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72 ネコ様と電車の行方


 俺たちを乗せた車両がゆっくりと動き出し、徐々に加速していく。

 それに合わせて周りの景色は瞬く間に移り変わり、見慣れた町の景色が一転、違う世界へと色を変える。


 窓際に座るましろは目を輝かせながら窓の外の景色を眺めていた。


「(まさか、電車に乗ることになるとはな)」


 彼女の横顔を眺めながら、そんなことを思う。遊び行くともなれば電車をつかうことは珍しいことではないだろう。

 俺がそんな感想を抱いてしまうのは、他でもないましろとの外出という面でのことだ。


 これまで、ましろと二人で外出をするというのは、近所の公園、スーパー、ほんの少し離れたショッピングモール。

 どれをとっても、どれだけ遠くでも徒歩で行ける範囲だけだった。

 だからこそ、ましろにとっては始めての遠出と言っても間違いではないわけで、もちろん電車に乗ることも初めてだろう。


 正直かなり不安でいっぱいだったのだが、さすがはましろというべきか興味津々といった様子を見せるだけで不安そうな素振りは一切見せなかった。


「彼女ちゃんはさ、電車は初めてなの?」

「あ、はいっ。外から見たことはありましたが、乗るのは初めてです」

「えっへっへ~、彼女ちゃんの始めてゲットだっ」


 ましろと綾乃さん、俺と榊原がそれぞれ向かうように座席座っているおり、基本はお互い対面同士で会話をしていた。

 俺と榊原に関しては何も言うことはないが、ましろが綾乃さんとうまく喋れているのかということばかりに気が言ってしまい正直榊原の言葉はあまり頭に入ってこない。


 二人と顔を合わせた直後は綾乃さんの距離の近づき方にましろは戸惑っていた様子だったが、意外にも二人は打ち解けていた。

 ネコは人見知りするものだと聞いたことがあるのだが、女性同士というのもあるのかそこまで心配はいらなかったようだ。


「こら、佐藤」

「いへっ。おい、なにふんだ」


 いきなり頬をつままれ振り返ると、そこにはこれでもかと大きなため息をしながら俺をジト目で見つめる榊原がいた。


「彼女さんにメロメロなのはいいけど、これ一応ダブルデートなんだからね?」

「わ、悪い。そんなつもりはなかったんだが……」


 思いのほかましろのほうに意識を傾けすぎていたらしい。目の前に座る親友は、随分とご立腹のようである。

 榊原の言う通り、今日はいつものましろと二人きりの状況とはわけが違う。誘ってくれたのは向こうなわけで、ましろだけを構ってしまってはお門違いだろう。


「……それにしてもさ、佐藤」

「ん?」


 榊原はちょいちょいと小さく手招きをして、耳を貸してほしいとジェスチャーする。

 素直に従って耳を寄せると、声を潜めてほかの二人に聞こえないように耳打ちをしてくる。


「前に見たときにも思ってたんだけど、彼女さんはいくつなの?」

「……年齢ってことか?」

「他になにがあるのさ……。まあその、随分と若く見えるから、気になって」

「あー……」


 またもや答えにくい質問が飛んでくる。とはいえ、もし俺が榊原の立場だとしても、おそらく真っ先に聞いていただろう。

 まず、俺だってましろの年齢は知らない。だが、ましろの見た目年齢は、言わずもがな誰が見ても高校生くらいにしか見えない。


 事実上ましろの種族的にはネコに属しているし、法律的には高校生と純粋な恋愛をすること自体はセーフなのだとか。

 だが、一般的に見て普通でないことは仕方ない。そして榊原に悪意はまったくなく、単純に心配してくれているのだろう。


「……それについても、もう少し待ってくれないか」

「そっか。……うん、わかった」


 心に引っかかりを残しつつも、どうとも答えられないため仕方なく先程と同じような返答をする。

 俺の様子を見て榊原も思うところがあったのか、先程と変わらず二つ返事で引き下がってくれた。


「彼女ちゃん、連絡先交換しようよ!」

「あ、はいっ」


 ちょっと真剣な空気が漂う男性陣とは違い、窓際の女性陣は大いに盛り上がっていた。

 綾乃さんの積極的なアプローチにましろもしっかり答えて、すでに第三者から見れば仲のいい友達のようにも見える。

 これまで会話できる相手が俺しかいなかったましろにとって、綾乃さんとの関わりはすごくいい刺激なのかもしれない。


 これなら、やはりあまり心配は必要ないかもしれない。そう思って、俺は視線を戻し──


 その瞬間にちらっと移った綾乃さんの表情。その顔から、先程までの笑顔が一瞬だけ消えたように見えた。

 何かに気づいたような、困惑したような、そんな何とも言えない顔。

 しかし、もう一度彼女に視線を向けたときには、すでにいつも通りの屈託のない笑顔に戻っており、再びましろとの会話に花を咲かせていた。


 ……いや、ましろを気にしすぎるあまり、少し気にしすぎているかもしれない。

 榊原と同じくらいには綾乃さんのことは信頼している。この様子なら、万が一にもましろが傷つくようなことはないはず。


「この電車はどこに向かっているんですか?」

「お隣の県だよ~。そこにおっきなアウトレットモールがあるの」

「アウトレット……ですか?」

「そう! まあ、前に言ってたショッピングモールと大差はないから安心してね」


 俺も今日の目的地に関しては何も聞かされていなかったので、綾乃さんから発せられた場所を聞いて思わず榊原の顔を見る。


「元々綾乃が行きたいって言っててね。ちょうどいい機会だからとも思って二人を誘ったってこと」

「そうだったのか。……今更だとは思うんだが、俺たちお邪魔だったりしないか?」

「誘ったのは僕たちのほうだって言ったでしょ。今日のメインはこっちだよ」


 榊原はそう言いながら、ましろと俺を交互に視線を向ける。

 ましろは綾乃さんからアウトレットというものの説明を受けて、興味深そうに何度もうなずきながら耳を傾けていた。


 今日はましろにとって色々な意味で大事な日になるだろう。

 榊原や綾乃さんという、俺以外の人に自分の正体を明かすというのはもちろん、初めての県外への外出だ。


 これまでできるだけ彼女が自由に生きていけるようにと過ごしてきたが、それでも外に出ることは大きな壁だと考えていた。

 ましろは自分から欲求を表に出してくれるタイプではないが、外出する日はいつも楽しそうに機嫌がよかった。

 最初こそマイナスに考えていた今日も、こうした機会をもらえたことはましろにいい刺激を与えてくれるはずだ。


「あらためてありがとうな、今日誘ってくれて」

「こちらこそ。綾乃も嬉しそうだから」


 電車に揺られ、窓際でにぎやかに笑い合う女子二人を横目に、お互い同じように笑い合うのだった。





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