08 ネコ様の寝床事情
ましろにベッドを占領されソファで一晩を過ごしたあの日以来、ましろとの距離感が少しだけ近づいた気がする。
まだ、ましろのほうから近寄ってきてくれることはないが、俺の方から近づいて頭を撫でても、嫌がることがなくなった。
前はすぐに逃げられてしまっていたのだが、最近はくすぐったそうにしたり目を細めたりと、なんとも可愛らしい反応をしてくれるようになった。
何がきっかけとなったのかは分からないが、この家が少しでもましろにとって気を許せる場所になれたら、それ以上に嬉しいことは無い。
「ましろ、朝ご飯食べるか」
「にゃぁ〜」
自分とましろの朝ご飯の用意を済ませてましろの名前を呼ぶと、かわいい返事を返してくれる。
これも最近になって変化したことだ。名前を覚えてくれたのか、今のように名前を呼ぶと高確率で返事をしてくれるようになった。
いつもと同じようにましろと一緒にご飯を食べて、ましろに「いってきます」と伝えてから家を出た。
電車に乗り込み会社へ向かう中、俺はスマホで通販サイトを眺めていた。
というのも、あの日からましろは俺のベッドに乗ることはなくなり、いつも部屋の隅で眠っているのだ。
俺としては気にせずに好きなところでくつろいで欲しいのだが、たしかに毎晩ソファで寝るのも正直体が持ちそうにない。
だからといってましろをずっと床で寝かせてしまっているほうが大問題である。
正確には床ではなく俺があげたネコ型クッションの上で寝ているのだが、それもたかが100円ショップの代物だ。
ましろにも俺の使っているベッドに負けないくらいふかふかベッドを使ってもらいたい。
多種多様なペット用品が並んでいる画面をスクロールしていくが、いまいちピンとくるものが見つからない。
そもそも、こういった商品は実際に見て手で触れて買った方がいいに決まっている。
ある程度ネットで目星を付けて、休日にでも買いに行くのがいいかもしれない。
そう考えてその後も通販サイトを眺める。
こうして見てみると、俺がましろのために買っていたものが、必要最低限でしかなかったことに気付かされる。
ネコじゃらしをはじめとしたおもちゃや、キャットタワー、爪とぎなどなど。その他見慣れないものも含め、そこには大量の種類のネコ用品が売られていた。
ベッド以外にも、こういった娯楽用品を買っていったら、ましろも喜んでくれるだろうか……。
そんなことを考えながらスマホを見つめ続けた結果、俺は電車を降りそびれかけるのだった。
その日家に帰ってから、俺はいつも通りましろと一緒にテレビを見ていた。最近よく見ているドラマがテレビには映っている。
当然と言えば当然だが、いわゆるテレビのチャンネル権は俺が持っている。
ましろが番組の内容にまでこだわりを持ってテレビを見ているとは思えないが、一応ましろの好みに合わせようと努力はしている。
というのも、毎日一緒にテレビを見ていると、少しずつましろの反応の違いが分かってくるのだ。
あまり騒がしい番組は好みでないらしく、そういった番組がずっと映っているとそのうち静かなところへ移動してしまう。
それに比べて落ち着いたドラマや映画、音楽やニュース番組などは、いつもまったりしながらくつろいで見てくれている。
今ちょうど見ているドラマも、ましろの好みを考慮して選んだ結果だ。
ドラマの展開がクライマックスに近づいてきたタイミングで、狙い澄ましたようにCMが流れ始めた。
テレビを見ていれば頻繁にあることなのは理解しているのだが、どうしても落胆したような気持ちになる。
心なしかましろも退屈そうにあくびをして毛づくろいをしていた。
こればかりは仕方の無いことなので諦めて次々と流れるCMを眺めていると、とあるCMが目に止まる。
テレビの中にはましろと同じくらいの歳のかわいいネコが出演しており、なんともタイムリーなことに、それはネコ用のベッドクッションのCMだった。
そして、どこか見覚えがあるその商品は今朝通勤中に電車で見ていた通販サイトにあったものと同じだった。
他と比べて少しだけ値段は高めだったが、その分見た目や材質も良く、評価やレビューも好印象のものが多かった。
もともと目をつけていた商品だったが、こんなにもタイミング良くテレビのCMで流れるとは思わなかった。
まだどれを買うかは決めかねていたのだが、どうせなら本人に聞いてみるのが一番かもしれない。
「ましろ、こういうベッドとか欲しくないか?」
俺がそう問いかけると、ましろはきょとんとした顔でこちらを向く。
それに微笑み返して、それからテレビのほうを見るようにうながす。
CMは終わりがけだったが、最後にもう一度ベッドで気持ちよさそうに眠るネコの姿か映し出される。
「ましろ、いつもこのソファかネコ型クッションの上で寝てるだろ。だから、ああいうベッドとかどうかなって」
ましろは終わりがけのCMを最後まで見届けて、別のCMに変わると俺の顔を見つめてくる。
「遠慮はしなくていいからな。まあ、そもそも余計なお世話かもしれないが」
俺だけがベッドを使っているのが申し訳ないというのもそうだが、単にましろが快適に過ごせるための投資は惜しまないと決めている。
俺のベッドであれだけ幸せそうに寝ているのを見せられてしまっては、余計に甘やかしたくなってしまう。
「添い寝しても文句を言わないなら、俺のベッドで寝てくれても大丈夫だけどな」
というか、もしそれが叶うのであれば抱き枕のようにして眠ってみたい。
そんなことをしたら文句どころの騒ぎではなくなるが、いつかはそんな日が来てくれるだろうか。
勝手な未来を一人で想像している間にCMは終わり、ドラマが再び始まり。ましろもそちらへ視線を戻す。
当たり前ではあるが、直接聞いてみてもましろの気持ちは分からなかった。単に最後の冗談で引かれてしまっただけなのかもしれないが。
少なくともましろ用のベッドに関して嫌そうな感じではなかったと思う。……多分。
やらない後悔よりやる後悔という言葉みたく、ベッドを買ってみてましろが気に入ってくれなかったら、それはそれで仕方の無いことだ。
別にそれがもったいないとは思わない。ましろの好き嫌いがわかった分、もしかしたらプラスかもしれない。
俺はクライマックスを迎えるドラマを見ながら、明日の予定を考えるのだった。