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67 ネコ様への相談


「だ、ダブルデート……ですか?」


 榊原からとんでもないことを言われたその日。帰宅してすぐにさっそくましろに報告をした。

 彼女は、予想通り聞きなれない単語に首を傾げて、反復するようにその言葉を口にする。


 ましろとショッピングモールに出かけたあの日。たまたま榊原とその彼女である綾乃さんも遊びに来ていたらしい。

 あれだけ広い建物の中で見つけられてしまうとはなかなか運が悪い……とも考えたが、俺とましろが周りの視線を集めるような行動をしていたことも否めない。


 てっきり榊原から根掘り葉掘り質問攻めになるかと覚悟したのだが、彼から言われたことはたった一つだけ。

 それが、彼女が口にしているダブルデートというなんとも現実感のない単語だった。


「えっと……それはつまり、私と佐藤さん、そのお二人の四人でお出かけするということですか?」

「まあ、そういうことだろうな」

「で、でも、そのお二人は私のことは……」

「ああ。ましろのことに関してはネコの認識のままだから、安心してくれ」

「でも、それでしたらどうしてダブルデートなんて……」

「それなんだが……」


 当然な疑問を持つましろに対して、俺は姿勢を正して今日榊原と話した内容を伝えていく。

 ショッピングモールで人の姿のましろと一緒にいたところを見られたこと、いつもお弁当を持ってきていることを怪しまれていたこと。


 そして、おそらくそのせいで、大家さんと同じような勘違いをされたこと。すなわち、ネコであるましろとは別の存在として、人の姿のましろが俺の恋人だと思われているということ。

 だからこそ、俺の口からの説明ではなく直接会って話をしてみたいという意図があり、その結果としてダブルデートにたどり着いたらしい。


 大家さんのこともあったからか、ましろは特に慌てた様子はなく冷静に現状を理解してくれた。

 とはいえ、ましろに迷惑をかけてしまったことには変わりない。俺は説明を終えたあとゆっくりと彼女に頭を下げる。


「悪い。迷惑をかけた」

「あ、謝らないでくださいっ。佐藤さんだけのせいではありません。それに……」

「それに……?」

「ずっと隠し事をすることなんてできませんから。いつかはバレてしまうものです」


 その言葉をこぼすとき、ましろが少し寂し気な表情をしているように見えた。

 それについてあまり聞くことはしなかったが、確かに彼女の言うことは正しい。いつかは話さなければいけないとも考えていたことなのだから。


「とりあえず、そのダブルデートに関して私のほうは問題ありません」

「ほ、本当か?」

「はい。そのお二人は前にもお会いしましたし、佐藤さんのご友人の方でもありますから」

「そ、そうか……」


 ましろはいつもと変わらない笑顔で受け答えする。あの二人からすれば初対面だが、彼女からすればその限りではない。

 榊原と綾乃さんのことは信頼している。俺もついていくわけで、彼女が傷ついてしまうようなことにはならないはずだ。


「ですから、それについては佐藤さんが決めていただければ」

「………」

「何か他に問題があるんですか……?」


 黙り込んでしまう俺を心配して彼女が問いかけてくる。彼女の言う通り問題はほかにある。

 俺が悩んでしまっているのは決して彼女の人見知りのことだけではない。それは、今日のお昼からずっと考えていた──彼女の体質のこと。


「ましろに相談があるんだが、いいか?」

「はい。私で力になれることであれば」


 自然な笑顔で、胸に手を当てて答えるましろ。どんと任せておけと言わんばかりのその姿を見て俺も覚悟を決める。



「ましろの体質のことについて、あの二人に話そうか考えているんだ」

「そう……ですか」

「もちろん、俺一人で決めていいことじゃないことは分かってる。理由がちゃんとあるんだ」


 それは、榊原からダブルデートの話をされる直前に考えていたこと。

 ましろの体質のことを大っぴらにすることがいいはずはない。しかし、そのためには他の人からの勘違いの関係を彼女に押し付けることなる。

 それが事実でないにしても、ましろが俺の恋人であるというような関係だと思われてしまっているのだ。


 恋人じゃないと説明するにも、これもまた嘘を重ねることになる。

 例えば、親戚がらみのことだと説明するにも、大家さんや榊原は俺のことに関して知っていることが多すぎる。

 うわべだけの説明では、嘘がバレるのは時間の問題だろう。それ以上に良い言い訳も思いつかない。


 ましろの存在を隠すためとはいえ、恋人なんていうデリケートな関係を押し付けてしまうことは、彼女に大きな負担をかけてしまうだろう。


 そんな頭の中でも整理がついてない事柄を、俺は不器用ながらもましろに伝えた。

 彼女は真剣な眼差しで話を聞いてくれる。最後までしっかりと聞き届けてから、ましろは柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、佐藤さん」

「え? いや、お礼を言われることは何も……」

「私のことをそこまで真剣に考えてくれていることです。すごく、うれしかったです」


 そう言いながら、ましろはその柔らかな笑顔と眼差しで俺のことを見つめてくる。

 そんな顔を見せられると何も言えなくなってしまい、思わず目をそらした。

 後ろめたい気持ちがあったわけではない。だが、あんな優しく魅力的な表情を見せられると、思わず変な感情が沸いてしまいそうになってしまった。


「ですが、佐藤さんは少し気にしすぎです。周りからどう思われようとも佐藤さんとの関係が変わってしまうわけではないですから」

「ま、ましろ……」

「それに、そういった勘違いされることが、嫌なわけでは……ありませんし」


 笑顔の次はそんなことを口にしながら照れた表情をするものだから、俺は余計に彼女の顔が見られなくなる。

 彼女の言葉に他意がないことは分かっているのだが、そんな言い方をされるとそれこそ勘違いしてしまいそうになる。


「でも、佐藤さんが必要だと考えるのであれば、それも佐藤さんにおまかせします」

「俺は……これ以上嘘を付くことはしたくないと思ってる」

「佐藤さんはすぐ顔に出てしまいますもんね」

「よ、余計なお世話だ」


 ふふっ、と笑いをこぼすましろに、なんとも居心地が悪くなる。年下の女の子から顔に出やすいことを諭され、恥ずかしさがあふれ出してくる。

 これではどちらが保護者なのか分かったものではない。すでに身の回りのことまでしてもらっているのだから、これでは本当にダメ人間一直線だ。


「じゃあその……いいか?」

「はい。あのお二人は、佐藤さんがそう考えるほどに信頼していて大切な方なんですよね?」

「ああ、もちろん」

「でしたら何も問題はありません。それに、私は……」


 そう言いかけてから、ましろはその続きは言葉にすることなく口をつぐんだ。

 彼女が何を言いかけたのかは分からなかったが、彼女は俺の意志を尊重して肯定してくれた。


 大きな変化が起きるであろうダブルデート。いろいろな思いが胸の中をざわつかせる中、俺は緊張した面持ちで榊原に連絡を入れるのだった。





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