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60 ネコ様と勘違い


 例の洋服店を出た後も、ましろは変わらず魂が抜けたようにぼーっとしていた。


 まごうことなくその原因は件の洋服店で店員さんから話しかけられたからだろう。

 俺以外の人と話す機会が少ない彼女にしてみれば、かなり衝撃があったのかもしれない。


 正直、そこまで彼女が人見知りだとは思っていなかった。そうだと知っていれば、もう少し負担がかからないように立ち回るべきだっただろう。

 おびえている様子ではないのが不幸中の幸いだが、話しかけても反応が薄いのは全く改善する気配がない。


「ごめんな、ましろ」

「えっ……? ど、どうかしたんですか?」


 雰囲気に耐えられず思わず謝罪を口にすると、それまで上の空だったましろの意識が戻ってくる。

 とはいえ、俺の言葉の意味が理解できなかったらしく、案の定ましろは頭に疑問符を浮かべて返事をする。

 自分が具体的に何に謝罪したかもわからないがゆえに、理由を説明するということも出来ずに俺は「いや、なんでもない」と返す。


 ましろは余計に不思議そうな顔を浮かべるので、俺は誤魔化すようにましろの頭をなでる。

 さらさらの髪をなでているといつも謎の幸福感に包まれるため、勝手にも後ろめたい気持ちが晴れていく。


「にゃ。あ、あぅ……」


 ……と思っていたのだが、俺の手が髪に触れると同時にましろの体がびくっと反応し妙な声を漏らす。

 彼女の顔を見ると、きゅっと目をつぶり朱色に頬を染めている。ましろと会ってから初めて見る表情だった。


 いつもであれば、多少恥ずかしそうにすることこそあれど声を漏らすようなことはあまり記憶にない。

 それどころか、あんな……どこか色っぽい声を聴いたのは初めてだった。


「わ、悪い。嫌だったか?」


 俺はすぐに手を離してましろと少し距離をとる。

 いくら最近になって距離感が近づいてきたとはいえ、彼女の様子がおかしいときにやることではなかったかもしれない。


「………」


 ましろは俺の言葉を聞いても何も返してくれない。それどころか顔を伏せてしまうので表情さえも分からない。

 それこそいつもであれば「いえ、そんなことは」と返してくれる彼女が、問答無用の無言である。自分のしてしまった事の重大さに嫌な汗がにじんでくる。


「ほ、本当に悪かった。次からはもうしないから……」


 とりあえず深く反省して頭を下げる。反応がない以上、謝罪を重ねるほかに選択肢はない。

 しかしまあ、人目がある場所で男が女に対して頭を下げているなんてのは、第三者からみれば痴情のもつれににしかみえないわけで。

 横を通りすぎていく人たちの視線をちくちくと感じる。ひそひそと笑い声さえ聞こえてきた気がしてなんともいたたまれない気持ちになる。


 当然その視線をましろも感じ取ったらしく、落ち着かない様子でまわりをキョロキョロと見ながらあたふたし始める。

 だが、先に頭を下げた以上彼女の言葉を待つ前に姿勢を戻すわけにいかない。


 ましろ自身も、自分が何か返さないとどうしようもならないことを察したのか、必死に言葉を探している様子だった。

 そして、俺が耐え切れずに頭を少し動かしそうとしたとき、覚悟を決めたように彼女の口が開き──




「す、好きですから!」


「……え?」




 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。彼女から発せられた言葉が頭で処理されるまでにかなりの時間を要した。

 そして、正常に処理が終えたのにもかかわらず、俺の口からは間抜けな返事しか出てこなかった。


 ……好き? 今、ましろはそう言ったのか?

 脈絡のなさすぎる突然の告白。すでに脳内は真っ白になっていて、必死に思考戻そうとする。

 しかし、俺がそれ以上の思考をする前に、追い打ちをかけるように周りにいた人たちからざわめきが聞こえてくる。


 白昼堂々こんな公の場で、頭を下げていた男に対して女が「好きです」と言葉を返す。

 はたから見ればなんとも奇妙であるが上、足を止める人も増えてきてギャラリーの数は3倍ほどにまでなってしまっていた。


「ま、ましろ。とりあえずここから離れよう!」

「え、でも……」

「いいから。ほらっ」


 こんな状況ではますます羞恥でいたたまれなさが尋常ではないので、彼女の手を引いてその場から走って逃げだす。

 後ろからは視線やざわめき、挙句には指笛も聞こえてきた。いやいや、なんなんだその悪ノリの良さは。陽気な外国人も混じっていたのだろうか……。


 先ほどの場所から十分に離れたところまで走り続けてようやく足を止める。

 全力疾走をしたわけではないのだが、緊張もあってかかなり息が乱れてしまっていた。


「はぁ、はぁ……。ひどい目にあったな」

「す、すみません。私のせいで……」

「ましろのせいじゃないさ。そもそもは俺に非がある」


 確かに、とどめを刺したのはましろだったのかもしれないが、いくら謝りたい気持ちがあったとはいえあんな人前ですることではなかっただろう。

 とりあえず、あの場から離れてお互いに多少冷静になれたのでそこは良しとしよう。

 問題なのは、ましろのあの発言のことだが……。


「ま、ましろ。さっきのことなんだが……その、好きっていうのは」

「あっ、あぅ。そ、それは……」


 ついさっきの発言を思い出して、彼女は再び縮こまってみるみるうちに頬が染まっていく。

 その初々しい反応に、余計に俺の鼓動は速度を増していく。まさかとは思うが、本当にそういう意味で受け取ってしまっていいのだろうか?


「ほ、本当なのか?」

「……はい。私は、佐藤さんにしてもらうのは、その……好きです」

「え……し、してもらう……? な、何をだ?」

「? あ、頭を撫でてもらうこと……ですけど?」

「あっ……」


 思わず声が漏れる。不思議そうな顔でこちらを上目遣いで見てくるましろに、俺は耐え切れずに視線を逸らす。

 お、俺はなんて勘違いをしていたんだ……! 思わず自分の頭をひっぱたいてやりたくなる……が、ましろがいる手前いったん心の内だけにとどめておく。


「そ、そうか。嫌だったかって聞いたことへの返答か」

「は、はい。もしかして、他に何かありましたか?」

「いやいや何もないなんでもないぞ」

「そ、そうですか?」


 もうなんというか、ましろに合わせる顔がない。

 俺が聞いたことに精一杯答えてくれた彼女に対して、俺はなんて勘違いをしてしまっていたのだろうか。

 いやまあ、あのとき周りにいた人にとっては、勘違いをしても仕方ない状態ではあったと思うが……。


「ご、ごめんな。まさかあんなことになるとは思わなくて……」

「い、いえ。でも、本当に撫でられるのが嫌なわけではなくてっ」

「分かってるからっ。だ、大丈夫だから……」


 一度黙ってしまったことを負い目に感じているのか、ましろは今一度念を押してくる。

 俺からすれば、そのたびに自分の勘違いを突き付けられているようで心が痛んでしまうため、すぐに彼女をさえぎるように止めさせた。





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