06 占領するネコ様
その日仕事から帰ると、ましろが俺のベッドの上で眠っていた。
いつもは部屋の隅やソファの上でしかくつろぐことはなかったのだが、今日は何の気まぐれなのかそこに陣取っていた。
そしてもう一つ気になったのは、テレビの電源が消えていたことだった。
いつも仕事へ行く前に、ましろのためにテレビは付けっぱなしにしている。
記憶が間違ってなければ、今日も電源を付けて出かけたはずなのだが……。
もしかしたら、何かの拍子にましろがリモコンに触れてしまい電源を消してしまったのだろうか。
そのせいでやることがなく、俺のベッドにたどり着いたのだろうか。
カバンを置いたり服を着替えたりと少し物音を立ててもましろが起きる気配はなかった。
近づいて様子を伺ってみても、気持ちよさそうに体を丸めてすやすやと眠っていた。
日々のましろとのコミュニケーションが実を結び、俺の匂いに慣れてくれたという証拠だろうか。
それとも、単純にソファやカーペットとより寝心地が良かっただけだろうか。
このベッドは、俺が買ったものではなく両親から就職祝いに貰ったものだ。
内定が決まり一人暮らしを始めることを両親に伝えると、働き始めて何よりも大事なのは睡眠だと言ってかなり値段の張るベッドを買ってもらった。
その寝心地は値段にしっかりと答えており、実家の敷布団の何倍もの気持ちよさがあった。
お陰様で、いつも文句なしの快適な睡眠を取ることが出来ている。
だから、ましろがこのベッドを選ぶ気持ちも十分に理解出来る。少なくとも、俺の低予算で買ったソファよりも寝心地がいいことは確定している。
すっかり夢の中の世界に入り込んでしまってるましろの顔は幸せそうに緩んでおり、見ているだけで一日の疲れが浄化されていった。
しばらくは、その光景を眺め続けたり、スマホのシャッターにおさめたりと過ごしていたのだが、ふとスマホの時計が目に入り我に返る。
そろそろご飯やお風呂を済ませないと明日の朝に間に合わなくなる。
急いで夕飯の準備を始めて、途中で重要なことを思い出す。
俺の手にはましろ様のご飯。そして、そのましろは俺のベッドの上で熟睡中。
一緒にご飯を食べるためには熟睡中のましろを起こさなければならない。
とりあえずお皿に入れるまでは終わらせるが、やはりあんなに幸せそうに眠るましろを起こすのはさすがにはばかられた。
心を鬼にして「ましろ、ご飯だぞ」と声をかけてみるが、それにも反応はない。本当にぐっすりである。
ここまで来たら仕方ないと割り切り、先に一人でご飯を食べることに。
もしかしたら、ご飯の匂いで起きるかなとも思ったのだが、それすらもましろの睡魔には勝てなかった様子。
結局、俺がご飯を食べる終わるまでの間にましろが起きることは無かった。
最近はいつもましろと一緒にご飯を食べていたので、どことなく寂しさを感じた。
とりあえず、ましろ用のご飯はお皿に入れたまま置いておき、自分のことを済ませることに。
お皿を片付けてお風呂に入り、歯を磨いて髪を乾かす。そんなナイトルーティンをすべて終わらせる。
だが、部屋に戻ってもなおましろはそこにいた。
俺のベッドを気に入ってくれたことは大いに嬉しいのだが、ここまで起きないと少し心配もしてしまう。
時々体勢を変えたり耳をピクピクと動かしたりはしているので意識はあるみたいが、このままだと別の問題が発生する。
「俺の寝る場所……」
当然一人暮らしのこの家にベッドが二つもある訳はなく、生憎来客用の敷布団も置いていない。
あと残っているのは、残念ながらましろに選ばれなかった可哀想なソファだけ。心なしかソファが泣いている気がした。
「まあ、仕方ないか……」
さすがに床で寝るよりかはソファのほうがマシだろう。
俺はタンスからブランケットを一枚取り出して、それと一緒にソファに横になる。今日は俺が使ってやるから、元気出してくれ、ソファ。
すっかり体だけデカくなってしまった俺は、縮こまらないとソファに収まることが出来なかった。
いつもよりかなり寝苦しくはなりそうだが、今の俺の中では自分の睡眠よりましろのほうが大切なので苦ではない。
むしろ、俺のベッドであれだけリラックスしてくれているほうが嬉しいまである。
都合のいい解釈の仕方かもしれないが、少なからずこの家に慣れてきてくれたということではないだろうか。
場所を選ぶことなく休んでくれているというのは何よりもありがたいことだし、どこか安心出来る。
「おやすみ、ましろ」
そう一言口にしてから、部屋の電気を消して、スマホのアラームを確認して、俺は目を閉じた。