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95 散策の続き


「な、納得いきません……」


 クレーンゲームから一度離れて自販機の前のベンチに座ると、ましろはせっかくゲットすることが出来たぬいぐるみを不服そうに見つめていた。


「良かったじゃないか。それ、狙っていた子だろ」

「そういうことではなく……結局、私が無駄遣いをしてしまいました」

「何も無駄じゃないだろう。ましろは欲しい景品が取れて、俺もそれを見て愉悦に浸れた。ウィンウィンってやつだ」

「もっと納得いきません!」


 一発ゲットできた同じぬいぐるみを彼女に見せびらかせば、スタッフのお情けを受けたぬいぐるみを持ったままぽかぽかと肩を叩いてくる。

 甘んじてそのかわいらしいネコパンチを受け止めつつ、つい先ほどの情景を思い返す。


 しっかりと初めてのクレーンゲームの洗礼を受けお金を溶かしいくましろ。それを見かねたスタッフがましろの欲しがっていたぬいぐるみを取りやすい位置に移動させてくれた。

 少し触れるだけで落とせそうな状態にしてくれたことで、あれだけ苦戦していたましろでもその直後の一回目でお目当ての子を獲得できた。


 もちろんましろの努力あっての成果ではあるが、本人としては納得いかない気持ちらしい。

 そうとなれば、彼女のためにもここで終わるわけにもいかないだろう。


「それなら、他のゲームで勝負ってことだな」

「え? ち、ちょっと佐藤さんっ。ですから無駄遣いは……!」


 ネコパンチしてきた手を掴んで、首を傾げるましろを立ち上がらせ再びゲームコーナーへ引っ張っていく。

 クレーンゲーム以外でもましろが楽しめるものはたくさんあるはず。せっかくの機会なんだ、思い切り遊び尽くしておくべきだろう。


 そんなこんなで、お財布に厳しいましろを何かと言い訳をつけて、その後もゲームセンターを大いに満喫するのだった。




「楽しかったな、ましろ」

「……い、今の一瞬だけで一体どれだけ使ってしまったんでしょう」


 クレーンゲームで勝利を収めたあとは、最初に見て回っていたメダルゲームやレースゲームなど、ありとあらゆるものを制覇していった。

 やるからには何かしら勝負できる形で遊んでいった。実力がものを言うゲームは俺に分があったが、意外にも運要素の強いものはましろのほうが優勢だった。


 日頃ましろに甘やかしてもらっている時点で、そもそも日頃の行いで勝てるわけないのである意味当然の結果なのかもしれないが……。


 とはいえ、普段家では出来ないゲームをましろと二人で遊び尽くすことが出来た。

 そんな、すっかりご満悦な俺の横で、ましろは絶望にも似た面持ちで座り込んでいた。


「そうか……ましろは楽しくなかったか」

「そ、その聞き方はずるいです……。楽しかったです、けど」


 冗談半分に落ち込んで見せれば、彼女はすぐにフォローを入れてくれるが、先程とは違う意味で納得していない様子。

 何やらお金のことを気にしいる様子だが、そもそもそんなに使ったわけでもない。

 だが、服や食べ物を買うのとは違い、お金を払った後手元の何も残らない。その感覚が彼女をそういった気持ちにしてしまっているのかもしれない。


「気にするな。ゲーセンはお金を気にせず楽しむもんなんだよ」

「……本当ですか?」

「もちろん。まあ、大人の力ってやつだな」

「ダメじゃないですか……」


 正直学生の頃もあまりお金を気にせずに遊んでいた記憶があるが、大人にもなれば余計に気にならなくなってしまう。

 どちらかと言えば、ゆっくり遊べるような時間を作ることの方が難しいかもしれない。


 ましろを拾う前の休日の過ごし方なんて、手際の悪い家事と平日の睡眠負債の返済に勤しむだけで時間を浪費しているだけだった。

 こうして楽しい時間を過ごせているのも、何もかもましろのおかげだ。

 本当に、彼女には感謝しても感謝しきれない。それ考えれば、余計にお金ことなど気にするなんて何もない。


 なかなかましろは機嫌を直してくれず、これからの生活の節約を長々と諭されつつも、なんやかんやと楽しんでくれてはいたらしい。

 ひとまずそれに安心した後は、ゲームセンターを出てまた街の散策を再開した。


 ましろに諭されたことがすべてではないものの、あまりお金がかかるような場所には行かずに街並みやお店を見て回る。


 ゲームセンターの向かいにあった雑貨屋を見たり、少し離れたところにあった本屋さんに寄って見たり。

 最初の約束通り、近くにあった学校を外から見ながら自分の思い出を語ったりもした。


 どれをとってもましろは、すごく興味津々な様子で見たり聞いたりしていた。

 俺と出会うままでの人生のうちかなりの時間をネコとして過ごしてきた彼女にとって、きっとどれこれも輝いて映っていたのだろう。


「ありがとうございます、佐藤さん」


 隣を歩くましろが不意にそう口にするので、思わず立ち止まって彼女の顔を見つめる。


「どうした、いきなり」

「私のためにこんなにも色々なものを見せてもらったので、そのお礼です。あらためて感謝をと思いまして」

「ましろは律儀すぎる。いいんだよ、そんなこと。俺が単純にましろと遊びたいって私欲もあるしな」


 今日に関して言えば、本当にすべて俺がやりたかっただけだ。そもそも、本来の目的は別にあるわけで、これはその時間を借りているということ。

 どちらかと言えば、俺がましろに対して感謝しなければならないくらいだ。


 それに、俺がしてあげられる範囲のことで、少しでも彼女が喜んでくれるのであれば、俺にとってもそれ以上に幸せなことはない。

 ましろの見たことのない世界は、きっとまだまだあるはずだ。それを見せてやれることが、彼女へのせめてもの恩返しになれば。



「とはいえ、ちょっと寄り道しすぎたかもな」


 温かい気持ちに浸りながら空を見上げれば、ついさっきまで頭上にいたはずの太陽はいつの間にか遠くに見える山々のすぐ上はあった。


「もう……だから言ったじゃないですか」

「暗くなってから歩くのも危ないしな。よし、ホテルを探そう!」

「佐藤さんはもっと計画性を持ってください……」


 額を押さえながら呆れた様子でため息を漏らすましろに、俺は何も言い返せない。

 こうなることを予想していなかったわけではなかったのだが、思いのほか時の流れが早かった。


 少し後ろめたい気持ちになりつつ、俺はスマホを取り出して検索をかけた。





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