表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/105

07 かくれんぼ


 朝、俺は妙な気だるさと共に目が覚めた。

 体全身が重いような、いつもと違う感覚を覚えながら体を起こす。

 目を開いて映し出された光景が、どこかいつもと違うことに気づく。


 しっかりと意識を覚醒してから、ようやく思い出す。

 自分の座る場所はベッドではなく、まぎれもないただの安物ソファだった。


「あいてて……」


 背筋を伸ばそうと腕を上げると、肩や腰が次々と悲鳴をあげた。

 学生の頃はどんなところで寝てもせいぜい面白い寝癖がつく程度だったのだが、成人して三年でこれらしい。

 職場では若者の中の若者のポジションなのだが、既に体の方はしっかりと歳をとっていたらしい。


 情けなく思いながもこればっかりはどうしようもない。俺は特に悲鳴が大きかった腰を抑えながら立ち上がり、朝の支度を開始する。

 顔を洗い着替えを済ませたところで、そういえばと思い周りを見渡す。

 昨晩は、幸せそうにベッドに転がっていたましろはどこだろうか。


 少しよろめきながら部屋の中を散策するがパッと見た限りでは見つからない。

 いつもの部屋の隅にも、机の下やテレビの後ろにも居なかった。


 思わず、小さい頃にかくれんぼで遊んでいたの記憶が蘇り真剣に考えてしまうものの、会社の始業時間までたっぷり猶予があるわけではない。

 一旦ましろ探しは中断して朝ごはんを食べることに。いつも通りココアとトーストを食べながら、テレビで朝のニュースをながめる。


 ふと思い出し、テーブルの横に視線を向ける。

 そこに置いてあるましろ用のご飯のお皿。昨晩に入れて置いたご飯は、これまた綺麗に完食されていた。

 さすが夜行性の動物と言ったところだろうか。寝ている間にしっかり食べてくれていたらしい。


 少し安心して、いつも通りもう一度お皿にご飯を多めに入れておく。

 お昼の時間に俺は家にいないので、お昼やおやつの分も含めて入れている。


 ましろのご飯の用意も出来て、テレビも付けた。あとは朝食のお皿を片付けて出かけるだけ。

 あと、することと言えばましろとのかくれんぼか。


 手早くお皿を洗って時計を確認すると、時刻はまだ家を出る時間の10分前。

 子供の頃に極めたかくれんぼ。10分もあればこんなに小さな部屋など調べ尽くせるだろう。


 謎の高揚感を胸に俺は部屋の中を探し始める。

 しかし、タンスや家具の後ろなど、目につくところをすべて探索しきっても、一向にましろの姿は見当たらない。


 あとまだ確認していないのはベッドの下くらいだろうか。残る場所はそこくらいしない。

 当然可能性が高いことは分かっていたのだが、腰に負担をかけたくなくて後回しにしていた。

 腹を括って体勢を低くして、覗いてみると、


「にゃぁぉ……」


 暗闇の中でかわいく鳴き声をあげるましろがそこにいた。


「そんなところで何してるんだ、ましろ」


 思わずそう聞いてみるが、こちらを見つめたままで返答はない。

 出てきそうな様子もないので、その姿勢のまま俺はましろに話しかける。


「昨日はよく眠れたか?」


 俺がそう言うとましろの耳が大きく反応する。その表情が痛いところを突かれた、とでも言いたげな顔だったため思わず笑ってしまう。


「お陰様でこっちは腰が泣いてるんだぞ?」


 冗談交じりにそう言って、指先をましろの顔に近づけて勢いに任せて鼻先ちょんっとつつく。

 ましろは目をぱちくりとさせて、されるがままだった。


「まったく、今頃ましろに見捨てられたソファが嘆いてるぞ」


 調子に乗って無抵抗なましろにちょんちょんを続けながら笑いかける。

 ひとしきり笑って満足した俺は、その指先で軽くましろのおでこを撫でてから重い腰をあげて立ち上がる。


「それじゃ、仕事行ってくる。ご飯は置いてあるからな」


 そう言い残してから部屋を出て、玄関で靴を履く。もう一度時計を確認してから立ち上がろうとして、何か後ろに気配を感じた。

 不思議に思い後ろを振り返ると、そこには先程までベッドの下にいたましろが立っていた。


「ど、どうかしたのか?」


 これまで一度もこんなことはなかったので、驚いて上手く反応できなかった。

 ましろが心を開いて俺をお見送りしてくれているのかとも考えるが、まさかまだそんな関係性までは発展してないだろう。


 そのまま少し待ってもましろはそこに立ったまま目も合わせてくれない。

 まるで何か言いたいことがありそうな、そんな雰囲気だが、何か鳴き声をあげることもなかった。


 時計はすでにいつもの出発時刻ちょうどを指している。ましろが本当は何を伝えたいのかは分からないままだが、仕事に遅れる訳にも行かない。


「それじゃ、行ってくるな」


 俺は少し名残惜しみながら、振り返って玄関の扉を開ける。

 その扉を閉めるときに一瞬見えたましろの顔は、少し悲しい顔をしている気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ