52 ネコ様とお土産
その日の夕飯は、俺のリクエストであるオムライスの他にサラダやスープが並び、それはもうすごく美味しかった。
せっかくのチャンスをオムライスにしてしまったのは悔やまれるが、十分においしいものは頂いたので大いに満足だ。
特別これといってオムライスが好きな訳では無いのだが、卵料理ばかり食べていた幼い頃の記憶が蘇ってきてほんの少しだけ実家が恋しくなった。
「ごちそうさま。ありがとうな、ましろ」
「いえ。お互い様ですよ」
ましろの作る料理は不思議なもので、見た目は女子高生のくせに、妙におふくろの味っぽさが強いのだ。
バランス良し、見た目良し、味付けも濃すぎずあっさりと、本当にベテランの料理が毎日出てくるのだから驚きである。
ましろ曰く、彼女には料理や家事などに関して教えてくれた師匠のような存在がいたんだとか。
普段の家事全般においてのテキパキさを見るに、ましろの主婦力はその師匠さんの教えがあってこそなのだろう。
「そういえば、冷蔵庫に見慣れないお菓子が入っていましたが」
「ああ、会社で貰ったお土産だ。自由に食べていいぞ」
どこのお土産だったかは忘れてしまったが、この間の件のお礼だなんだと先日に同僚から渡された。
あまり会話はしたことが無い年下の女性の人だったが、先週あたりに彼女の業務がかなり立て込んでいて少しだけ仕事を手伝ってあげる場面があった。
おそらく、それに関してのお返しという意味なのだろう。なんというか、随分と律儀な人らしい。
ましろからもお土産のことを聞かれたのでその話をしてやると、何故か彼女はどことなく微妙な表情を浮かべる。
「え、どうかしたか、ましろ」
「いえ、別に。佐藤さんが良ければ、食後のデザートにでも食べましょうか」
「あ、ああ。そうするか」
何か彼女の地雷を踏んでしまったのかと勘ぐるが、すぐに立ち上がってお土産を取りに行ってしまった。
俺もすぐにそのあとを追って、小皿とフォークを用意して机に戻る。ましろは包装を丁寧に剥がして、中身をそれぞれの皿に置く。
ちなみにそのお土産は、周りにこし餡がたっぷりと付いた卵ほどの大きさの餅菓子。
俺は過去に似た者を食べたことがあったが、ましろは興味深そうにその見た目を眺めていた。
「初めてか? こういったお菓子は」
「変わった見た目ですね。おいしそうではありますが」
「少しだけ食べにくいが、甘くておいしいぞ」
ましろはしばらくお菓子と見つめあったまま動かなかったので、先に俺が一口食べることに。
中のお餅と一緒にこし餡を口の中へ放り込むと、上品なあんの甘さと口触りに包まれ口が幸せで満たされる。
そんな俺を見てから、ましろも少し恐る恐るといった様子で食べ始める。
「んっ……!」
ましろがお菓子を口にした途端、彼女の目には驚きの感情が写り口を抑える。
そして、ゆっくりと咀嚼するごとにどんどんと彼女の表情は柔らかくなっていき、幸せそうに頬を緩めた。
「……かわいい」
ましろを見て、自然とそんな感情が湧き出た。
容姿的にかわいいなんて言うのは今更野暮なことだが、食べ物を口に入れて幸せそうな顔をする彼女にとても愛らしさを感じた。
初めて買ってきたサーモンのお刺身を食べてくれた時も、たしかこんな気持ちだった気がする。
「………」
しかし、一つだけ問題なのは、その感情を思わず口に出してしまっていたことだった。
机を挟んだただけのこの距離でその言葉がましろに届かない訳もなく、彼女は咀嚼を終えたあとも黙りこくったまま。
……これこそ、本当の地雷だったのかもしれない。
「悪かった。嘘を言った訳では無いんだが、軽はずみで言う事じゃなかったよな……謝る」
散歩や買い物の一件で、いつの間にか距離感が分からなくなってしまっていたかもしれない。
ましろがどう思うかどうか以前に、異性に対して反応に困るような言葉だったことは確かだ。
20過ぎなんて女子高生くらいの年齢からしたらもう立派におじさんなわけで、これまでも注意してきたつもりだったんだが気が抜けていた。
ましろの表情はあまり変わったようには見えなかったが、相変わらず言葉は返してくれない。
「ましろ……?」
「お、お先にお風呂いただきますね」
「え。あ、ああ」
お皿にお菓子を残したまま、彼女はそそくさとお風呂に行ってしまった。いつもはもう少し時間を潰してから入っているのだが……。
原因を作った張本人は自分なわけで、俺は生返事しか返せずにましろの背中を見送った。
ましろがお風呂から上がり脱衣場の扉が開くと、そこからは真っ白な毛を全身に纏ったネコが出てきた。
「え、ましろ?」
「……にゃぁ」
いつもであれば、俺がお風呂に使っている時にいつの間にかネコの姿になっているのだが、このタイミングは初めてだった。
ソファの上で困惑する俺を見て、ましろはとてとてと近づいてくる。
そして、そのまま俺の膝の上に飛び乗ってきた。
「あ、え……、え?」
度重なる予測不能の行動に遂には言葉すらでなくなってしまう。
膝の上に乗ったましろは頭を俺の太ももに置いて、よく通る綺麗な声で「にゃぁぉ」と鳴いてくる。
……彼女がこんなふうに甘えてくることなんてこれまであっただろうか。
前にも似たような構図になったことがあったが、その時は俺からお願いして彼女が寄ってきてくれた。
彼女ほうからやってきてこんなに近くに居てくれるのは、たぶん初めてだろう。
相変わらずネコ語は理解できないが、確実に俺に気を許してくれていることだけは分かった。
ただ、その状況に俺だけがついていけず、硬直きたまま身動きが取れなかった。
しかし、ましろにここまでされてから俺が何もしないというのもなんとなくダメな気がして、勇気を出して手を彼女の体に触れる。
相変わらずもふもふさらさらな彼女の体。お風呂上がりなのが関係しているのかは分からないが、手に吸い付くようななめらかささえ感じた。
「にゃぁぉん」
ましろは甘い声でそう鳴いたあと、目を細めながらぐるぐると喉を鳴らした。
何故こんな状況になってしまったのかは分からずじまいだったが、こうしてネコの姿のましろと触れ合えることは素直に嬉しく感じた。




