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57 ネコ様と眼鏡


 ましろと一緒にコンビニで買ったお菓子を食べた次の日、俺と彼女はショッピングモールに来ていた。


「ひ、人がたくさんです……」

「休日だとはいえ、たしかに多いな……」


 ここは、俺たちが住んでいる地域では最大級規模のショッピングモール。それが休日ともなれば、あまり人口の多くないこの町でもかなりの人が集まる。

 普段こういった場所に来ることはないので、見渡す限りの群衆に驚かされる。

 俺がそんな感想を持つくらいなので、ましろからすればこの光景はとてつもない衝撃だろう。


「こんなにも多くの人が集まるんですね……」

「大丈夫そうか? 無理はするなよ」


 今日は、俺のほうからましろを誘い、このショッピングモールへやってきた。

 もちろん無理やりではなく、彼女の賛同もあって今日をむかえたわけだが、人込みにあまり慣れていない彼女の体調はどうしても心配になる。


 正直なところ、ましろにとってまだこういった人のたくさん集まる場所に来るには早すぎた気もする。

 とはいえ、せっかくここまで連れてきた挙句今さら引き返すのも違うだろう。それに、彼女は驚いた表情こそ見せても、不安そうな気配は一切なく新しい世界に興味津々といった様子だった。


「佐藤さん、今日は何か買う予定があるんですか?」


 ましろと少し店内を歩き始めてすぐにましろからそんなことを聞かれる。

 昨日の時点ですでに食品や生活必需品の買い物は済ませている。今日わざわざショッピングモールまでやってきたのにはちゃんと意味がある。


 ましろには「ちょっとな」とだけ伝えて、先導するようにモール内を歩いていく。以前からお世話になっているそのお店の前に来ると彼女は首を傾げた。


「ここは……?」

「誰でもなんとなく知的に見えるようになる魔法の装備品だ」


 俺は、入り口近くに置いてあった商品を適当に手に取り、それをかけてましろのほうへ振り向く。


「眼鏡、ですか……?」

「ああ、今日はこれを買いに来たんだ」


 近所の眼鏡屋だとこのショッピングモールが一番近いのだ。頻繁に利用することこそないもののいざ必要になったときはこの店舗を利用している。

 だが俺自身は普段眼鏡をかけておらず、コンタクトを使っている。使うのは仕事をしている時だけ。

 つまるところ、度の入っていないブルーライトカットの眼鏡を仕事中に使っているのだ。


「佐藤さんの眼鏡姿、初めて見ました」

「どうだ、似合ってるか?」

「はい。とってもお似合いでかっこいいですよ」

「えっ、あぁ……ありがとう」


 優しい笑顔で返してくれるましろに、思わず返答につまずく。ほんの冗談のようなノリで聞いてみたのだが、思った以上のストレートな返しに動揺してしまう。

 お世辞で言ってくれていることは分かってはいるものの「かっこいい」なんて言葉を言われること自体に慣れていないせいか、なんとなく居心地が悪くなってしまう

 俺が一人でどぎまぎしている中、ましろは店内を散策しにいっていた。


「こんなにもたくさん種類があるんですね……」

「気に入ったデザインとか、ありそうか?」

「うーん、そうですね…………これなんてどうでしょうか?」


 彼女はしばらく悩んだ後、ケースの奥に置いてあった眼鏡を手に取る。

 黒を基調とした色合いで、目立つすぎない全体的に細めのフレーム。

 シンプルで俺目線で言えばすごく好印象だが、女の子が選ぶにしては少し地味な気がする。


「佐藤さん」

「ん?」


 ましろから名前を呼ばれて意識を戻すと、彼女は手招きするようなジェスチャーをして俺を見上げていた。

 すぐ近くに来てもジェスチャーを続ける様子をみるに、少し姿勢を低くしてほしいらしい。

 素直に彼女の意志にしたがって腰を曲げると、ましろは手に取った眼鏡を俺の顔にかけてきた。


「良くお似合いです」

「いや、そうじゃなくて」

「お気に召しませんでしたか?」

「そんなことはない。そう言ってくれるのはうれしい……が、そうじゃない」


 きょとんとした顔をするましろに、仕返しだといわんばかりに自分のかけていた眼鏡を次は彼女の顔にかけてやる。

 ましろからしてみればおじさんな俺に似合うものが、若い女の子に似合うとは思っていなかったのだが、意外や意外そんなことはなかった。


 普段眼鏡をかけていない彼女がつけているというギャップはもちろん、シンプルなデザインゆえに彼女のかわいさを残したままいつもとは違う魅力も引きだしていた。

 特段眼鏡フェチというわけでもないはずなのに、自分でも驚くほどにましろの姿に見とれてしまっていた。


「うん、ましろもよく似合ってる」

「あ、ありがとうございます……?」


 困惑している様子のましろは、初めての眼鏡に戸惑いつつ近くに置いてあった鏡の前に立って自分の姿を確認していた。

 そんな彼女に、思わず事細かい感想を口走りそうになるが、ギリギリで踏みとどまる。……それそこ眼鏡フェチの烙印を押されてしまいそうだ。


 しばらく鏡と見つめあっていたましろは、まんざらでもなさそうな顔をしつつも、どこか困った表情でこちらに振り向く。


「どうした、やっぱり気に入らなかったか?」

「い、いえ。そんなことは……で、でも、今日は佐藤さんの眼鏡を買いに来たんですよね?」

「ん? いや、そんなつもりはないが?」


 俺がしれっと答えると、どういうことだと言わんばかりにましろは目を丸くする。そんな表情は初めて見たため少しだけ得をした気分になる。


「そ、それなら、今日はどうしてここに?」

「今日買う予定だったのは、ましろ用の眼鏡だ」

「わ、私ですか……っ?」


 最近ましろはよく画面を見つめてることが多い。テレビにしろスマホにしろ、前に比べればかなりその時間は増えている。

 それ自体は俺が与えたものだし、悪いことだとは全く思っていない。

 でも、これまでそういったものに慣れていなかった彼女が、急にそんな環境になれば多少たりとも目には負担がかかっているだろう。


 だから今日、このショッピングモールの眼鏡屋にやってきた、という根端なのだ。


「でも私、別に目は悪くありませんが……」

「これから悪くなるかもしれないだろ。だから、これだ」


 そういって近くに置いてあったパンフレットのようなものを手に取って、ブルーライトカットの説明が書かれたページを見せてやる。

 賢い彼女はすぐに俺の意図を察してくれた様子……だが、納得はしてくれていないのか困った表情を見せる。


「でも、わざわざそこまでしていただかなくても……」

「いいんだよ、俺がまいた種でもあるんだし。それに……」


 俺は今一度彼女の姿を瞳に焼きつける。

 雪のように綺麗な髪とシックな黒いフレームがバランスよく調和し、彼女の茜色に淡く輝く瞳をより鮮明に映し出す。

 なによりもその姿が魅力的で、気づけば不純な理由も心のどこかにできていた。


「すごく似合って、かわいいと思うから」

「──っ」


 俺の言葉に、ましろはほのかに頬を染める。さっき俺が「かっこいい」と言われた仕返しも兼ねていたのだが、思っていた表情が見れて満足である。

 しばらく彼女は悩んだ様子でうなっていたが、今一度鏡とにらめっこをした後、あきらめたようにため息をついた。


「そ、そこまで言うのでしたらお言葉に甘えさせてもらいます……」

「よし、決まりだな」


 そうして俺は、満足げにましろに笑いかけたあと、足取り軽く店員を呼びに行くのだった。





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