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75 うっかりネコ様


「も、もう一度説明してくれないかな……?」



 俺とましろ、榊原と綾乃さんの四人でファミレスで朝食をとり、全員が食べ終わったタイミングで俺はましろのことについて告白した。

 なるべく端的にわかりやすく説明したつもりだったのだが、それを聞いた榊原は頭を抱えるようにしながら聞き返してきた。


「まず、彼女は俺の恋人ではない」

「うん」

「血のつながりがあるわけでもないし、何か第三者を介して知り合ったわけでもない」

「なるほどね」

「でも、とある理由で同居している、という関係だ」

「うんうん。それで……?」


 榊原は俺の言葉を一つ一つ飲み込むように聞き入れてうなずいた後、その先が問題だと言わんばかりの目線を向けてくる。


「そして、その理由というのが、彼女がもともとネコだったからなんだ」

「………」


 俺が結論を述べると同時に、榊原の相槌が返ってこなくなる。再び頭を抱えて考え込み始める。

 榊原が自分との戦いをする中、ましろは俺の説明に補足や訂正を入れることもなく、ただ静かに俺と榊原のやり取りを見守っていた。


 やはり彼女自身はそれなりの覚悟をすでに持ち合わせていたらしく、終始落ち着いた様子だ。ただ一人著しく様子を取り乱していたのは榊原だけだった。

 意外だったのは、一番反応が大きいと予想していた綾乃さんがまるで落ち着いていることだった。


「一応聞いておくけど……冗談とかそんなオチは」

「ない。冗談でもドッキリでもない」

「だよね……。いや、佐藤がそんなこと言うキャラじゃないことは重々承知なんだけど……」


 俺の付き合いが長いゆえに、俺の言葉に嘘がないことを榊原は理解している。

 その事実が余計に榊原を悩ませているらしい。普段仕事上では要領が良く理解が早いのだが、さすがの榊原でも理解しがたいことらしい。


 いや、今でこそこの立場にいる俺だが、初めてましろが正体を明かしてきたときの俺も似たようなものだったかもしれない。

 いきなり、目の前にいる可憐な女の子がネコなんだと言われて「はいそうですか」とはならないだろう。


「それと、薄々気づいてるかもしれないけど、俺が拾ったネコ……二人も会ったことがあるあの子、それがここにいる彼女──ましろだ」

「ましろ……ちゃん」


 榊原がその名前をゆっくりと言葉にすると、ましろは「はい」と小さくほほえみを返す。

 その笑顔がすべてを物語っており、それまで半信半疑だった榊原も少しづつ理解し始めたらしい。

 そして、それまでずっと言葉を発していなかった綾乃さんがようやく口を開いた。


「……やっぱり、ましろちゃんだったんだ」

「えっ?」


 その意外な言葉に、ましろが声を漏らす。その言葉はつまり、どこかのタイミングですでにましろの正体に気づいていたということで……。

 綾乃さん以外の三人の視線が集まる中、彼女は「あはは、そんな大したことじゃないよ」と笑って見せる。


「ましろちゃん。しっかりものだと思ってたけど、以外とうっかりさんでしょ?」


 俺たちの顔がおかしいのかしきりに笑いをこらえた様子で、綾乃さんはおもむろにスマホを取り出して画面を見せてくる。

 そこには、最近になってよく使うようになった誰もが知るチャットアプリのトーク画面で。


「あっ……」


 開かれていたトーク画面のトーク相手の名前の欄には「ましろ」という文字が表示されていた。


「ふふっ、まさかとは思ってたけど、本当に同一人物だったんだね」

「──っ」


 綾乃さんが納得したようにましろに笑いかけると、ましろはまさかの失態に羞恥に耐えられない様子で縮こまった。

 そういえば、ここに来るまでの電車の中で二人は連絡先を交換していた。俺もすっかり気づかなかったが、考えてみれば気づかれても仕方ないだろう。


「す、すみません。佐藤さん……」

「い、いや、俺も気づけなかったから……」


 ましろが縮こまった姿勢のまま、俺の服の袖をつまみながら小さな声で謝罪を述べる。

 謝られるようなことでもないのだが、そうでもしないと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな様子だったので、安心させるように答えて彼女の手を握った。


「あははははっ! あんまりにも二人が真剣に話すから、笑いをこらえるの大変だったんだから、もうっ」


 妙に静かだったのは、真剣に聞いてくれているのではなくてずっと笑わないようにしていただけだったらしい。

 綾乃さんは我慢から解放されたと言わんばかりにお腹を抱えて笑い転げていた。


「さーくんなんか頭抱えてうんうん言ってるし、もうほんと面白い。あははははっ」

「知ってたなら教えてよ、綾乃……」


 愛しの彼女に笑いものにされてしまった榊原は、余計に頭を抱えてましろと同じように縮こまる。

 まあ、たしかに綾乃さんの立場からしたら面白い光景だったのか……? 最近の女の子はよく分からないな……。


「くふふっ。その……本当はね、最初から薄々気づいてたんだ」

「最初?」

「うん。さーくんと一緒に佐藤くんのお家に行ったとき……正確には佐藤くんとショッピングモールで会ったときかな」


 綾乃さんは笑いをこらえながら、懐かしい話を始める。懐かしいと言ってもそれほど昔のことではないが、まだましろが人の姿になったばかりの頃だ。


「あの真面目な佐藤くんが、一人で女性下着を買いに行くなんて只事ではないなと思ってたし」

「や、やっぱりバレてたのか……」


 ましろのワイシャツ一枚生活に終止符を打つために女性下着を買いに行ったとき、運悪くそこで綾乃さんとバッティングしたのだ。

 あの時は誤魔化せたと思っていたのだが、思いのほかしっかりとみられてしまっていたらしい。


「佐藤……」

「おい榊原、そんな目で見るな。致し方ない事情があったんだよ」

「佐藤さん……」

「おい、なんでましろまでそんな目で俺を見る」


 もとはといえばましろのせいで俺が傷を負う羽目に……と思ったが、十割彼女が悪いというわけではない。

 彼女自身はワイシャツ一枚でも問題はなく、単純に俺の理性が貧弱すぎる結果で起きたことだ。いやまあ、腑に落ちない気持ちがないわけではないが……。


「とにかく、その時から何か事情があるのかな~って思ってたの。それで、さーくんに頼んでましろちゃんに会いたいって佐藤くんに話してもらったの」

「そうだったのか……。でも、別にあの日はましろと遊んでただけだっただろ?」

「ふっふっふ、女の子の観察眼を舐めてもらっちゃ困るよ! 部屋の生活感を見れば、その人の女性事情なんて一発なんだからっ」

「そ、そうなのか……恐れ入ります」


 自信満々に胸を張る綾乃さんは「ねっ」と言って榊原のほうに視線を送る。冷たい視線を受けた彼は、ぴんと背筋を伸ばして苦笑いを浮かべていた。

 そこまで事情を理解していたのなら、今日の俺たちの態度とましろのチャットアプリ誤爆を見て大笑いするのも納得できる気がした。


「ま、そんな感じだから、変に気を使わなくても大丈夫だよ。ね、ましろちゃん?」

「あ、ありがとうございます……」


 正直隠し通せていると思い込んでいたばかりに、いとも簡単に綾乃さんに見抜かれていたことに驚かされた。

 とはいうものの、だからこそ色々ましろに気を使ってくれていたのだろう。やさしくましろに話しかける綾乃さんを姿を見ながら少し安堵する。


 俺も最初はましろの正体に驚かされたが、意外とすぐに受け入れることができた。しかし、それは誰にでも当てはまることではないだろう。

 中には、未知なものや他と違うのもに対して少なからず不信感や嫌悪感を抱いてしまう人もいる。


 しかし、綾乃さんはもちろん、先程まで頭を抱えていた榊原も、綾乃さんの話を聞くと軽く納得してくれていた。

 この二人なら大丈夫だろうと考えたからこそこうして打ち明けたわけだが、二人の反応を見て改めて安心する。


「まあでも、その代わりと言っちゃなんだけど……佐藤くんとの馴れ初めの話とか聞かせてもらおうかな?」

「と、特に面白い話ではないと思いますが……」


 困ったように笑いながらも俺との思い出を語り始めるましろを見ながら、心の中でほっと溜息をこぼすのだった。





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