時にましろの悲鳴も聞こえてくる。


「大丈夫か、ましろ!」


 慌ててソファから立ち上がり扉に前に立ち、中にいる彼女に呼びかける。

 一瞬扉の取っ手に手をかけるも、この先の情景を想像してぎりぎりで踏みとどまる。


「さ、佐藤さん。あの、使い方が分からなくて……」


 扉の向こうからそんな声が聞こえてきた後、踏みとどまった俺の気持ちを踏み飛ばすように、俺の目の前の扉が開かれる。


 ──そこには、小さなタオルで申し訳程度に秘部を隠したましろの姿があった。




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