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92 ネコ様と苦い再開


 見慣れた風景を、ましろと手を組んで歩いていく。

 彼女が俺の腕に抱き着き、それに歩幅を会わせて歩いていく姿は、誰がどうみても恋人そのもの。

 でも、それは彼女が望んだことであり、俺もそれを拒むことはしなかった。


 本人が言っていたように、ましろが抱えている「好き」がただの浮ついた単純な気持ちではないことは俺も理解している。

 だってそれは、俺も心の中に抑え込んでいた気持ちと同じものでもあるから……。


「とは言っても、恥ずかしいものは恥ずかしいだろ」

「いきなりどうしたんですか、佐藤さん」

「自分の中の自分と葛藤してるだけだ。気にしないでくれ」

「?」


 俺の苦労も知らずに首を傾げるましろ。いやまあ、労ではあっても苦ではないのだが。


 出来ることなら、俺だってましろのように気持ちを伝えたい。

 こうしてましろが俺と触れ合ってくれることは何よりもうれしい。


 ただ、自分から求めるのが怖いだけ。彼女が俺を信頼してくれているからこそ、どうしても一線を越えられない。

 そして、そんな線など気にすることなく積極的なましろを、嬉しく思いながらも羨ましいとも感じてしまっている。


「ところで佐藤さん。今はどこへ向かってるんですか?」

「あ、ああ。まずは、スタート地点にいかないとな」

「スタート地点、ですか?」


 いまいちピンときていないましろを先導して、その場所へ向かう。

 歩いている道は、毎日のように通る最寄り駅までの道。そして、途中の路地で曲がりその奥へ。

 ここまで来れば、ましろもどこへ向かっているのか理解したらしい。少しだけ、俺たちの足取りは早くなった。


「まだ最近のはずなのに、随分と懐かしく感じるな」

「ふふ、そうですね」


 あの雪の降る日、初めてましろと出会った路地裏。

 ここよりも前のましろの姿を俺は知らない。つまり、ここが今回のスタート地点というわけである。


「いけそうか、ましろ」

「はい。もう、覚悟は決めてますので」




 ましろとの最古の思い出の場所から、次は彼女に先導されるように街を歩いていく。

 いつもの通勤の道を外れ、周りの景色はどんどんと見たことのない色に変わっていった。


 ましろの土地勘を信用していないわけではなかったのだが、彼女は足を止めることなく進んでいく。


 彼女はあの家を出てからのことをあまり思い出したくないと言っていた。

 しかし、今回頼ることが出来るのはその彼女の記憶だけ。彼女にどれだけの負担をかけてしまっているのか容易には想像できない。



 そろそろ足の疲労感も増してきて空腹感も顔を出し始めた頃、ましろの歩みが少し鈍くなった。

 少しだけ早めの昼食をとることにて、近場のファストフード店に入る。

 普段はあまりしない外食にもましろは興味を持ってくれたらしく、満喫していただけたようで良かった。


 そのまましばらく雑談がてら休憩を済ませた後、またすぐに思い出の遡りを再開していく。

 午前中と変わらず、多少の迷いはあれどましろは足を止めることなく進んでいく。


「すごいな、ましろは。一度通っただけの道をここまで覚えられるのか」

「そんなことありませんよ。ネコとして欠かせないスキルなだけですから」

「そういうものか」


 ネコとして欠かせない……か。自分とは違う世界観に思わず関心してしまう。

 もちろん、ましろを信用してなかったわけではないが、こんなにもスムーズに事が運ぶとは思わなかった。


 一応帰り道に迷わないように逐次スマホでマップを開いていたのだが、気づけばこの短時間でかなりの距離を歩いていた。

 もしかしたら、今日中に目的地に着けるのではないか。そう考えていた束の間、ましろの足が止まった。


 ましろの視線の先には、何の変哲もない古いアパートがあった。


「……ここに住んでいた時期があったんです。ほんの少しの間だけですけどね」


 俺から問いかけることなく、彼女はそう話す。

 どんな人だったのかは分からないが、こういったアパートでペット可の物件は少ないはず。

 ましろの表情は、少し浮かない顔ながらもどこか振り切れているようにも見えた。


「何か、嫌なことでもあったのか」

「いえ、そんなことは。でも……困りましたね」


 そう言って、腕を組んで考え込み始めるましろ。

 俺が不思議に思っていると、彼女アパートの周囲を見渡したあと、一つため息をつく。


「この家の方には、ここから離れた場所で拾われたんです。そこから車に乗せていただいてここまで来たので……」


 今も駐車場に止まっているその車を指差しながら困った顔をするましろに、思わず俺も同じ顔になってしまう。

 確かにそのパターンは、かなりの痛手かもしれない。車でとなれば、選択肢はかなり……最悪の場合は絞り切れないほどに増えてしまう。


「さすがに車に乗ってるときの景色は覚えてないか」

「そうですね。そもそも、視線的に見えなかったので」

「こちらの策が尽きたとするなら……まずは、聞き込みと行きたいところだが」


 そう考えてから、ましろの顔を窺う。

 まだその時の車が置いてあるのであれば、家主もまだここに住んでいるはず。

 直接その人を訪ねて、ましろを拾ったときのことを覚えていないか聞くことが出来れば問題はない……が。


「どこの部屋か覚えてるか?」

「はい。二階の一番奥の部屋です」

「分かった。……ましろは、ここで待ってるか?」

「……いえ、大丈夫です。私も、行きます」


 その人が今のましろの姿を見たとして気づかれることはまず無いだろうが、問題なのは彼女の気持ち……そう思っていたのだが、杞憂だったらしい。

 自信を持った目で、彼女は俺の手を握ってくれる。俺はその手を握り返してから、その部屋の前へと足を進めた。


 扉の前に立ち一度深呼吸をする。隣にいるましろも、俺と同じように深呼吸をしたあと、もう一度俺の手を握りなおした。



 呼び鈴を鳴らしてすぐに部屋の中から「はいはーい」と若い男性の声が帰ってくる。

 薄い扉の向こうから足音が近づいてきて、なんのためらいもなくそのドアは開かれる。


 その人は、意外……と言うと失礼かもしれないが、優しそうな顔立ちをしていた。

 扉を開けたまま、彼は俺たち二人を見て不思議そうな顔をする。


「えっと……どちら様?」

「突然すみません。いきなりで申し訳ないんですが、お聞きしたいことがありまして」

「宗教なら間に合ってますけど……」

「そ、そういうのではないです」


 いきなりあらぬ勘違いで扉を閉められそうになり慌てて引き止める。


 しかし、引き止めたはいいものの、どう切り出したものか。

 今この状況だけでも怪しまれて当然なわけだし、これ以上変な聞き方をして警戒されても問題だし……。



「あ、あのっ。少し前に、白いネコを拾いませんでしたか?」



 俺が足踏みをしていると、横にいたましろが先に口を開いた。

 唐突すぎる質問にさすがに警戒されるかと思ったが、彼は特に少し驚いた顔をするだけだった。


「え、まあ拾ったけど……。ちょうど君の髪の色をした綺麗なネコだったよ」

「そっ、そう、ですか……」

「あれ、もしかして君ら、あのネコの飼い主さん……?」

「あ、いえ。そういうわけではないんですが……」


 一瞬ばつの悪そうな顔をした彼は、ましろの言葉に「良かったぁ」と安堵の表情を浮かべる。

 その態度に思わず眉がぴくりと動いた。ましろも、ほんの少しだけ体が震えたようにも見えた。


「ここペット禁止で、大家さんもおっかなくて。まあその……元々野良の子っぽかったから、さ」

「………」


 彼の話を聞いて、だんだんとましろの顔が暗くなっていく。

 言葉は濁しているものの、要は手に負えなくなって捨ててしまったということ。


 何か心の内からこみあげてくるものがったが、ここで俺が彼に何かを言ったところでメリットは何もない。

 そして、この人にすべての責任があるわけでもない……。

 俺は拳を握りしめて、平然を装って質問を投げかける。


「つかぬ事をお聞きしますが、そのネコをどのあたりで拾ったのか教えてもらえませんか」

「それは別にいいけど……どういう目的?」

「ただの人探しです」

「ふーん? まあ、いいけど」


 出来るだけ早くこの場を離れたい気持ちが嫌でも先立つが、そういうわけにもいかない。


 訝し気な表情を浮かべながらも、彼は細かくその場所を教えてくれる。

 もやもやとする心を落ち着かせるようにしながら、俺たちは彼の説明を聞くのだった。





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