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61 ネコ様の欲しいもの


 ましろと二人で遺憾にもショッピングモール内の見世物になってしまい、逃げだしてきてから数分。

 走ってきたことと緊張で乱れていた呼吸もだいぶ回復してきて、ようやく落ち着いてきた俺たちは先程までの勘違いを訂正し合ってなんとかいつも通りの調子に戻れていた。


 まあ、勘違いをしていたのは一方的に俺のほうなわけで、彼女と目を合わせることすらはばかられるくらいの気持ちだが、これ以上彼女に心配をかけるわけにもいかない。

 二人して息を整えるためにベンチに腰かけていたその状態のまま、俺は横に座るましろに一呼吸置いた後に声をかける。


「ちょっと移動しちゃったけど、時間はまだあるしもう少し見て回るか?」

「いいんですか?」

「いいに決まってる。家に帰ってやることもたかが知れてるし、ましろに合わせるよ」

「ありがとうございますっ。あの、実は一つ行きたいお店がありまして……」


 はにかんでお礼を伝えてきたましろは、珍しく自分のほうから提案をしてくれた。

 すっかり親バカな気持ちで彼女が素直な気持ちを伝えてくれることに感動をしていると、横にいた彼女が立ち上がる。


「さっき通り過ぎたところにそのお店があったんです。行きませんか?」


 走ってきた方向を指さしながら説明をしたましろは、そう問いかけながら片手を俺のほうに差し出してくる。

 俺はその手に自分の手を重ねて、ベンチから腰を上げる。やっぱり気のせいではなく、彼女は前より少なからず積極的になってくれていると思う。


「ああ、もちろん」


 ましろの変化に、いやでも高鳴ってしまう胸の内をさとられないようにしながらも、俺はいつもより抑揚のついた返事をしてしまっていた。

 それから、つい先ほどダッシュで通り過ぎてきた通路を彼女と並んでゆっくりと歩いていく。

 最近、近所の公園でこうして二人で歩くことは習慣化してきているが、いつもと場所が違うだけで不思議と新鮮さが段違いだった。


 学生を卒業してから、めっきり友人と遊びに行く機会は減ってしまい、たまに付き合いのある男友達と出かけることがある程度なもの。

 異性とお出かけなんて想像すらもしないレベルだったというのに。


 そんなことを考えていた自分が、ひょんなことから今こうして一人の女の子と手を繋いでショッピングモールを歩いていることにあらためて驚かされる。

 そして、それよりもなにより、その相手がましろという存在であること。そして、少しは彼女の自由を作ってあげられているということ。

 その二つが、これ以上ないほどに心の底から嬉しかった。


「ちなみに、どこに行くのか聞いてみても?」

「んー、着いてからのお楽しみ……ですっ」

「はは、そりゃ楽しみだ」


 口元をゆるめて楽しげに笑う彼女につられて、俺も自然と笑みがこぼれる。

 多分、こんなフランクな会話だって、少し前のましろでは想像もできないことだっただろう。


 二人でゆっくり家の中で過ごす時間は、何よりも楽しいし安心もするし、すっかり生活の中で大切で欠かせないものになっている。

 でも、いつもとは違う、気兼ねなくましろと会話しながら外の世界を見ることができるこの時間も、それに劣らないほどに楽しい時間みたいで。


 自然と緩んでしまう頬を気にすることもなくましろとの会話に花を咲かせる。

 それに答えるように、ましろもはにかんで笑顔を返してくれるので、俺はこれ以上ないほどの幸福感に一人浸るのだった。


「おまたせしました。こちらのお店です」

「ここは……生活用品とかを売っているのか?」

「はい、みたいです」


 あまりこういうお店に来たことが少ないためか、店の中を軽く見回しただけではあまり売っているものジャンルの判断がつかなかった。

 生活用品という表現さえもあっているのか分からないところだが、食器や調理器具、家具やインテリア類など広い店内にカテゴリごとにそれぞれの要素がまんべんなくにぎわっていた。


 客層も様々で、若いカップルや女性の一人客、年配の夫婦まで世代を選ばない雰囲気があるようだ。

 とは言ってもさほど店内は混雑しているわけではなく、十分にまったりと見てまわることが出来そうだ。


「何か買いたいものでもあったのか?」

「いえ、少し見てみたいものがありまして」


 そう言ってましろは店内を散策し始める、お目当てのものが分からない俺は彼女の後ろについていく。

 彼女の足取りは軽く、少し弾むようなリズムを刻みながら進んでいく。ほほえましくその姿を見守るのも、案外悪くない。


「あ、ありました!」


 ましろが声を出して、商品の売り場へ駆け寄っていく。俺もそれを追いかけて後ろから覗き込むと、そこにはあまり見覚えのないものたちが並んでいた。


「これは……?」

「一応調理器具なんです。どちらかといえばお菓子作り専用のものですが」

「あぁ、なるほど」


 最初みたときは得体のしれない器具だなと思ったが、言われてみればそれらしい風貌をしていた。

 もちろん俺は、料理はできないし増してやお菓子作りなんてもってのほかなため、ここに置いてあるものの細かい用途なんてさっぱりなわけだが。


 ましろは普段からネコであることを疑うレベルの料理スキルを発揮しているし、ついこの前はテレビで興味を持ったのかお菓子作りにも挑戦していた。

 あれから土日の時間があるときには、ときどき何かしらのお菓子を作ってくれる。特別凝ったものではない、ましろはそう言うが完成したお菓子はいつも本当においしい。


 それがきっかけとなってお菓子作りに熱が出てきて、ゆえによりレパートリーが増やせるであろう器具を見に来てみたということなのだろう。


「お菓子作りの器具ってだけでも、かなり種類があるんだな」

「はい。便利なものがたくさんあるんですよ」


 彼女は楽しそうに色々なものを手に取っては、どんなものが作れるなかや使い方を教えてくれる。

 うきうきとした様子で説明してくれるましろは、すごく輝いていて生き生きしているよう見えた。いや、多分実際そうなのだろう。

 本当の意味で興味を持ってくれているものが一つでもあるというのは、すごく大切なことだと俺は思う。


「これだけあれば本当に色々作れそうだな」

「そうですね。だからと言って欲しいわけではないんですけどね」

「え、違うのか?」

「あ、いえ。欲しくないわけではないですが、私にはその手段がないので……」

「………」


 えへへ、と頬をかくようなしぐさをして困った表情をするましろ。彼女は後ろめたいことや自信のないことを離すときには決まってこの顔をする。

 ましろの気持ちは理解しているつもりだが、やっぱりこちらの身からすればもっと遠慮なく甘えてほしいと思ってしまう。


「じゃあ、俺が新しいお菓子を食べたいって言ったら?」

「え?」

「いつもとは違うお菓子を色々と食べてみたい気分だなぁ、無性に」

「佐藤さん……」

「そ、そんな怖い顔するなよ。冗談だよ、冗談……」


 ちょっとした冗談のつもりでそんな演技をしてみたのだが、ましろの反応はいまいち……それどころかちょっと目を細めてにらまれた。


「いやまあ、あながち冗談でもないけどな。ましろの作るお菓子を食べたい気持ちは本当だ」

「で、でも……」

「それが多少の初期投資と材料費だけで味わえるなら、十分に価値のある買い物だと思うけどな」

「………」


 ちょっと意地悪な言い方かもしれないが、決して嘘をついているわけではない。

 もちろん内心は、ましろがやりたいことは全部やらせてやりたいという気持ちで埋め尽くされているし、それは彼女も理解しているだろう。


 ましろは、一度お菓子作り器具を見つめたあと、俺の顔を見てくる。それに対して、俺は「どうかしたのか?」といった少しとぼけたふりをして彼女を見つめ返す。

 彼女にもかなり葛藤があったようだが、たっぷりと時間をかけてからゆっくりと口を開く。


「……本当に、いいんですか?」

「ああ。でも、本当に買うならしっかりお菓子を作ってくれないと困るけどな」

「そ、それはもちろん!」

「ふふ、じゃあ決まりだな」

「あっ……」


 見事に俺の言葉につられてしまった彼女を見て、少し笑いをこぼしながら結論は出たなと言わんばかりに指をぱちんと鳴らした。





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