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73 ネコ様とダブルデート


 俺たち四人を含めた乗客を揺らしていた電車は俺が住む県を離れ、その隣の県へと進んでいく。


 窓の外を眺めたり、綾乃さんとの会話に花を咲かせるましろ。

 そのましろの表情は活発に笑う綾乃さんほどの笑顔ではないが、初めて会ったときに比べれば見違えるほど自然に笑うようになっていた。


 そんな彼女の変化に安心しつつも、今日やるべきことについて考える。

 今日誘ってくれた二人、榊原と綾乃さんにましろのことに関しての真実を伝えること。

 今のところ、ましろの名前も年齢も二人には伝えられていない。


 二人のことは信頼しているとはいえ、必ずしも抵抗なく受け入れられるとは限らない。

 リスクがあるのは百も承知。それでも、ましろにとっての自由がもっと広がってくれれば……その思いは何よりも大切にしたい。


 そんなことを考えながらましろの横顔を見続けていると、その視線に気づいたましろがこちらを振り向く。


「どうかしましたか?」

「あっ、いや。なんでもない」


 不思議そうな顔で問いかけてくるましろに視線をそらして誤魔化す。

 彼女の表情に少しだけ不安そうな感情も混じっているように見えたのは、おそらく俺が考えていることにおおよそ見当がついているのだろう。

 余計な心配はかけまいと視線をそらしたのだが、そのそらした先にはいたずら心十割の笑顔を浮かべた同僚がいた。


「まあまあ、彼女ちゃん。佐藤も男だからさ」

「……?」


 変なことを吹き込もうとする榊原と疑問符をうかべて首を傾げるましろ。そして、榊原と同じ顔でにやついた顔をして笑う綾乃さん。

 ……ましろにいらぬ心配をかけないためにも、とりあえず今日のデートを純粋に楽しまなければ。

 俺はあらためて決意を固めてから、いまだにあらぬことを言い続ける榊原の頬を引っ張った。




 目的の駅で降車すると、まずは人の多さと駅の広さに驚かされた。

 普段からあまり遠出はしないタイプだったこともあり、俺自身人の多い場所へ好んで行くタイプではない。

 ましろと行ったショッピングモールで人込みには慣れたものかと思っていたのだが、全くそんなことはなかったらしい。


 俺がそんな調子なのだから、ましろは俺の何倍も驚いた様子でせわしなくキョロキョロと周りを見回していた。

 しばらくそうしたあと、彼女はおもむろに俺の近くに寄ってきて服の裾にちょんとつかまってきた。


 この人込みとこの広さだ。もしはぐれてしまったら、連絡手段はあるとしても想像しただけで心配で胃が痛くなってきた。

 少し考えてから、つかんできた彼女の手をやさしく振りほどく。そして、その代わりに自分の手で握りしめる。


「はぐれないようにな」

「あっ、ありがとうございます」


 ましろと手を繋ぐことが初めてでもなく、今朝は腕も組んだというのにいまだに緊張してしまう。

 とはいえ、余裕がないように見られるのも男としては避けて通りたい。そんな気持ちからできるだけ平然を装って声をかけておく。


 ましろは俺と違って恥ずかしそうな様子は見られなかったが、握られたお互いの手を見て嬉しそうに頬を緩めていた。

 そんな顔を見せられると、俺のほうは余計に恥ずかしさがこみあげてきて、俺はまた彼女から視線をそらした。



 目的であるアウトレットモールは、今俺たちが降車したこの駅に隣接するように建てられている。

 それに伴い駅と直接通路がつながっており、移動にはさほど時間はかからなかった。


 目的の場所に到着するやいなや、休む暇もなく綾乃さんが先導を切ってモール内に突撃していく。

 榊原はそんな彼女に腕を引かれながらそれでいて楽しそうに会話をしており、俺とましろは二人が切り開いた道の後をついていく。


 綾乃さんは前にもこの場所に来たことがあるらしく、ある程度寄りたいお店に目星をつけていたようだ。

 はじめに入ったのは、ショッピングのお決まりであるアパレルショップ。

 店内には女性向けの衣類がずらりと並んでおり、季節感のあるものであったり個性の目立ったものであったり、様々な展開がされてあった。


「ほらほら、いつまでも彼氏にくっついてちゃダメだよ」

「そ、そんなつもりは……」


 当然、女性ものの服が立ち並ぶ中で榊原と俺の出る幕はないので、綾乃さんとましろの二人だけで買い物をすることになる。

 それまでずっと俺と手をつないでいたましろを、綾乃さんは半ば強引に連れ去っていく。


 それまで小恥ずかしい気持ちでつないでいたのに、いざ離れると少し寂しい気持ちになってしまう。

 保護者面のエゴでもあれば男として情けないことでもあるが、手のひらがだんだんと冷めていく感覚はどうしても意識せざるを得なかった。


 とはいえ、一応でもましろの保護者のような立場である俺が、こんな親バカをしていては彼女のためにもならない。そういった意味合いで綾乃さんの存在はとても大きいのだ。


「今日の服は彼女ちゃんのセンス?」

「あ、えっと、これは佐藤さんが……」

「ふ~ん、そうなんだ~」


 ましろに質問をしていた綾乃さんがにやにやしながらこちらを振り向く。

 今朝も触れたが、今日のましろのコーディネートは俺が初めてましろにプレゼントした洋服だ。

 俺のセンスはともかくとして、ましろはそんなこと関係なく完璧に着こなしていた。


 それを他人に評価してもらう機会はこれまで一度もなかったわけだが、少なくとも悪い評価ではないみたいだ。

 あのにやにやした笑い方にはずいぶんと腹が立つが、素人の俺が選ぶよりも同性の彼女に選んでもらえるほうが良いに決まっている。


「佐藤くんはそういう清楚なのが好きなむっつりさんだけど、もっと違う路線もありだと思うんだよね~」

「む、むっつり……」


 おいやめろ、変なことをましろに吹き込むんじゃない。

 そしてその言葉を真に受けて俺のことをなんともいえない表情で見てくるましろさん、あなたもやめてください。


 なんとも不服なとばっちりを受けたあと、女子二人は店の奥へと入っていく。

 残された俺と榊原だが、お互いに彼女らの恋人である以上付き添わないわけにもいかずそのあとをついていく。


「彼女ちゃん、これ! これ絶対似合うと思う!」

「は、派手すぎじゃないですか、これっ」

「そんなことないって、いやそれがいいんだよ!」

「やっぱり派手じゃないですかっ」


 ましろが自分以外の誰かと会話をしているところを見ると、不思議な気持ちになる。

 あらためて、ましろは普通の女の子なんだなと気づかされる。そして、その普通の女の子が送る生活を自分がさせてあげられなかったとも気づかされる。


 ましろはいつも自分は幸せなんだと口にしてくれる。それは何よりもうれしいことだが、やはり生活の中に制限が出来てしまっているのは現実だ。

 今日のようなイベントで、少しはましろの自由な生き方に貢献することが出来ているなら幸いなのだが……。


  楽しそうにほほ笑む彼女を見ながら、そんなことを考えるのだった。





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