64 ネコ様の眼鏡姿
ましろとショッピングモールへ行った日から数日。
先週がなかなかに濃い内容の週末だったからか、平日の時間がやけにゆったりと感じた。
あの時は色々とましろとの関係について考えさせられた一日だった。
いつもであればしないことまでしてしまって、ましろにも迷惑をかけてしまったかもしれない。
そのせいで、家に帰ってきたあとも多少ギクシャクしてしまったのだが、新しい週が始まる頃にはいつも通りの関係に戻れていた。
ギクシャクしながらも結局お菓子作りは予定通り実行してくれたので、おやつの時間には新作のお菓子を食すことができた。
レシピに関しては、器具を買いに行く前から色々と見繕っていたらしく、種類が豊富で贅沢な間食を味わった。
そもそも、前にましろがクッキーを作ってくれた時から、俺が思っていた以上にお菓子作りには興味を感じていたらしく、いつも作ってくれるもの以外にも一人で色々と調べていたのだとか。
とはいうものの、必要になる材料や調理器具がそろってないがゆえに断念しているメニューがたくさんあったとか。
それくらい言ってくれればどれだけでも用意したんだが……まあ、あのましろがそんなことを言ってくれるとは思っていないし、それが悪いとも思っていない。
それに、多少強引ではあったかもないが、その目標も無事達成することができたのだ。何も言うことはない。
それとは関係ないことではあるのだが、ましろのことで最近少しだけ変わったことがある。
「よく似合ってるな、ましろ」
「えっ?」
仕事を終えて家に帰り、いつも通りソファでのんびりとしている中、となりに座っていたましろにそう声をかける。
彼女は急な俺の言葉に首を傾げるので、俺はそのキョトンとした顔に指を向けて「眼鏡のこと」と一言加える。
ましろとショッピングモールに行った主の目的だったのは、今彼女がかけている眼鏡だ。
彼女は別に目が悪いわけではなく、レンズに関しても度の入っていないブルーライトカット専用のレンズだ。
近頃スマホやテレビなど、画面をみることが多くなってきたましろが少しでも楽できるようにと思ってずっと買おうと思っていたのだ。
「ほ、本当ですか?」
「もちろん。すごくかわいいよ」
「ま、またすぐそんなお世辞ばっかり……」
「お世辞じゃないって」
デザインはましろ自身が選んだもの……正確にが彼女が俺に似合うと言って手に取ったものなのだが、彼女にもとてもよく似合っている。
用途的に考えても、画面を見るときにかけるものではあるのだが、いちいちかけなおすのが面倒なのかここ最近ましろはずっと眼鏡をかけて生活していた。
正直なところ、ましろに眼鏡がこんなにも似合うとは思っていなかった。
特に眼鏡に深い思い入れがあるわけでもないのだが、彼女の眼鏡をかけた姿にはなぜかいつも以上に魅力を感じてしまう。
そういうことなので、俺にとってはありがたいことなのだが、ましろにとってはどうなんだろう。
「気に入ってくれたみたいで俺もうれしい」
「当たり前です。佐藤さんからもらったもので、気に入らないものなんてありません」
失礼な、と言わんばかりな表情をするましろに俺は思わず笑ってしまう。
「でも、本当に似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
理由はあまり分からないが、眼鏡をかけて生活してくれているだけで俺にとっては目の保養になる。
下心がありありなのはどうかと思うが、こればかりは隠すことのできない自分の本心だ。自分に素直にありたい、物は言いようとはこういうことだ。
「でも、なんで普段から眼鏡を?」
「そ、それは……」
単純に気になっていたことだったので、特に気にすることもなくさらっと聞いてみたのだが、ましろはなぜか口どもる。
軽い気持ちで質問したはずなのに、彼女は居心地悪そうに視線を泳がせて、微かに頬を染めているようにも見えた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……その……」
不思議に思い問いかけてみるが、彼女は言いにくそうに余計に視線をそらすだけ。
そんな態度をとられるとこっちのほうこそ余計に気になってしまう。何か言いにくい理由でもあるのだろうか。
「佐藤さんが……あの」
「え、俺?」
引き合いに俺が出されたことで思わず話の腰を折ってしまったので「悪い、続けてくれ」とましろを促す。
彼女はその続きを言うまいかかなり悩んでいた様子だったが、俺が見つめる視線に耐え切れなくなったのかゆっくりと口を開く。
「眼鏡をかけていると、佐藤さんが見てくれる……ので」
「えっ……?」
ましろの放ったその言葉が、一瞬理解できなった。
俺が見ていたから……? いや、たしかにましろが眼鏡をかけている姿なんてこれまで見ることはできなかったわけで。
そんな物珍しさも相まって彼女の姿を自然と目で追ってしまっていたことに関しては、言い逃れはできない。
だが、そんな俺の気持ち悪い行動が、彼女が眼鏡をかけ続ける理由になっているというのはいったいどういうことなのか。
「き、気づかれてたのか。なんか、ごめんな。悪気はなかったんだが」
「い、いえ。別にみられることが嫌なわけではなくて……む、むしろ逆というか」
「嬉しいのか?」
「そ、その聞き方はズルいですよ……」
いつかの仕返しのように、彼女の言うようにズルい返し方をして笑う。
女性は視線に敏感だという話を聞いたことがあるが、間違いではないらしい。
相手がましろだからこそお咎めはないものの、さすがにこれからは気を付けなければ。
「その……いつも以上に佐藤さんが見てくれて、今みたいに褒めてくれるので」
「だから、ずっと眼鏡を……?」
「は、はい……。な、なんだか自意識過剰みたいですよね、すみません」
言葉を出せば出すほど、恥ずかしそうに縮こまって自嘲気味に乾いた笑いをこぼす。
「そんなことない、自信を持って大丈夫だ。ましろは世界一眼鏡が似合うネコだ」
「そ、その褒められ方はなんだか微妙ですが……ありがとうございます」
俺の言葉に、ましろは照れ臭そうに眼鏡のフレームをいじる。
とりあえず疑問だったことは解消された。自分の視線がバレていたことは反省すべき点だが、それが要因で彼女は眼鏡をかけていたらしい。
つくづく彼女は何に関しても俺のことを第一に考えてくれる。
今回のことに関しては俺の性癖が誤解されてしまったような気がしないでもないが、とりあえずは良しとしておく。
「ということで、その。……これからも、眼鏡をかけたほうがいいですか?」
「よろしくお願いします」
「承りました。佐藤さんはめがねふぇち、というやつなんですね」
「ち、違うぞ! そんな特殊な趣向は持ち合わせてない!」
「でも、好きなんですよね?」
「そ、それは……」
ましろはそう言いながら、口に指をあてながら上目遣いで挑戦的な笑みを浮かべてきた。
普段の彼女なら絶対にしないようなあざとい姿に、俺は大人な対応なんて何一つできずに圧倒されてしまう。
年下の女の子に手玉に取られているというのに不思議と嫌な気持ちは何もなく、むしろ……。
……実は、本当にいつの間にか変な性癖になっていしまったのだろうか。
そう思わせられるほどに彼女のその姿は魅惑的で、結局俺は何も言葉を返すことができないまま彼女の頭を乱暴に撫でて誤魔化すのだった。




