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51 ネコ様との距離感


 大家さんにとんでもないことを吹き込まれた後、買い物袋と共にましろと部屋に入る。

 家に帰るまでは元気だったのだが、最後の最後で特大の地雷源に突っ込んでしまった。


 大した説明をする間もなくましろと交際していると誤解をされてしまい、それを解く暇もなかった。

 ある意味、大家さん公認の同棲になったことは不幸中の幸いだが、ましろには重ねて迷惑を掛けることになってしまった。


「ごめんな、ましろ」

「? 何がでしょうか?」

「いや……大家さんの誤解をそのままにしちゃったことと言いますか」

「気にしてないですよ。居候の身な訳ですし、佐藤さんの都合さえ良ければ私は」


 本当に気にしている様子はなく、買ってきたものを冷蔵庫にしまっていくましろ。

 俺の都合としては、心置きなくましろと過ごすようになれたことは嬉しいことだが……。


「今日の夕飯は何にしましょうか? リクエストがあればお答えしますよ」

「え、本当か? いいのか、そんなわがまま」

「お構いなく、なんなりと」


 いつもはあまりこういったことはないのだが、今日はリクエストOKな気分の日らしい。よく分からない。

 とは言いつつ、珍しい彼女の提案に心踊らせて食べたいものを頭に思い浮かべ……浮かべて……。


「……特にないな」

「えぇ……」


 ぽろっとこぼれ落ちた言葉に、ましろもため息を吐くように応える。

 もちろん、ましろの料理に興味がないわけではない。むしろその逆で、普段から俺の食べたいものをましろは作ってくれているのだ。


 彼女の、胃袋を掴む技術はそれはもう類まれなるもので、日に日に俺の好みの料理に近づいていくのだ。

 俺自身、苦手な物や特筆して好みのものがあるわけではないと自負していたのだが、彼女の作るものは面白いほどに俺の口に合っている。


 だからこそ、いざ食べたいものと問われると、普段満たされ過ぎている分なにも思い浮かばない。


「今なら食材も沢山ありますし、一通りは作れると思いますけど」

「うーん……ましろの作るものならなんでも好きだからな……」

「そんなに褒めても、いつもと変わらないレベルのものしか出ませんよ」

「十分すぎる」


 ぐるぐると頭の中で色々な料理を思い浮かべてみるが、どれもピンと来ない。

 結局何をリクエストしても外れることはないのだが、せっかくのチャンスを既出のものにしてしまうのは勿体ないという貧乏性が出てしまっている。


 いつの間に冷蔵庫への移動が終わったらしいましろは、俺の隣に座って楽しそうにこちらを見つめていた。


「な、なんだよ」

「いえ、いつになく真剣な顔をしているのが面白かっただけです。お気になさらず」

「ま、ましろお前……。仕方ないだろ、こんな機会はもう無いかもしれないんだぞ」

「だからって、そんなに悩むことなんですか。ふふっ」


 堪えきれなかったのか、ましろは口を抑えながら笑いを零す。

 心底楽しそうな彼女と縮こまった俺の関係は、まるでお母さんと思春期の子供のようで、俺は一段と居心地が悪くなる。


「結局、どうするんですか?」


 ましろはもう一度俺に問いかけて、どこぞのクイズ番組のようにチッチッチとカウントし始める。

 そんな楽しそうなましろとは裏腹に、俺はただ ひたすらに頭をフル回転させて食べたいものを思い浮かべ──



「お、オムライスで」



 口から滑り落ちるように、そんな言葉が出た。……い、いや、オムライスってはなんだ。

 思わず自分でもツッコんでしまうほどに可愛らしい料理を口走ってしまったことを酷く後悔する。


 案の定ましろは俺のリクエストに目をぱちぱちとさせて固まっている。

 それもそのはず。俺が好きな料理かどうかはさておき、過去にオムライスを作ってもらったことは当然あるわけで。


「ちなみに、理由を聞いても?」

「……ましろの作るオムライス、おいしいから」

「それだけ、ですか?」

「いや、まあ……」


 嘘を言っているつもりはないが、理由がそれだけじゃなかったことに後から自分の中でなんとなく分かった。

 でも、その理由を話すのはちょっと恥ずかしくて、言葉を濁してしまった。

 簡単に説明するのであれば、小さい頃は親の作る卵料理が好きだった……というくらいのつまらない話だ。


「分かりました。では、今日のメインはオムライスにしますね」

「あ、ありがとう」


 ましろはそう言って、夕飯までの時間を潰すためにテレビの電源を付けた。

 いつもながらに二人でソファに座って、楽しげな映像が流れる番組をまったりと二人で眺める。


 先程までの会話のせいで居心地が悪かったが、ふいに自分の手に何か温かいものが触れた。

 そちらを見ると、ましろの細くて白い手がそっと俺の手に重ねられていた。

 外で繋いでいた時はそこまで抵抗なく出来ていたのだが、いざ家の中でされると余計に手の温かさや柔らかさが伝わってきて緊張が走った。


「どうかしたのか、ましろ」

「……佐藤さんの手は、安心します」

「そうなのか?」

「はい、とても」


 そう言われると、まあ……悪い気はしない。とはいえ、あんまり躊躇なくそういうことをされると正直刺激が強い。

 俺自身こういったことに耐性がないというのもあるが、異性から望んで手を繋がれることなんてそうそうあることでは無いだろう。


 ましろのことは大切な家族だと思っているが、もちろん血は繋がっていないし、見た目に関しても誰が見ても綺麗で可憐な少女。

 そんな相手からこんなに無防備な態度を取られてしまって、意識するなと言う方が無理な話だと思う。


 そんな情けない心情を出来るだけ悟られないようにしながら、俺もぎこちなく彼女の手を握り返すのだった。




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