58 ネコ様との昼食
無事にましろの眼鏡を購入し終えたあと、時間的にもそろそろ昼食時だったためそのまま昼食をとることに。
眼鏡屋から少し歩いたところにあるフードコートに入り、人の数に圧倒されつつ隅っこの席を二つ確保してましろと向かい合うように座る。
ちなみに、昼食に購入したのは大手チェーン店のハンバーガー。俺は特にこだわりがあったわけではないが、珍しくましろのほうからリクエストがあった。
なんでも、この手のものは一度も食べたことがなく、テレビやスマホの広告で見たときから気になっていたらしい。
料理や家事をやらせれば完璧なましろだが、こういった世間知らずな一面があるのは見ていて面白い。
家でご飯を食べる時と同様に二人一緒に手を合わせてから、彼女より先に俺は勢いよくハンバーガーを頬張る。
これぞファストフードと言わんばかりの大雑把な味付けが口の中に広がる。
大雑把だからと言ってそれが負の方向に作用しているわけではなく、何とも言えない満足感と幸福感が口の中を満たしていた。
ましろはそんな俺を観察した後、恐る恐るハンバーガーを口の中に入れる。
小さな口と、あくまでも上品な食べ方する作法のおかげであまり上手には食べられていなかったが、見る見るうちに彼女の表情が変化していく。
「お、おいしいです……」
「それはなにより」
普段クールなましろだが、何にでも興味津々なネコらしい一面はしっかりと持ち合わせている。
初めてのハンバーガー体験は成功を収めたようで、相変わらず少し不器用ながらもおいしそうに食べ進めていく。
そんな幸せそうなましろを見ていると、不思議と俺も食欲が増してくる。
しばらくの間、二人で大した会話をするわけでもなく黙々とハンバーガーを食べるだけの時間が流れていたが、ふと彼女の口元に視線が向く。
慣れない食べ方をしているせいか、それともましろの口が小さいせいか、中身の具がはみ出したらしい。彼女の口元にケチャップがついてしまっていた。
普段のましろであれば、すぐに自分で気づいて拭き取るはずだが、すっかり新しい食べ物に夢中になっているようでそのまま食べ進めていた。
「ましろ、ちょっと動くなよ」
「え?」
片手を彼女の頬にあてて顔の動きを止める。そして、もう片方の手を口元に伸ばす。
いきなりのことにましろは動揺した様子だったが、俺の手がそのまま唇に触れると彼女はぎゅっと目をつむる。
「んっ……」
「はい、取れた」
付いていたケチャップをやさしく拭ったあと、状況が読み込めずに目を開いたあとも首を傾げるましろにそれを見せてやる。
そこまでするとさすがに状況を理解したらしく、みるみるうちに彼女の頬が赤く染まっていく。
「ご、ごめんなさい、私……っ!」
「おいしいのは分かるけど、落ち着いてな。喉にでも詰まらせたら大変だ」
ましろの手料理を食べる時には彼女からいつも言われることだが、まさかそれを俺のほうから言う日が来るとは思わなかった。
ましろは「は、はい……」と返事こそするものの、恥ずかしさのあまりか食べ進めていた手を止めて目を合わせてくれない。
もいくら一緒にいる時間が長くなってきたとはいえ、少しやりすぎてしまっただろうか。
「……もしかして馴れ馴れしかったか?」
「い、いえ。別にそんなことは……」
「そうか? ならいいんだが」
相変わらずあまり目を合わせてくれないましろだったが、俺の問いかけには答えてくれる。
かれこれ、20年近く生きてきたが、年頃の女の子の気持ちを理解できるような能力はまだ持ち合わせていない。
ましろとの生活で多少身についてきたかとも思っていたのだが、俺のセンスがないのか彼女が大人びているせいなのか。まだまだ、お世辞にも気遣えているとは言えないレベルのまま。
漠然とそんなことを考えながら、俺は指についたケチャップを舐めとる。
スパイシーな味わいが口に広がるとまた食欲がそそられて、俺は再びハンバーガーを頬張り……。
「──っ!」
その瞬間、ましろが俺を見ながらこれでもかと目を見開いていることに気づいた。顔は先程にも増して赤くなり、耳までも同じ色に染めている。
「ど、どうかしたか」
「……な、なんでもありませんっ」
そのままぷいっと顔を背けてしまうましろ。なんでもないはずがないと思うんだが、彼女は答えてくれない。
やはり、女の子の気持ちを理解するにはまだまだ経験が足りていないらしい。うーん……難しいものだな。
口を聞いてくれないのはさすがに心が痛むのでとりあえず謝罪をしておくが、彼女は「怒っているわけではありません」のと眉をひそめて吐き捨てるような一点張り。
いや、怒ってるじゃないですか……。
結局ご飯を食べ終わるまで彼女の機嫌が直ることはなかったが、不満そうな顔をしながらもおいしそうに食べてくれていたので、そこに関しては安心する。
「……ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。口に合ったようで良かった」
「はい、すごくおいしかったです。ありがとうございます」
お礼を言われることなんて何一つもしていないのに、ましろは頭を下げてくる。
異性と二人のお出かけ、一般世間からすればデートと言っていい状況からすればあまりムードがある昼食の内容ではなかったかもしれない。
しかし、こんな特別じゃないものでもましろは興味を持ってくれて、おいしいと言ってくれて、そして喜んでくれる。
それが何よりもうれしくて、思わず俺は彼女の頭に手を伸ばしてそのさらさらの髪を撫でる。
「さ、佐藤さん……ど、どうかしたんですか?」
「こちらこそ、ありがとうな」
「……?」
女の子の髪を気軽に触ることも本来なら自重すべきことだろうが、俺は構わず撫で続ける。それ以外でましろにこの気持ちを伝えられる方法が見つからなかった。
彼女は不思議そうな顔こそ浮かべるが、嫌がることなく受け入れてくれる。それがまた、俺の心を高揚させて頭を撫でる手を加速させた。




