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68 ネコ様と当日の朝


 休日の朝。いつもはしっかりと寝坊してから昼前に目を覚ますことも珍しくない。

 だが、今日の俺はそれに反して朝早くからぱっちりと目が覚めた。


「おはよう、ましろ」

「おはようございます。今日は早いんですね」

「遅刻するわけにもいかないからな」


 そう、今日は休日だが大事な予定が午前中から入っている。言わずもがな、榊原からの誘いで急遽することになったダブルデートだ。

 あらためて脳内で形にしても現実味のない響きの言葉だが、残念ながらまぎれもない現実である。


 少し気合が入りすぎて早く起きすぎてしまった気がして時計を確認すると、案の定いつも仕事がある日よりも早い時間だった。

 妙な緊張感のせいで昨晩はあまり寝付けなかったこともあり、少しだけ睡眠時間が足りていない気もするが目が覚めてしまった以上仕方ない。


 ……それよりも、いつもより早く起きたにも関わらず、ましろいがいつもと変わらず俺より先に起きていたことに驚く。

 彼女は目覚ましをかけているわけでもないはずだ。一日の始めに音が鳴るのは俺のスマホで間違いない。

 それなのにいつも朝の支度をほぼすべて終わらせた状態で俺に朝の挨拶をしてくれる。


 人と比べてもかなり朝が弱いタイプの人種である俺からすると、かなり驚きを覚えるし尊敬できる。

 そんな尊敬の対象に毎日甘えて起こしてもらっている現状は、どう考えても一人の大人としてなんとかしなければいけないのだが……。


「ましろって朝に強いタイプなのか?」


 ベッドに腰かけたままキッチンに立つましろに問いかける。

 唐突な質問にましろは一瞬俺の顔を見つめて首を傾げるが、少し考えてから「んー」と声を出してから言葉を続ける。


「比べる対象が佐藤さんくらいしかいないので何とも言えませんが、多分普通くらいなのではないでしょうか?」

「それは遠回しに嫌味を言われているのでしょうか、ましろさん」

「いえ、そんなことありますんよ」

「確認するけど、それはただの誤字だよな?」

「ふふっ、冗談です。そんな皮肉は込めてません。それと、誤字ではなくて言い間違いですよ」


 俺の反応を見てましろはそう言って楽しげに笑いをこぼす。

 彼女が軽い冗談を言ってくれるようになったことはうれしさと、年下にからかわれている気恥ずかし

さが合わさりなんとも複雑な気持ちになる。

 そんな気持ちを誤魔化すように俺は彼女に引き続き質問を投げかける。


「ネコは夜行性ってよく聞くけど、ましろはそんなことないのか?」

「多少はありますが、慣れてしまえば基本は人と変わりませんよ」


 それこそ、朝起きてましろがまだ寝ていた……なんて状況は一度も遭遇したことがなかったはず。

 もしも夜行性がということなら、実は俺が仕事にいっている昼間に睡眠をとり、俺が寝ている夜間に起きているのではとも考えていた。

 とはいえ、そんな様子や素振りなんて一度たりとも見たことはないのだが。


 そんな俺の不思議そうな顔を見て、ましろは多少俺の考えていることを察したらしい。


「たしかに昔はどちらかといえば夜型だったかもしれないです。でも、人として暮らす上では昼型のほうが都合の良い場合が多いので」

「まあ、それはそうか……」

「人と同じで、ある程度習慣化してしまえばそれほど苦になることはありませんよ」


 俺のせいで無理させてしまっているのではと思っていたことも杞憂だったらしい。

 彼女の言っていた通りただ俺が朝に弱すぎるだけなのだろう。それだけでも情けないというのに、それに加えて彼女に甘えてしまっているのは本当に情けない限りだ。


 だが、それをましろが咎めてくることは一切なく、むしろもっと頼ってほしい、甘えてほしいといったような意志を感じる。

 ましろと出会ったときは、もっとしっかりとした気持ちで彼女を守っていかなければと思っていたはずなのに。いつからこんな体たらくになってしまったのか。


「その……毎日、ありがとうな」

「いえ、私が好きでしていることですので」


 ましろに対して一瞬謝罪が出てしまいそうになったのを飲み込んで、その代わりにお礼を口にした。

 彼女はいつもと変わらない返事しかくれなかったので、少し消化不良な気持ちにはなってしまうが彼女がああいう以上、無理に押し付けるわけにもいかない。


「もうすぐ朝ごはんの用意が終わりますので」

「ああ、先に顔を洗ってくる」


 いつものやり取りを交わして、朝のルーティンを済ましていく。

 ましろと一緒に朝ごはんを食べながら、あらためて今日の予定に思考を巡らせる。


 名目上は、榊原いわくダブルデート。たしかに、男女のペアが二組で出かけるというのは世間一般的にみればその言葉が適切なのかもしれない。

 だが、榊原と綾乃さんはれっきとした恋人同士であるが、俺とましろはその限りではない。


 今日のダブルデートは、それについての誤解を解くことが、俺たちの真の目的だ。

 そして、恋人という誤解をまた嘘を重ねて誤魔化すのではなく、俺とましろの本当の関係性……つまるところ、ましろの存在についてすべて明かすと決めた。


「佐藤さん……?」

「ん? どうかしたか?」

「いえその……今日のご飯はお口に合いませんでしたか?」

「え? いや、そんなことはないが……なんでだ?」

「ちょっと険しい……というか、難しい顔をしていたので」


 ましろからそう言われてから、ようやく自分がかなり眉間にしわの寄った顔をしていたことに気づく。

 俺は慌てて彼女に謝罪を述べながら、表情筋の緊張を解く。

 本当に彼女には色々な感情がバレてしまう。彼女が言うには俺は顔に出やすいタイプらしいのだが、自覚は全くない。


「何か考え事ですか?」

「……まあその、なんだ。今日のことを少しな」

「そう、ですか……」


 それだけで、彼女には俺が考えていることが伝わったらしい。少しだけ彼女の表情にも雲がかかる。

 最初にましろにダブルデートの話をしたときに、それについてはすでに了承ももらっている。


 とはいえ、自分のことを第三者に話すことになるのだ。緊張しないほうがおかしいだろう。

 少なくとも、彼女の体質について知っているのは、本当に一握りの相手だけだろう。

 俺の知っている範囲だと、俺しかいない。未だに彼女の過去に踏み込みような質問は出来ていないため、その程度しか分からない。


「ましろは、大丈夫そうか?」

「……はい。覚悟は決めています」


 そっと胸に手をあてて、真剣な眼差しで答えるましろ。

 彼女に比べれば、俺の持つ不安の大きさなんてたかが知れている。俺も覚悟を決めないと。


 予定の時間まであと数時間。俺は今一度気持ちを切り替えて、頭の中を整理するのだった。





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