94 ネコ様とクレーンゲーム
「少し離れただけで、こんなにも街並みは違うものなんですね」
隣を歩くましろがそう呟く。
今俺たちが歩いているのは、何の変哲もないただの道路
周りにあるものと言えば、至って普通の住宅街と商業施設。ぱっと見は俺たちの住む場所と変わりないが、建物の数や大きさはこちらのほうに軍配があがる
そういう意味では、どちらかと言えば俺たちの住む場所のほうが田舎といえるかもしれない。
そのまま進み大通りに出ると、一気に視界が広がり先程よりも賑やかな景色が広がった。
俺からすれば見慣れたものがほとんどだったが、いつもの散歩コースにはないものばかり。
ましろにしてみれば、どれもこれも初めて見るものばかりだろう。
「佐藤さんっ、あれはなんでしょうか」
「あれはアミューズメント施設ってやつだな。ゲーセンともいう」
「ゲーセン……。で、では、その向かいにある建物は」
「ディスカウントショップだな。雑貨屋といってもいい」
目をキラキラさせながら、あれやこれやと質問を投げかけてくるましろ。
相変わらず、何に関しても興味を持つところはしっかりとネコっぽい。
……とても今更感はあるが、普通のネコが喜ぶようなおもちゃはましろに効果はあるのだろうか。
そう考えてから、ネコじゃらしに翻弄されるましろの姿を想像する。……うん。悪くない。
人状態の彼女に効果があるかは分からないが、試してみる価値はあるかもしれない……。
「佐藤さん。ここ、入ってみてもいいですか?」
邪なことに妄想を広げていると、ましろがある店の前でそう聞いてくる。
彼女が指していたのは、先程説明していたアミューズメント施設。
一般的なゲームセンターが多くをしめつつも、他のサービスとしてカラオケやボウリングなども出来る複合施設だ。
休日のデートや多人数で遊ぶ時には、すごく役立つ場所だと言えるだろう。
せっかくの羽を伸ばすチャンスである今日。こういった場所にましろから誘ってくれたのは、むしろありがたい。
「ああ、もちろん。……でも、しっかり覚悟しとけよ、ましろ」
「えっ……か、覚悟が必要な場所なのですか?」
「まあ、慣れれば大したことはないから大丈夫だ」
ゲームセンターを前にして、一応彼女に忠告をしておく。
あえて何に対してかは言わずに、怖気づいているましろを引っ張って店の自動ドアをくぐる。
「っ?!」
店内に入った途端、ゲームセンター特有のとてつもなく騒がしい音が鳴り響く。
ましろは声にならない悲鳴と共にびくっと反応し、目をまんまるに開いて体を硬直させている。
期待通りの反応で、警戒するようにネコ耳をぴんと立てている姿に思わず笑いが……って待て待て!
「ましろ、耳っ。出てる出てる」
「ひゃい?」
周りを確認しながら、飛び出た耳を隠すようにましろの髪に触れる。
久しぶりに触れた彼女のネコ耳は、前に触れたときと変わらないもふもふ具合であり、もしここが外でなければ存分にモフり倒していたところだった。
「す、すみません。ありがとうございます」
「いや、俺のせいでもあるからな。気にするな」
合法的にネコ耳をモフることが出来て、それに加えて初めてのゲーセンショックも見ることが出来た。
どちらかと言えば、こちらこそお礼を言いたいくらいだ。
……まあ、普通に機嫌を損ねそうなのでやめておくが。純粋に驚いているみたいだし、あまりいじめすぎるのも良くない。
「いまさらではあるが、大丈夫そうか。ましろ」
「な、なんとか。少しずつ慣れてきました」
ましろの中で興味の感情のほうが勝っているらしく、多少ふらつきながらもゲーセンを歩いていく。
店内には定番のクレーンゲームを始め、メダルゲームやレースゲームなど多種多様なものが取り揃えてあった。
街並みと同じく、どれもましろにとっては初めて見るものしかない。
俺の手を引きながら店内を回り、他の人がプレイしているのを見ては目を輝かせていた。
何かやってみたいものがあれば教えてやろうと考えていたのだが、どのゲームも見るだけでやってみたいとは言わなかった。
何か俺から誘ってみようかと周りを見渡していた時、不意にカランカランと軽快な鐘の音が近くで鳴り響いた。
急な音にすぐさま振り向く彼女に合わせて俺もそちらを見れば、クレーンゲームで景品を獲得したお客さんに「おめでとうございまーす!」とスタッフが鐘を鳴らしていた。
そういえば、あんなサービスもあったかと眺めていると、ましろの視線がその獲得した景品に釘付けになっていることに気づく。
その景品は、何かのキャラクターらしき可愛らしいネコのぬいぐるみ。
大きさは手の平サイズほどで、それがケース内に山積みなっているところから取るタイプのクレーンゲームだった。
「あれが欲しいのか?」
「あ、いえ。そういうわけでは……単純にどういったゲームなのか気になりまして」
「百聞は一見に如かずだ。やってみるか」
「あ、ちょっと。さ、佐藤さんっ」
これ以上見てばかりでは俺の方が我慢できず、ましろの手を引いて先程獲得したお客さんと交代で筐体の前に立つ。
遠慮していたましろも、俺がお金を入れ操作を始めると、食い入るような目でクレーンの行く先を見つめていた。
大きな景品を取るものと違い、こういった山積みタイプはあまりシビアな設定にはなっていない。
欲張らず端の方にある落ちやすそうなものを狙えば……。
狙いを定めたぬいぐるみはこの中だとあまり可愛げがないものだったが、その分取りやすい姿勢のまま残っていた。
「よし、と」
掴むというよりは、押し込むような形でクレーンを扱い、バランスを崩したぬいぐるみは真っ直ぐと獲得口に落下する。
その景品を取り出し、ましろに見せつける。
「とまあ、こんな感じだな」
「す、すごいです……」
「別に難しいことじゃない。じゃあ、次はましろの番な」
「はっ、はい」
俺が難なく取れたのを見て一段と目を輝かせたましろは、緊張と期待の混じった面持ちで俺と交代する。
さてさて、人生初めてのクレーンゲームの腕前はと眺めていれば、彼女はこれまた期待通りのプレイを見せてくれる。
先ほどのお客さんが取っていたのと同じ種類の子に狙いを定めているらしいが、お店側の策略か獲得口からは随分と遠い場所にあった。
そうなれば、獲得口の近くまで運びきる前にバランスを崩したり、アームのパワーが足りなくなってしまう。
「あっ、今掴んでいたのに……!」
「ふっ」
「さ、佐藤さん、今笑いましたね」
「なんのことだか」
「むむ……つ、次で決めますからっ」
そんな微笑ましい光景に笑いを我慢できるわけもなく、ましろが振り向いたときには両手で顔面を覆って誤魔化しておく。
そんな小ばかにする俺の行動にましろもムキになったのか、意地でもそのぬいぐるみから狙いを変えることなくアームを動かし続ける。
そんな涙ぐましい努力も、悲しいことにゲームセンターの策略の手の中であり、どんどんと財布の中から小銭がなくなっていき──
そろそろ両替をしなければいけないかなと考える頃には、俺と同じ笑顔をしたスタッフが後ろから声をかけてくるのだった。




