56 ネコ様とお菓子
最近、ましろと一緒に外へ出かけることが増えてきた。
少し前に散歩とお買い物に付き合ってもらったあの日から、そういったちょっとした外出時にはいつもましろを誘うようにしている。
もちろんましろ本人が望むならという前提でいたし、無理をしない範囲でとは伝えておいたが、いつもましろは喜んでついてきてくれる。
それどころか、本当について行っていいのかと聞いてくる。そろそろそんな遠慮はなくしてほしいとも思いつつ、彼女らしいと安心もしてしまう。
俺としては、いつも一人でただ軽く体を動かすだけだった散歩が、ましろとの一緒に過ごせる有意義な時間に変わった。
買い物に関しても、俺よりも断然ましろのほうが知識があるので、いてくれるだけでものすごく助かっている。
とある休日、いつものようにましろとの散歩に出かけていたのだが、今日はいつもの散歩コースから寄り道をしていた。
いつもであれば近所の公園を一周してすぐにスーパーへ向かうところを、ちょっとした野暮用のために近くのコンビニにやってきていた。
「店内はこんな感じなんですね……」
「コンビニに来るのは初めてか?」
「実際に入るのは、そうですね」
興味津々といった表情をしながら、キョロキョロと店内を見渡すましろ。
普段は家事に関してすごく頼りになる彼女だが、こういった何にでも興味をもつネコらしい一面を見せられると何とも言えない庇護欲を掻き立てられる。
「俺は用事を済ませてくるから、自由に見てきていいぞ」
「はい、ありがとうございますっ」
そわそわした様子のましろにそう声をかければ、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべてお礼をしたあと、さっそく店内を散策しにいった。
その背中を見送った後、俺はレジに向かう。休日だからなのかレジには数人のお客さんが並んでいた。
少し時間を取られつつも支払いを済ませて、ましろを探しに店内を歩いていると、すぐにその姿を見つけた。
彼女は、意外にもお菓子売り場で腰を下ろして棚を眺めていた。
スーパーに比べればかなり狭い店内であるが、その品揃えの数はなかなかのものだ。
お菓子に関して言えば、取り扱っている種類はスーパーにも負けない豊富さだろう。
「こんなにもたくさんも種類があるんですね」
「確かにな。何か欲しいものあるなら買ってやるぞ」
「い、いえっ。別にそんなつもりで見ていたわけでは……」
首を横に振るましろ。しかし、そんなことを言いつつも、微妙に目が泳いでいることに気づくのは容易だった。
それはまるで、育ちが良すぎるがゆえにうまく甘えられない子供のようで、。
「よし、じゃあ……これとこれ、あとこれも買っていこうかな」
「で、ですので、そんなつもりは……!」
そんなましろを前に、あえていくつかお菓子を選んで抜き取っていくと、余計に慌てふためいた様子で制止してくる。
「なんとなく、俺が食べたくなっただけだ。それならいいだろ?」
「……佐藤さん、普段は全然お菓子なんて食べないのに」
「き、今日はそういう気分なんだよ」
不満そうなましろを無視して、ピックアップしたお菓子たちを持って再びレジに並び会計を済ませる。
そのあとは、いつも通り食材を買うためにスーパーへ向かい、ましろに先導されて買い物をしていく。
……なんだか、いつもよりも俺の好物の料理の食材ばかりカゴに入れられているように感じたのは気のせいだろうか。
帰宅して買い物の片づけを終わらせると、時計の針はちょうどおやつの時間を指していた。
早速コンビニで買ってきたお菓子を取り出し、今日の間食として食べてしまうことにする。
ましろも一緒に食べようと誘ったのだが、案の定彼女は乗り気ではないようで、訝しげな顔をしていた。
「……小腹が空いたのであれば、言っていただければ何か作りますよ?」
「それは魅力的な提案だが、たまには楽をしてもいいんじゃないか」
「佐藤さんのためにすることで、苦しいことなんてありません」
真顔でそんなことを言い始めるので、俺は何も言葉を返せなくなってしまう。
たしかに彼女に頼めば、店に売っているどんなお菓子よりもおいしいものを作ってくれそうではある。
少し前に彼女と一緒にクッキー作りをした時も、初めてとは思えないほど綺麗でおいしいものが出来上がっていた。
俺のために尽くしてくれることはもちろんうれしいことだが、もう少し甘える──肩の力を抜いてほしい。
「ましろの今後のお菓子つくりの参考として、市販品を味わうというのも必要なんじゃないか?」
「佐藤さん、それっぽいことを言えば言いくるめられると思ってませんか」
「よし。そうと決まれば、一緒に食べて研究してみるとするか」
「わ、私はまだ何も……!」
「ほらほら、遠慮せずに」
いまだにお菓子を食べることを渋るましろに、俺は無理やり彼女の手を引いてソファに連れていく。
乗り気では無かった彼女も結局押しには弱いらしく、俺の隣に座らせてやると「仕方のない人ですね」などと言いながらもお菓子を手に取ってくれる。
ましろは手に取ったお菓子をしばらく観察した後、確認を取るように俺のほうに視線を向けてくる。
俺は彼女が手に取ったものと同じお菓子を口へ運ぶ。しっかりと味わうように咀嚼すると、甘い香りが口の中に広がる。
「ん、うまい」
ましろの言う通り普段は本当に市販のお菓子なんてものは食べない生活を送っている。
特に健康志向な意味合いは全く無く、昔からあまり食べてこなかったというだけの話。
だからこそ、久しぶりにお菓子を食べると、なかなかに感慨深い感覚がして自然と声が漏れる。
その様子を見ていたましろは、今一度俺の顔と手に取ったお菓子を見比べた後、覚悟を決めたように口の中に放り込んだ。
「……んっ!」
その瞬間、ましろは目を見開いて表情をぱっと明るくする。その表情だけで俺は無性にうれしくなり、彼女につられるように俺も頬を緩める。
彼女はそんな俺を見てばつが悪そうな顔をして、口はもぐもぐと動かしながらすぐに目をそらす。
「どうだった?」
「……なんだか負けた気がしますけど、その……おいしかったです」
「それはよかった」
無理やり言わせてしまったようにもなってしまったが、その言葉が嘘というわけでもないのは分かった。
そのあとは、俺も彼女も買ってきたお菓子をそれぞれおいしく食べて進めたが、その途中で彼女は手を止める。
そして微かに頬を膨らませて、どこか納得できないといった様子でお菓子を見つめていた。
やはり口に合わなかったのかとも思って聞いてみるが、彼女は首を横に振る。
「すごくおいしかったです。佐藤さんが食べたくなるという気持ちもよく分かりました」
「そうか? それならいいんだが……」
「 」
「え?」
何かましろがつぶやいた気がしたがその言葉は俺の耳には届かず、聞き返してもすぐに彼女は熱心にスマホで調べものをし始めていて彼女は答えてくれなかった。
何をしているかのは分からなかったが、食い入るようにスマホを見る彼女を見て俺はあることを思いつく。
そして明日の休日も予定が入っていないことを確認してから、俺は満を持して彼女に話を切り出した。




