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74 二人の決意


 綾乃さんに先導される形で買い物は順調に進んでいき、これまた順調に俺と榊原の荷物も増えていった。

 お金に関しては何も心配はしていないのだが、これだけ歩き回ってましろが疲れてしまっていないかが心配だった。


 買い物を始めてから一時間と少し、そろそろ昼食をとってもいいくらいの時刻になっている。

 ……そして、ましろのことに関して打ち明けるのも、昼食などと合わせてどこかゆっくりと話せる場所がいいと考えていた。

 きっかけ作りのために、俺はましろに話しかけてみる。


「けっこう歩いたが、疲れていないか?」

「はい、私は平気です。それよりも佐藤さんのほうが……」


 すると、俺の両手に持たれた今日の成果物を見ながらましろが申し訳なさそうに眉をハの字にする。


「そんなことは気にしなくていい。そろそろ昼食にしてもいいかなと思ってな」

「分かりました。えっと、他のお二人は……」


 ましろが視線を送ると、俺たちの話に聞き耳を立てていたらしい二人が笑顔で頷いてくれた。

 すぐにどこに何を食べに行くかという話になるが、ここは俺がわがままを言って場所を決めさせてもらった。

 もしかしたら、このアウトレットモールの中にフードコートなどがあったかもしれないが、あえて少し離れた場所にあるファミレスに行くことにした。理由は言うまでもない。


 目的の場所に移動中、榊原と綾乃さんには聞こえないようにましろに耳打ちをする。


「ましろ、昼食の後にあれを話そうと考えているんだが……問題ないか?」

「はい、大丈夫です」


 ましろは特に怖気づいた様子はなく、いつもと変わらないトーンで返答する。

 彼女の様子次第ではもう少しあとにしてもいいかもしれないなどと色々と考えていたんだが、彼女はもうすでに覚悟できていたらしい。


「あ……でも、やっぱり少し心配です」

「そ、そうなのか? もしあれなら無理はしなくても──」

「違いますよ。私が心配なのは……」

「えっ」


 心配そう、というようは呆れたような表情を浮かべたましろは俺の顔を指差す。そのままその指を伸ばして、俺の鼻先にちょんと当ててきた。

 突然のことに固まっていると、彼女は楽しそうにクスっと小さく笑みを浮かべる。


「佐藤さんのほうが、顔が強張っていますよ?」

「……そ、そんなにか?」

「はい、そこそこには」

「……なんか、すまん」

「朝にも伝えたはずですよ。私は平気ですから、そんなに思いつめた顔しないでください」


 彼女を気遣うはずが、俺のせいで逆に彼女に心配をかけてしまっていたらしい。

 親は子どもを心配することしかできないとはよく言ったものだが、こんな調子では保護者どころの話ではない。


「情けない大人でごめんな」

「佐藤さんは情けなくなんてないです。優しくて真面目で、その……か、かっこいいです、から」

「そ、そんな大層のものじゃないぞ……」


 フォローしてくれるましろだったが、後半にかけて段々と声が細くなっていって恥ずかしそうに顔をうつむかせる。

 フォローする側がそんな調子なものだから、それを受け止めるこちら側は余計に恥ずかしい。


 面と向かってかっこいいと言われることなんて……と思ったが、そういえば今朝にも同じことをましろから言われて同じことを考えていたか。

 そんなレアな言葉をこんなにも躊躇なく何度もぶつけられるなんて、本当に心臓がいくつあっても足りない。


「お二人さーん。もしもーし」

「「あっ」」


 不意にかけられた声に、ましろと同時に我に返る。

 気づけば目的地に到着しており、榊原と綾乃さんが呆れた顔でこちらを見ていた。


「熱々なのはいいことだけど、僕たちのこと忘れないでよ?」

「わ、悪かった」

「すみませんでした……」


 俺に続いて、ましろも謝罪を口にする。

 二人とも本気で怒ったり機嫌を悪くするようなことはなかったが、綾乃さんは唇を尖らせて不満そうにはしていた。


「どうせいつもは佐藤くんにべったりなんだから、今日くらいは私たちに構ってくれないと拗ねちゃうよ?」

「べ、べったりなんてことは……」

「でも、私たちと同じで、二人は同棲してるんでしょ?」

「それは……そうですが」


 同棲……。動物と一緒に生活することをそんな言葉で表現することはあまりないだろうが、他人からすれば今のましろとの生活は紛れもない同棲だろう。

 だからといって、綾乃さんが言うべったりなんてことは……。いや、うん。ないよな。


「平日、佐藤さんはお仕事ですし、一日中一緒というわけではないですよ?」

「ふんふん。では、それ以外の時間はどうなんですか? 佐藤くん」


 相変わらずにやついた顔でましろと話していた綾乃さんはいきなりこちらにパスを送ってくる。

 ましろが言うように、当たり前だが平日の日中は職場にいるわけでましろは一人でお留守番だ。その分、それ以外の時間はましろとの時間を大切にしたい思いがあるわけで。


「まあ、基本的に仕事中以外でましろと一緒じゃない時間は無いかもな」


 ましろとは、一緒の空間にいるだけで居心地が良い。少なくとも俺はそう思っているし、多分彼女も同じ気持ちだと思う。

 特にこれといった会話がなくても、同じことをしていなくても。……最近ではましろのいない生活に想像がつかなくなってしまっている。


「うっわぁ、やっぱり毎日イチャイチャしてるんだ……もうべったりどころかべちゃべちゃじゃん」

「表現の人聞きが悪すぎる。そういうお前らだって大差ないだろう」

「えっへへ、まあね~」


 こういった話題にはすぐに食いつく綾乃さん。呆れて榊原を見ながら言い返せば、彼女はふふんと自慢げな顔をする。

 さすがにこれは歴の差だろうか、あきらかに余裕が違いすぎる。

 友人とはいえ、他人の立場からとやかく言うことでもないので口には出さないが、多分この二人は夫婦になっても良い関係のままだと思う。


 それに比べれば、俺とましろとの関係はまだ不安定なのかもしれない。

 お互いの気持ちは分かりあっているし、信頼関係はもちろんある。でも、それは二人だけの秘密の関係。


 もちろん、ましろの体質のことをなりふり構わず言いふらすことがましろにとって得になるとは考えられない。

 しかし、信頼できる人だけにであれば、ましろにも良い影響があると考えた。だから、今日こうして時間を設けたのだ。


「佐藤さん」


 思考の海に潜っていたところを、不意にましろから手を握られて意識が戻る。

 何度見ても綺麗で整った顔つき。その夕日のような茜色の瞳を見つめ続けていると、引き込まれそうになるほど見とれてしまう。


「ああ」


 ましろの真剣な眼差しに俺も真っ直ぐ見つめ返し、彼女の手を握り返す。

 そして、今日何度目になるかもわからない気合の入れ直しをしてから、目的地であるファミレスの中へ入るのだった。





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