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53 膝の上のネコ様


 気づくとましろは俺の膝の上で丸くなったまま、すやすやと寝息を立てていた。

 気を許してくれている嬉しさと、どう対応していいかの気まずさで葛藤しているだけで時間がどんどんと過ぎていく。


 幸いこの週末は三連休のため明日も引き続き休みだ。

 とは言うものの、最近はましろのお陰で早寝早起きな習慣が身についているわけで、正直眠気がだいぶ回ってきている。


「ま、ましろ〜?」


 軽く背中をぽんぽんと叩きながら声をかけてみると、ましろはもふもふな耳をぴくっと動かす。

 ふぅ……と安堵のため息をついた俺だったが、彼女がその後体を起こす様子はない。

 重ねて問いかけてみるが、ついには全く反応が無くなる。万策の枯渇である。


「(お風呂、入りんたいんだけど……)」


 ましろが膝の上に乗っていては当然ソファから動くことは出来ないわけで、風呂場までもたどり着けない。

 別に抱き上げて退かしてしまえばすべて解決ではあるのだが、物理的な行動で起こしてしまうのは可哀想という気持ちがある。


 ……それと、ましろがこうして寄り添ってくれている状況を終わらせるのが勿体ないと思ってしまっている自分もいる。

 そんなどうしようもない状態のまま、ただただましろの寝顔を見守るだけの時間が過ぎていく。



 とはいえ、悪いことばかりでは無い。ネコの姿をしたましろがこんなにも至近距離で眠っているのを見るのは久しぶりだ。

 相変わらず、ましろはかわいい寝顔で眠っていて、人の姿で寝ているのとはまた違ったかわいさがあった。


 そこでふとあることを思い付き、ポケットからスマホを取り出す。

 そのままカメラアプリを起動して、今度は逆に彼女を起こさないようにそーっと彼女の顔へレンズを向ける。

 そして、俺は躊躇いなくシャッターを切った。


 ここ最近はましろがネコの姿になることが前より減り、ネコ状態だとしてもあからさまにカメラを向けるのもはばかられるので写真はあまり撮っていなかった。

 そのおかげで、いつも榊原およびその彼女である綾乃さんからの催促が止まらない。


 俺自身としてもましろの写真を撮ることは好きだったし、それを通勤時などに眺めるのは日課になっていた。

 結果として、スマホのネコフォルダの容量が増えるのは誰にとってもメリットしかないわけで。

 ピンチはチャンスだと言わんばかりに、俺はましろのかわいい寝顔をどんどんとレンズに収めていく。


 最新の写真一覧のページがましろの寝顔で埋め尽くされた頃には俺自身の眠気はもうすぐそこまで迫ってきていて、目を閉じればすぐに意識を失いそうなほどだった。

 すでに俺の体は、お風呂に入ることすら躊躇うほどに脱力しきっていて、ソファから立ち上がることを睡魔が拒んでいた。


「(明日の朝に入ればいいよな……)」


 自分にそんな言い訳をすると、自然と体もそれに従いゆっくりと眠気に飲み込まれていく。

 俺は膝の上に乗ったましろの体に手を置いて、その温もりを感じながら夢の世界へと入ってくのだった。



 * * * 



 窓から差し込む朝日で目が覚めると膝の上の温もりはなくなっていて、その代わりに一枚のブランケットがかけられていた。

 顔を上げて部屋を見渡してましろを探すと、彼女は何食わぬ顔でいつもと同じように朝食の用意をしてくれていた。


 ソファから立ち上がりましろに声をかけると、特に変わった様子はなく至って普通なトーンで「おはようございます」と返事をくれる。

 朝の寝ぼけた頭だとしても、昨晩の記憶は鮮明に残っているわけで。俺としては全くもって心が落ち着かないばかりに、なんとなく彼女の様子が腑に落ちなかった。


「えと、ましろ。その……昨日のことなんだが」


 思い切ってその問いを口にすると、彼女はぴくっと体を硬直させて気まずそうに目を逸らした。

 ……どうやら、ましろ自身も何かしら後ろめたい気持ちがあるらしい。

 さも気にしていないような態度を見るにあまり触れてほしくない事のようだが、言いかけた手前ここで引くわけにもいかない。


「えっと……昨日はなんで膝の上に乗ってきたんだ?」

「そ、それは……。その、無かったことにとか……」

「残念ながら」

「う、うぅ……」


 声を萎ませて、恥ずかしそうにうつむくましろ。

 心無しか耳もしゅんとさせていて、少しだけ良心が痛んだと同時にその姿がちょっとかわいいとも思ってしまった。


「ご、ごめんなさい。迷惑をかけてしまって……」

「あ、いや。嫌だったとかではないんだ。びっくりはしたけど、むしろ逆というか……」

「好きなんですか……?」

「そ、その聞き方はズルいだろ……」


 変にましろをフォローしようとした結果、逆に彼女のほうから突っ込まれ思わずたじろいでしまう。

 本人を目の前にしては絶対に言えないが、正直なところましろが膝の上に乗ってきたことはかなりうれしかった。

 しかし、それを好きだと表現するのはさすがに恥ずかしすぎるし引かれてしまいそうだ。


「昨晩は、その……少し動揺していたというか意地を張っていたというか……」

「意地……?」

「と、とにかく深い意味はないので忘れてくださいっ」


 あまりしっくりとくる回答はもらえなかったが、これ以上聞くのはましろに悪いし、先程のように逆に墓穴を掘ってしまいそうなのでやめておく。

 しかし、何か理由があったにせよあんな風に接してくれるようになったのは大きな変化だと思う。


 もともとましろは、抱っこされたり撫でられたりするのは嫌がるネコだった。

 一緒に生活をする中で本当に少しずつ距離は縮まっていき、気づけば彼女は人の姿になって今では俺にとってなくてはならない存在になっていた。

 一度ましろに甘やかされる日々を送ってしまえば、もう彼女がいなくなったときの生活が想像出来ない。


 ましろと出会うまでの数年間、一人暮らしをしていた大人がそんなことを思ってしまうのは情けない限りだが、それほどまでに彼女の甘やかし術は抗いがたい。

 はじめに胃袋をつかまれて、いつの間にか掃除も洗濯も彼女がこなしてくれるようになって、いつも自分のことより俺のこと優先してくれて。

 そんな彼女との生活は、さながら夏場のクーラーとアイス、冬場の炬燵と蜜柑のような抜け出せないループだった。


 この先の未来、彼女との生活がまだ変化していくかはまだ分からないが、少しでも彼女が幸せでいられるように俺も頑張らなければいけない。

 具体的なことは何も見えてはいないが、漠然とそんなことを考えながらエプロン姿の彼女の背中を見つめるのだった。




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