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84 ネコ様と未来への一歩


 月山さんからの面接が終わり、これから彼女も本来の仕事に戻ろうかという時。

 迷惑をかけてしまっていることに対して感謝と謝罪に述べた私に対して、彼女はお礼を求めてきた。


「少しだけ、私に付き合っていただけますか?」


 そう言って私に向かって差し伸べられた手。

 もちろん不安がないわけではないが、決して悪い人でないことは先程だけで嫌というほど理解した。

 これまでの恩を少しでも返すことが出来るのであれば、やらない選択肢はない。


「わ、分かりました」

「良い返事ですね。それでは、行きましょう」


 どこへ行くのか、そんな疑問を投げつける間もなく、彼女は私の手を取って歩き出す。

 そして、この部屋の扉の前にやってくると、月山さんは一度振り返り私に視線だけで聞いてくる。


 これから先は、美玖さんの母親からの制約でこれまで一度も足を踏み入れたことがない場所。

 そこに、二人がいない今、勝手に入ってしまうということ。

 それを知った上で月山さんは、私をそこへ連れて行こうとしている。


 もちろん、美玖さんとの約束を破ることになってしまうことは何よりも避けたいこと。

 ……なのに、月山さんが手をかけたそのドアノブをまわしたその先に、何かとても大切なものがあるような予感がした。

 逆に考えるなら、今この瞬間を逃してしまえば、その何か大切なものさえも逃してしまうような──


 ただの予感、それなのに確信に近いその胸の高鳴り。

 それを感じながら、私は月山さんに取られた手をぎゅっと握り返し頷き返す。

 月山さんは優しい微笑んだ後、ゆっくりとドアノブを回して私を連れて部屋の外へ出た。


 もともと広い家だということは知っていたのだが、いざ廊下を歩くとその広さを実感した。

 かわいらしい美玖さんの部屋とは違い、全体的に落ち着いた雰囲気があり、歩いているだけで家柄の良さが分かるようだった。


「勝手に部屋から出てしまうなんて、ルミさんも悪いですね」

「……私、月山さんが苦手です」

「ふふっ、それは残念です」


 だんだん、この人にペースに流されるのも嫌になってきて、思い切って本音を口にする。

 予想通りというべきか、月山さんは楽しそうに笑いながら残念だと言う。


 私としては、あの部屋から出て知らないものを見るのはすごく新鮮で楽しい。

 人の姿でこんなにも自由に歩き回ることが出来るのだって、これほどまでに楽しいことは他にない。

 でも、月山さんが言う通り、勝手にしてしまっていることは事実。

 そして、たぶんその責任さえも、彼女が一緒に背負ってくれているのだと思う。


「月山さんは……悪い人じゃないけど、変な人です」

「変な人ですか。確かに、そうかもしれませんね」

「……どうして、ここまでしてくれるんですか?」

「あくまで私が、ルミさんにお礼を求めているだけですよ」


 なんでもないような顔をして月山さんは微笑むが、それがただの建前であることは私でも分かった。

 彼女が何を考えて私に対して手を焼いてくれているのかは分からないが、もう少しだけ彼女の厚意に甘えさせてもらおう。


 月山さんについていきながらたどり着いたのは、あまり生活感のない小さな部屋。

 ベッドと机の他には、申し訳程度の家具しか置いておらず、美玖さんの部屋と比べると、この家の部屋には見えないほど。


「えっと……ここは?」

「私の部屋です。住み込みで働かせていただいているので」


 そう言いながら部屋の中へ入っていく月山さん。私も後を追ってお邪魔させてもらう。

 掃除はきちんとされていて、ほこり一つ飛んでいないが、やはり家具の少なさのせいか生活感はまるでない。


「さて、本題です。さっそくですが、ルミさんには私のお手伝いをしていただきたいです」

「は、はいっ」

「それではまず、こちらに着替えていただきます」


 説明をしながらタンスの中を漁る月山さん。お目当てのものを見つけたらしい彼女は、タンスからそれを取り出す。

 すぐに振り返り、平然な顔をしながら私に見せたその洋服は──


「こ、これって……」

「メイド服ですね。ご存じありませんでしたか」

「ご存じあります……」


 人の世界の常識に関してあまり知識がない私でも、この洋服には見覚えがある。

 なぜなら、同じ服を目の前にいるこの人も着ているのだから。


「手伝いとは言え、その服で働いてもらうわけにはいきませんからね。汚してしまったら奥様に怒られてしまいます」

「確かに……」


 今私が着ているのは、美玖さんの母親が学生の頃に着ていたと思われる洋服。

 すでに勝手な借り物であるのに、これで動き回ったりするのは色々な意味でよろしくない。


「私と同じブランドですので、ご安心を」

「は、はあ……」

「おそろっち、というやつですね」

「………」


 何を言っているんだと言わんばかりの視線を月山さんに送るが、彼女は一人楽しそうにウキウキしていた。

 月山さんと同じ服を着ることに抵抗はないのだが、今見せているものは彼女が着ているものとは何やら装飾が異なる。


 基本的な構造や色合いこそ同じだが、フリルの量やリボンの装飾、スカートの丈など。

 簡単に言ってしまえば、落ち着いた月山さんの物に比べると、私の物はかなりかわいさに振り切って作られているような……。

 それに、やけに綺麗でしわもなく、誰かが使ったような痕跡もない。それどころか、月山さんが着るには小さすぎるサイズであり……。


「あの……これって、月山さんの私物ですか」

「はい。ちなみに、昨日買ってきました」

「………」


 さらっととんでもない発言をした月山さんに、いよいよ頭が痛くなってきた。

 もしかしなくても、今日こうなることを見越して昨日のうちにメイド服を買ってきたのだと思う。

 はじめから、私に手伝いをさせ、この服を着させるために誘導されていた。


「……やっぱり、月山さんは苦手です」

「お褒めに預かり光栄です」

「………」

「あまり時間もありませんので、早めに着替えてくださいね。私は外にいますので」

「……はい」


 もう何か言い返すことも面倒くさくなってしまった私を気にする様子もなく、私にメイド服を渡して月山さんは部屋から出ていく。

 一人残された部屋で一度ため息をついてから、あきらめて月山さんから受け取ったメイド服に着替える。


 少し手こずりながらも着終わり、最後にカチューシャを付けて終了。

 そして、部屋から出る前に一度鏡で自分の姿を確認してみる。


「……かわいい」


 自画自賛になってしまっていると分かっていても、自然とそんな言葉がでた。

 苦手とは言いつつも月山さんに感じていた憧れがあったせいか、この服を着ている自分を見て胸が高鳴ってしまっている。


 そして同時に、月山さんを追ってあの部屋から出たことは間違いではなかったと確信する。

 漠然と感じていた胸の高鳴り。それはやはり、私にとって大切なこと──


 もう一度鏡に映る自分を見て、胸元のリボンを整える。

 そして、少しだけ月山さんを真似るように佇まいを整えてから、私は扉を開けるのだった。





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