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59 ネコ様とショッピング


 ましろの眼鏡を購入した時点で今日の目標はすでに達成していたのだが、だからといってせっかくここまで来ているのにすぐに帰るのも勿体ないというもの。

 フードコートで腹ごしらえを終えたあとは、何か目的を持つわけでもなくショッピングモールの中を二人で歩くことに。


 普段、町中では見かけないような店が大量に並んでいるのを見るのは、俺としても新鮮で楽しい。

 それがましろともなれば、何倍もその景色は珍しく輝いたものに見えるのだろう。その景色に負けないほどに彼女の目は輝いていた。


「あ、あれは何のお店なんでしょうか」

「あれは雑貨屋だな。ジャンルを問わず物を売ってる店だ。入ってみるか?」

「は、はいっ」


 何の変哲もない普通のお店でも、ましろは興味津々の様子で入っていきキョロキョロと店内を見渡す。

 これまでは家の中のましろの姿しか見てこなかったため、こんなにも彼女が世間知らずだとは知らなかった。

 世間知らずといっても決してネガティブな意味ではなく、むしろこんな無邪気な反応をしてくれるのはすごく楽しい。


「何か気に入ったものがあったら教えてくれ」


 アクセサリーをはじめ、ぬいぐるみやクッション、筆記用具に食器など。多種多様な雑貨が隙間なく置いてある店内。

 迷路を進むように見て回るましろの後ろをついていきながら、そう彼女に声をかける。

 せっかくここまで来たんだ、記念におみやげの一つや二つ買っていくのも悪くないだろう。


「……佐藤さん、教えたらそれ買ってしまいますよね?」

「そうだな、特別高くないものならそのつもりだが」

「じゃあ、教えてあげません」

「なんだよ、それ」


 なぜかましろは不満そうに唇を尖らせて、つーんと顔をそむけてしまう。気づかないうちに何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。

 なんだか、今日はいつもに増して彼女の思考を読めないことが多い気がする。


 結局雑貨屋ではこれといって気になったものはなかったらしく、何も買うことはなく店を出た。

 もしかしたら、本当は気に入ったものがあったのかもしれないが、ああ言われた以上真相は分からない。


 そのあとも書店や楽器屋、洋服店と色々なお店を回っていく。

 相変わらず目をキラキラさせながら歩くましろを見ているのは楽しかったし、彼女の質問に答えながら会話も弾んで有意義な時間も過ごせた。


 しかし、その中で彼女が何かが欲しいというような発言や素振りは一度も見せなかった。

 そのことがそこまで心に引っかかっているわけでもないのだが、なんとなく距離を置かれているように感じてしまう自分がどこかにいた。


「ましろ。もしかして、遠慮してるか?」

「そんなことないです」

「いや、あるだろ。さっきだって興味深そうに下着売り場を」

「ちっ、違いますから! あれに関しては本当に違うんですっ」

「あれ以外に関しては?」

「そ、それは……」


 気まずそうにゆっくりと目をそらすましろ。ましろがわがままを言うタイプではないことも、基本俺に対して遠慮気味なことも知っている。

 でも、今日はそもそも俺に付き合ってもらってここまで来てもらっているのだ。彼女に何かお礼をしたい気持ちがあって当然なのだ。


「……今日は、すでにこの眼鏡を買っていただいたんですよ」

「それは、俺が勝手に買ったようなものだろ?」

「それだけじゃないです。こうして、佐藤さんと一緒に色々な世界も見ることも出来ました。十分過ぎるくらいです」


 きゅっと両手を胸に当てながら、心の底から噛みしめるようにして優しい表情と声色でその言葉を俺に伝えてくれる。

 ましろの言葉に嘘があるようには見えない。そもそも彼女はこういったことで嘘をつくことはない。


「私は佐藤さんとこうして一緒にいられるだけで、すごく幸せなんです」

「っ……」


 ましろの言葉を聞いて、一瞬にして顔が赤熱したのが自分でも分かった。無性に恥ずかしさがこみあげて、次は俺のほうが目をそらす番だった。

 そんな恥ずかしいセリフさらっと言っていしまう彼女はズルい。そんなことを言われたら、何の反論も出来なくなってしまう。


「……わ、分かった。悪い、野暮な質問をした」

「いえ、そんなことは。それに私は、佐藤さんのそんな所が……」

「……そんな所が?」

「な、なんでもありません」


 なぜか最後の最後にましろは端切れを悪くする。そんな所が、なんなのだろうか。

 少し気になるところではあるが、現状ましろにあまり面と向かって顔を合わせられないため深く追及はしない。


「つ、次の店行こうか」

「そ、そうですね」


 少し微妙な雰囲気になっていしまったので、気を取り直してましろに声をかけて再び歩き始める。

 そんな雰囲気も、ほんの少し時間がたてばいつも通りに戻っていた。それが妙に心地よくて、心をくすぐられているような感覚がした。


 しばらく歩いた後、先程とは別の洋服店に入る。店の風貌は全く異なっており、違ったジャンルの服がたくさん置いてあった。

 どちかといえば、若者向けの流行に沿った品ぞろえといった雰囲気を感じる。


 前にましろの服を買ったことがあったが、あの時はいまどきの流行も知らないまま当たり障りのない洋服を購入した。

 もし、ましろがおしゃれを気にするタイプであれば考えようだったが、彼女はあまりそういうことにこだわりはないらしい。

 というか、彼女の場合は何を着ても似合ってしまう。俺のセンスのなさもそれに助けられたのかもしれない。


 特に何を買うわけでもなく二人で見て回っているだけだったのだが。さすがは流行に敏感な店、店員さんのスペックも高いようで。


「いらっしゃいませ~! 本日は何かお探しですか~?」


 びっくりするくらいの満面の笑みで話しかけてくれる店員さん。

 俺は、こういった店員さんも特段苦手なわけではないが、ましろはびっくりしたのかきゅっと俺の近くに寄って袖をつかんできた。

 その様子を店員さんも見ていたらしく、うふふと口に手をあててほほえましそうな表情を浮かべる。


「もしかして、彼女さんの服をお求めですか?」

「かっ、かの?!」


 悪意は全くないであろう店員さんの勘違いに、横にいたましろが声を漏らす。

 年の差があるにせよ、ほかの人から見ればそういう勘違いをされてしまうのも仕方のないことかもしれない。


「いえ、少し時間つぶしに見ていただけで。冷やかしみたいになってすみません」

「そうでしたか~、失礼しました。では何かあれば、お声がけくださいね~」

「はい、ありがとうございます」


 正直に伝えれば、店員さんもそれ以上は聞いてくることはなく、店の奥へと戻っていった。

 問題はましろのほうだ。さっきから俺の腕にぴったりとくっついたまま動かない。

 イメージ通りというか、ネコらしいというか、結構人見知りなところがあるのかもしれない。だとするとさっきの店員さんは少しハードルが高かったかもしれない。


「ましろ、大丈夫そうか?」

「えっ。あ、はい。大丈夫……です」


 ましろはどこか上の空で、ぽーっと虚空を見つめているようだった。多分、あまり大丈夫そうではないと思うが……。

 声をかけても空返事しかもらえなく、結局その洋服屋の中ではずっとその調子のままだった。





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